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    るみみずく

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    るみみずく

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    紫陽花の名所で簡単なハントをするココマ。詳細不明のオリジナル食材がでてくる

    紫陽花デート ボクの背丈よりずっと高い木には、これまた大きなピンク色の花が咲いている。一つ一つがボクの握りこぶしくらいありそうな花が集まってできた紫陽花は見応えバツグンだ。紫陽花の森と呼ばれるのも頷ける。
    「晴れてよかったですね、ココさん!」
    「ふふ、そうだね」
     苔むしたロープの柵で仕切られた範囲内をあっちへ、こっちへ、ジグザグに進むボクの少し前で止まって待っているココさんはにっこり笑った。
    「着いた途端に晴れるなんて驚いたよ。3%を引き当てる小松くんの運には感服だ」
     紫陽花の森周辺は、晴れの日が月に一回あるかないかくらいで、常に雨が普通なのだそうだ。実際ここへ来るまでは土砂降りだったのだが、近付くにつれ次第に雨がまばらになり、到着したら雲が割れていた。
    「まだアジサイマイマイの遭遇率が低い場所だからいいけど……この先、柵が無くなったらボクから離れないようにね」
     ボクの長靴は泥でぐちゃぐちゃになっているのに、ココさんの靴はあまり汚れていない。
     紫陽花の森に今日は何しに来たかと言ったら、ココさんに誘われてハントに来たのだ。見渡す限りに花が咲き乱れ、獣の唸り声ひとつ聞こえてこないからといって忘れたわけじゃない。アジサイマイマイの捕獲は簡単なので数多くの美食屋が足を踏み入れ、そのうえ危険指定区域ではなく観光客も来られるけれど、行方不明者が多発している油断ならない場所だ。
     並んで歩いていると、ずっと前に作られて放置された看板らしきものの前でココさんは立ち止まった。
     丸太風の支柱二本足で建てられた看板は遊歩道の簡単な地図だった。ひとつめの左に行く分かれ道を無視して進むとベンチとフォトスポットのある広場に辿り着くらしい。そこからずっと先まで広がるピンク一色の紫陽花の樹海に、デフォルメしたアジサイマイマイのイラストが描かれている。
     分かれ道を左に行くと、休憩所やトイレ、やぐらの展望台などがあるらしい。
    「どこぞの旅行会社が観光地化しようとした名残だね。ホテルなんかも造っていたけど、住処を荒らされて怒った親アジサイマイマイが観光客を襲ったり、従業員と宿泊客に吐き気やめまい、呼吸困難といった体調不良が多発したりして、一年も経たないうちに廃業したらしい」
     ほら、あれ。とココさんは地図を指さす。錆びて崩れたアーチのある入口広場から見えた、お姫様や王子様のおとぎ話に出てくる城みたいな廃墟が多分それだったのだろう。差し込む日が当たり、水滴のついた紫陽花たちはきらきら光ってきれいだ。ここを観光地にしてお金儲けをしようと考えてしまうのも頷ける。
     汚れで見えづらいが、近付いてよーく見てみると、下の方には紫陽花の花言葉が書かれていた。
    「紫陽花って、いろんな花言葉があるんですね。知的とか神秘的とかって、ココさんにぴったりだなって思います」
     ちょうどボクの肩の高さあたりにある説明文を指さしてみると、ココさんは腰を屈めた。
    「元気な……女性ではないけど、小松くんにぴったりだ。それに、無常、七変化……会わないうちにキミは進化していて、あっという間にボクの手の届かないところへ行ってしまう」
     ココさんは寂しそうに笑う。
     洞窟の砂浜で見たのと同じような顔をしてほしくなくて、ボクは看板の文字をなぞる手を捕まえた。「小松くん」と驚いた声を聞いた。
    「ボクはここにいますよ」
     ココさんの手を顔まで持っていくと、ココさんは人差し指だけ伸ばしていた手を開いてボクの頬に触り、花が開くように微笑んだ。とても心臓に悪い顔で親指を動かし、きっと赤くなっているだろうボクの顔をじっくり眺めてから、ココさんは姿勢を戻した。
    「紫陽花の花言葉ってね、看板に書かれているもの以外にもいろいろあるんだ」
     ココさんは花を一輪ちぎり取ってひざまずく。
     思わず「泥がついちゃいますよ」と言うと、立ち上がる代わりにボクの顔くらいある紫陽花が差し出された。鮮やかなピンク色の花だ。
    「毒人間に気安く肌を触らせる、寛容なキミにこれを」
     茎を持つ手が紫色に変わる。すると、ピンクだった花は潮が引くように根元から色が抜けていって、しまいには真っ白になってしまった。
    「な、ぬわんですかそれぇー!! どうやったんですかココさん!?」
    「ふふ、驚きすぎだよ小松くん。紫陽花の毒素を打ち消す成分を吸わせたんだ」
     ココさんは花の外側をいくつかちぎって形を整えると、ボクの探検服の左胸ポケットに白い紫陽花を挿した。
     立ち上がったココさんの膝は、やっぱり泥だらけになっていた。

