深爪 ふと手元を見ると、少し爪が伸びていることに気がついた。
隣の鯉登さんは時計の針が進むたび、どこかそわそわとしている。俺はそれを横目に見つつ、テーブルの下から爪切りを取り出した。ティッシュペーパーを二、三枚ガラスボードの上に重ねる。スポーツニュースにまぎれて、ぱち、ぱち……と音が鳴った。
深夜だが、俺の親は死んでいるから気にせず整える。ちなみに、鯉登さんはしない。
左の中指に差し掛かったところだ。鯉登さんがすっくと立ち上がる。
「先に行ってる」
俺は目だけを動かして、頷いた。
小指の爪まで切って、全部の指を確認する。白いところはほとんどなくて、丸い指先。昔はがさがさとささくれ立っていたものだが、あの人と一緒になって、柔らかく、角がとれた。
『つきしまの手も好きだ。強くて、優しい』
そう言ってこの円みを確かめる褐色の手は、いつも艶やかで温かい。
色の薄い手のひらは子犬の肉球を思わせるようで、いつ見てもかわいいと思う。
机上のコップを傾けて、飲みかけだった水を飲み干した。一息ついて爪切りを片付け、やすりを取り出す。初めてこれを見た鯉登さんは『月島らしくないな』などと言って唇を尖らせたが、俺は出来るだけ丁寧にすると決めていた。
入口はふっくらと腫れたように──潤むまで和らげて、狭い肉の道は傷つけないよう注意しながら壁を擦り広げる。指の付け根まで押し込めて、ぐちゃぐちゃと揺らす。その間にも、柔らかな粘膜を傷つけることがないようにしておかなければ。
かしゅ、かしゅ……こし、こし……。
一本一本、指で確認しながら角をとってゆく。
ちょうど左手がおわったところだった。
「月島ぁん、まだか?」
鯉登さんが目の間までやってきて、TVを消したのは。
「いつまで待たせるんだ」
「すみません、あと半分ですから」
「半分? もう、爪なんかよかじゃろう」
「や、そういうわけには……」
さすがに顔を上げて彼を見上げると、想像したより色がのって殆ど、切羽詰まった、と言っていいような顔をしていた。
「月島は分かってない。お前を待ちわびるのはいつも私だけだ」
密度のあるまつ毛が長い影をつくる。色の薄い唇はきゅっと、噛み締められていた。
「……はぁ」
気がつけば、抑揚のない声が漏れていた。
「鯉登さん」
手を引いて、足の間に座らせる。彼の右肩から顔を出して、新しいティッシュを鯉登さんの膝に乗せた。
「今日、するんですよね?」
「……ん」
こしゅ、こしゅ、やすりがけを再開する。
「俺の指で、鯉登さんのお尻をかき混ぜて、中を擦って、激しく抜き差しします」
「んん」
「俺のをあなたに挿れたら、腰を掴んで、入り口から奥まで攻めて、攻めて……。遠慮などしません」
「……うん」
鯉登さんが頷くたび、洗って乾かしたばかりの髪が柔らかく揺れた。
「遠慮しなくても鯉登さんが傷つかないように、したいです」
「──……」
やすりを止めて、確認するのは中指の先。
残りの指が終わるまで、鯉登さんは一言も発さず、腕の中でしん、とかたまっていた。