抱擁背中に衝撃と共に、柔らかい熱がもたれかかる。
「…ちょっと、兄さん。重いんだけど…」
熱源であるぼくの兄さんーー今は少女の姿になっているつぎはぎの英霊、ヴァン・ゴッホはぼくの襟元に頬を擦り寄せながらもにょもにょと何語でもない鳴き声をあげている。
崩れた姿勢を直すついでに、兄さんの腕を回して支えてやる。
「…ウフフ!この体だと、人に触れるのに抵抗がなくていいですねえ」
「抵抗なんてあったの?遠慮とかそういう概念元々知らないだろ、あんたは」
「ありましたよお、失礼な」
首元に兄さんの髪の毛が当たってくすぐったい。
耳に吐息が当たるほどの距離でむう、と膨れる声がする。
「…本当は、苦しいとき、いつも誰かに抱きしめて欲しかったし、抱きしめたかったんです」
「…ゴッホはいつも親しい人には握手を求めていましたけど、握手よりもっと深く、心と心が近づくように、触れ合いたかった」
「…そう」
きっとこれはぼくに向けた言葉じゃなくて、兄さんの懺悔だからぼくは意識を逸らしてあまり聞かないようにする。
少女のかたちをした兄さんからは、油絵の具と、少し甘い花のようなにおいがする。
「…エヘヘ、だってさすがに、いい歳した大人の男が子どもみたいにハグをねだるのって、ちょっと不気味かなって…ねぇ?」
「だからね、この体だとひとに甘えるのにあんまり罪悪感がないかなー…などと!…ゴッホはちょっとだけ、打算したりするのです、ウフフ!」
「……あっそ」
兄さん、あんたはきっと知らないだろうし、これからもずっと教えてやらないけど。
ぼくが最後に抱きしめたあんたは、油絵の具と、青草と、安い煙草のにおいがしたよ。