    ❁❁❁❁❁❁❁

     いくつかの分かれ道を朽ちかけた矢印看板に従って歩いていくと広場に出た。たぶん鉄製の、背もたれが透かし彫りになっているベンチがいくつか置かれている。
     何が描いてあったかも分からない顔ハメパネルを無視して柵際に進む。一箇所だけ、苔むしたロープが切られているところがあった。
    「ここからが本番だよ。ボクから離れないでね」
    「ハイ」とボクが返事をして頷くと、ココさんは紫陽花の森へ入っていく。柵の内側から見るぶんにはきれいでも、ひとたび入ってしまえば迷いの森に変わった。茂った葉っぱで右も左も分からず、太陽光すら色とりどりの紫陽花に遮られる。これじゃ行方不明者が出るのもおかしくない。首の後ろが引き締まる気がした。
    「前来たときより木が伸びているな……小松くん、ちゃんと着いて来られているかい?」
    「う、ハイ、なんとか」
     ココさんがゆっくり歩いているおかげで追えているが、それでもギリギリだった。葉が大きいし数が多いので、黒い後ろ姿をすぐに隠してしまう。ただでさえ歩きにくいぐじょぐじょな足元には木の根や紫陽花の若い芽が張り出していて、下を気にしていたらココさんを見失ってしまいそうになる。
     前方から伸びてきた腕に手首を掴まれた。
    「ロープで繋ごうかとも思ったけど、何かあったときに困るからね。いいかな」
     大きな手に握られると、別に痩せ型というわけでもない自分の手首が包丁の柄か骨付き肉の骨部分に見えてくる。
     掴まれているというより、ボクの腕の形に手を添えているだけというのが正しい。ココさんは手を握ることを決めかねているらしかった。振り払わずにいるとしっかり握り込まれ、歩く速度が上がった。
     アジサイマイマイが出てくるポイントに近付いてきたから口を閉じてと言われてからしばらく歩いて、手が離れた。
    「小松くん、着いたよ。捕るときは手袋を忘れないでね」
     持ってくるよう言われていたビニール手袋をはめて、葉の上や裏側を見てみる。巨大化した紫陽花の葉や花を食べて育つアジサイマイマイは殻も身も鮮やかなピンク色で、手の平に一匹しか乗せられないほど大きい。葉から外すとずっしり重く、五、六匹入れればグルメケースはすぐいっぱいになってしまう。
     上や他の木を見てみると、まだまだたくさんいることが分かる。
    「大漁ですねココさん!」
    「あんまりいっぱい捕ると帰りが大変になるから、ほどほどにしなよ」
     ココさんの言うことをほとんど聞き流しながら、アジサイマイマイをどんどん捕まえる。吸着力が強くてなかなか外れず、何匹か葉ごとちぎってグルメケースに入れた。
    「ココさん、アジサイマイマイってこの葉を食べて美味しくなるんですよね」
    「うん。でも人体には有害だよ。葉や花を飾りに添えた料理を食べて中毒症状が起きたのも、ホテルが廃業になった原因だからね」
    「葉に触れた料理でもアウトなんですか!?」
    「ああ。めまい吐き気呼吸困難……それが何百件と報告されたらしいけど、隠しているだけでもっとあっただろうし、毒性からして死者も出ていたんじゃないかな」
     朽ちてはいたが、ぱっと見た感じでも豪華な建物だと分かった。内装やサービスはもちろん、グルメ時代にひと儲けしようというなら料理も一級品だったに違いない。きれいな景色を眺めながら、出された料理の一口目を食べる瞬間、お客さんはみんな楽しみで胸いっぱいになっているはずだ。それが、体調を崩してしまったり、最悪死んでしまうだなんて。お客さんが可哀想でならない。
     だから葉は持って帰っちゃだめだよ。ココさんが言うより先に一度入れたアジサイマイマイを取り出して葉を剥がした。
     持ち込んだグルメケースがそろそろいっぱいになってきたかなといったところで、葉が擦れる音を聞いた。そよ風だろうか。ゆっくり過ぎて鳴っているのすら気付かなかった音のしたほうを向く。
    「小松くん、ここから離れろ!!」
     巨大なアジサイマイマイが顔を出したのと、ココさんが叫んだのは同時だった。今の今までグルメケースにぽいぽい放り込んでいたアジサイマイマイの卵を産んだ親なのだろう。ボクの太腿くらいはありそうな木々を薙ぎ倒した痕跡が見える。
     ボクらが認識したことを、向こうも認識したはずだ。これだけ葉が茂っているのに気配すら悟らせなかった親アジサイマイマイが、機敏な動きで突進してきた。
     びちゃりと撒き散らされた粘液から生臭さが立ち込め、咄嗟に鼻を覆った。
     獰猛な獣一匹寄り付かない、時に人を死なせる毒のある葉や花を食べて育つだけあって、マントとターバンを放ったココさんに怯む様子がない。
    「必ず、電磁波を辿ってそっちに行く。だから今は逃げてくれ!!」
    「ボク待ってますから、絶対迎えに来てくださいね!!」
     ずっしり重いグルメケースを肩にかけたまま、矢印看板なんて立っていない森に駆け込んだ。

