名を記す(ワンライ)ダークネイビーが広がる空に、点々と白銀の星が浮かぶ時間。
自宅の敷地から少し離れた草原。そこに仰向けとなり、夜の天体スクリーンを見上げる。
ロゼッタと出会ってから、彼の中で晴れの夜空を眺める事が一つの習慣のようになっていた。趣味、なんて大層なものではないが。
こうしていると、気軽に会える距離ではない彼女と少しでも寄り添っていられる気がした。
一方的な片思い。ただのパーティー仲間。悪党と姫。ある意味、銀河より果てしない距離。埋め方を知らないその間柄に、いつか決着は付くのだろうか。
片手を上げて人差し指を伸ばす。その細い指をなぞるように動かし、星と星を結んで彼女の名前を記した。
“ロゼッタ”という呼び慣れた呼称ではない。
『貴方に、覚えておいて欲しいんです……』
ピーチ城で開かれた舞踏会で彼女と踊った時に耳元で囁かれた、もう一つの名前。
ダンスパートナーという、周りには大勢の人々が居ながら二人きりの感覚に包まれる不思議な空間。そこで囁かれた名前を、一切の音が消えた世界のしじまへ響く硝子の鈴の音のように美しいと思った。
“ロザリーナ”
あの時耳に掛かった温かい吐息と共に、その名称が脳から、耳から、胸から、消えない。
彼は何度も何度も、何度も星空に名前を紡いだ。
此処はプラネタリウムでもないし、彼女のように魔法も使えない。いくら結んでも形を成さない。だからこそ、何度だって描きたくなってしまう。
近づける訳がないとは、分かっているけれど。
その時。点在する星々よりやや大きく白く光る点が、ゆっくり夜の空と彼の視界のを横切って行く。
もしかしたら、彼女と星の子たちの住まう天文台がある彗星かも知れない。望みの薄い淡い期待だが、今は少しだけ前向きに事を考えたかった。
彼は次にその大きな点に指を合わせると、そこを始点にある一文字を描いた。
直後、腕を下ろして自嘲気味にフ、と笑う。
星の世界に包まれて仮眠を取ろうと自身の特徴である紫の帽子を顔に被せる。
“Γ”を繋いだのはちょっと恥ずかしかったかな、と軽量な悔恨を心に滲ませながら。
(おわり)