    ❁❁❁❁❁❁❁

     ほとんどピンク色だった視界が紫色へ変わり、青一色になった。ココさんが全力で戦えるようにと走ってきたが、離れすぎただろうか。
     近くにアジサイマイマイは見当たらない。膝を抱えて座り、お尻に生暖かい泥のぐちゃぐちゃな気持ち悪さを感じながら紫陽花を眺める。逆光を受けてほのかに輝く青色の天井はとてもきれいで、この景色を見るため森に入った観光客もいたかもしれない。
     魚や貝の肝を窓のない部屋に山積みに集めたような生臭さと、かすかに漂う腐った卵のニオイさえ無ければ、ずっと見ていられそうだ。
    「やあ、おまたせ」
     ぼんやりしていたら声が聞こえた。
    「ココさん! もう来てくれたんですね」
     きっと急いで来てくれたんだと思って駆け寄ったが、ココさんの靴も、膝も、どこも泥が付いていなかった。
    「無事でよかった。それじゃ、行こうか。向こうにアジサイマイマイがたくさんいたんだ」
     ココさんはボクが走ってきたおかげで葉をくしゃくしゃにしながら来た道ではなく、大きな青色の紫陽花が咲く荒されていない方向を指差す。
    「もうグルメケースいっぱいなので、いいです」
     ボクは両肩に提げたグルメケースをひとつずつ持ち上げて見せた。なぜだか分からないけれど、ココさんが示した方へ行ってはいけない気がした。
     ココさんは「そう」とだけ返事をした。
    「紫陽花の花言葉にはいろいろあってね。良い意味ばかりじゃないんだ」
     黄色っぽい目だけが動いて青紫陽花の天井を見る。
    「移り気、浮気、無情、冷酷、高慢。花が咲いてから色が変わることから付けられたそうだ」
     突然めまいがして真っ直ぐ立っていられなくなった。ふらついて木にもたれ、そのままずるずる座り込んだ。
    「咲き始めと終わりで時期によって変わることもあれば、土壌によっても変わるよ。土がアルカリ性に近いほど赤く、酸性に近いほど青くなる。紫陽花の森はもともとピンクだけだったのに、ここは青色しかない……不思議だと思わない?」
     吐き気がして口を手で覆いかけたが、アジサイマイマイを掴んだ手袋をしたままだったので堪えた。
    「血ってアルカリ性だけど、人間は死ぬと細胞が化学変化を起こして酸性に傾くらしい……ふふ、青色や紫色の紫陽花の下には何があるんだろう。木の根だと思って踏んだ物は、一体なんだったんだろうね」
     息苦しさを覚えた。口を大きく開けて空気を吸おうとしても、まるで喉に穴が空いたように肺が膨んでいる気がしない。
    「間違ってこの森へ迷い込んだら最後、切って焼くだけで食べられる生物も植物もない。あるのは絶食させるかきれいなエサを与えて毒抜きしないと食べられないアジサイマイマイと、食べたら死ぬ紫陽花だけ」
     花をちぎり取ったココさんが、泥濘から足を抜く音ひとつ立てないでこちらに歩いてくる。柔らかく笑った顔はココさんそのものに見えているのだが、頭がそれをココさんだと認識しない。
     青紫陽花の天井に遮られているせいで光が入らない、黄色混じりの茶色い目玉を細めた瞼から覗かせる何かが、めまいに吐き気、呼吸困難で動けないボクに青色の紫陽花を近付けてくる。
    「無かったことにされた誰かを埋めて青くなった紫陽花は、迷い人に最期の食事を振る舞うことで仲間を増やしていく。お腹が空いて、喉が乾いて、耐えられなくなって口にする花はどんな味かな……さあ、キミもお腹が空いたろう?」
     こっちへおいで。
     泥に芽吹いた双葉や若芽が人の腕に変わる。女性と思われる華奢なもの、ホテルマンの制服のような袖に包まれたもの、傷だらけの筋肉質なもの。それとそれと、数えきれない指が落ちて枯れかけた青紫陽花を持って揺れている。脚を強く掴まれる感覚があった。そんなことされなくたって、めまいがひどくて立てやしないのに。
     外側からじわじわと黒くなっていく視野が淡い青色に占拠され、もう首を下げることしかできない。
     胸ポケットに、何色にも染まらない白い紫陽花が咲いていた。
     めまいに吐き気、呼吸困難。紫陽花の毒の症状と同じだ──ココさんから貰った白紫陽花を口に詰め込み、よく噛んで飲み込む。
     体が少しだけ軽くなった気がした後、意識が飛んだ。

    ❁❁❁❁❁❁❁

     目を覚ますと、後頭部と背中に当たるのは生暖かい泥ではなく、冷たくて硬い感触だった。指先に血が通っている気がしない手を誰かに握られている。
     膜が張ったような目を向けてみると、瞼をめいっぱい上げたココさんがいた。
    「小松くん!! ああ……よかった、気が付いて……!」
    「ココさん……ボク、どうして……あっ、グルメケースはっ!?」
     起き上がろうとしたら「まだ起きちゃダメ」と流れるような動作で力強く押さえつけられた。
    「そう言うだろうと思って、ちゃんと持ってきているよ。……まったく、少しは自分の心配をしなよ小松くん。ボクが見つけたとき、キミは獣一匹寄り付かない紫陽花の森で気を失っていたんだから」
     ココさんいわく、親アジサイマイマイはかなりの強敵だったらしい。追い払おうとして毒をまとっても、子を守ろうとする親は決して引かず。弱い毒で眠らせようとすると、相手も毒を持っているため効果か無く。強い神経毒を何発も打ち込んでようやく動きを封じ、電磁波を辿った先で気絶するボクを見つけたのだとココさんは言った。
    「親アジサイマイマイは乾燥にとても弱いんだ。ちょっと日が当たっただけでも粘液が乾いてしまう。そのときに気体が発生する……エサの毒素を凝縮した極めて有害な気体がね。
    だからボクは逃げろと言った。でも小松くんは逃げた先で、土壌に染みついたものを吸ってしまった」
     ボクの手をしっかり握る、長い指に力がこもる。
    「いくらなんでも離れすぎだよ小松くん。奇跡的に症状が軽かったから処置が間に合った……それでも、あと少し発見が遅かったら、どうなっていたか……」
    「たくさん逃げれば、ココさんが全力で戦えると思って」
     もう片方の手で握り返したかったが、横たえた腕は思うように持ち上がらなかった。それならせめてとココさんの目を見つめた。
    「それに、ココさんならきっと見つけてくれるって信じてましたから」
     この世の終わりみたいな顔をしていたココさんの表情が、少しだけ柔らかくなった。

    ❁❁❁❁❁❁❁

     看板のところまで戻ってきた頃には日が沈みかけていた。
     ボクはもう大丈夫だと言ったが、まだ様子見が必要だと言うココさんに、ずっと肩を押さえ付けられたのだ。おかげで背中やお尻がちょっと痛む。
     白い紫陽花をもらったのは、ちょうどこのあたりだった。
    「ココさん」
    「ん……どうしたんだい、小松くん」
     ボクの少し前で立ち止まって振り向く、ココさんはターバンもマントも、靴も膝も、全身泥だらけになっている。
    「もらった白い紫陽花なんですけど……」
    「ああ、そういえば無くなっているね。逃げるときにでも落としてしまったかな? ふふ、気にしないでいいよ。いくらでもあげるから」
     ココさんは行きと同じくピンク色の紫陽花をちぎり取って、白く染めた。
    「落としたんじゃなくて食べちゃったんです! すみません!!」
    「そっか。食べ──えっ? 食べた? ボクがあげた白紫陽花を??」
    「ハイ! 逃げた先でめまいがして吐き気がして、息苦しくなったんです。紫陽花の毒の症状だとしたら、特効薬になるんじゃないかと思って……せっかくもらったのに、すみませんでした!!」
     腰を折って勢いよく頭を下げた。グルメケースが落ちそうになってすぐに姿勢を戻すと、なぜかココさんの顔が真っ赤になっている。
    「ああ、うん、いいんだ。ボクの白紫陽花が小松くんを助けることになったのなら、それはとても喜ばしいことさ」
    「でも、無くしちゃったのには変わりないので……それ、もらえませんか? 今度は絶対になくしません!」
     花を受け取るべく腕を伸ばすと、何を思ったかココさんは白紫陽花を頭上にかざした。ボク程度の身体能力では脚全体をバネみたいに使ってジャンプしても一生届かない。
    「小松くん、そんなに欲しいのかい? ボクの白紫陽花」
    「ハイ! もちろん!」
     白紫陽花の影がかかるココさんの喉仏がこくりと動いた。
    「……いいよ。家に帰ってから、たくさんあげる」
     ココさんは心臓にとても悪い顔をしたかと思うと、白紫陽花を持ったままさっさと行ってしまう。大股でゆったり歩くココさんを、ボクは小走りで追いかけて紫陽花の森を抜けた。

     アジサイマイマイが食べられるのは何日か後になる。絶食ときれいな餌をやって毒抜きをするのはこっちでやるから、実食するときは改めて来てもらうことになる。そう聞かされた空路の帰り道。キッスの背中の上でも、ココさんはボクに白紫陽花を触ることすらさせない。
     紫陽花の森から離れるにつれ、気絶する直前の記憶が曖昧になるのを感じる。あのとき見た聞いたものは現実だったのか、ココさんから聞かされた話を元にした恐ろしい想像が幻覚となって現れたのか、計り知ることはできない。
     帰る直前、尿意を催したと偽ってズボンの下を確認した。怖い話にありがちな、誰かに思い切り掴まれてついた手の跡らしきものは見当たらなかった。
    「小松くん、大丈夫?」
     心配そうな声に視線を上げると、正常な視野に逆さまになったココさんの顔が映る。「なんにも言わないで難しい顔をしていたから」という眉を下げた話ぶりから、ボクが気がつくよりずっと前から覗き込まれていたのだろう。
    「ココさん」
     背中に厚く硬い筋肉の暖かみを感じながら、やや上を向き視線をかち合わせて名前を呼んでみる。
    「ボクの顔に何かついてる?」
    「泥がついてます」
     柔らかく微笑むココさんに見える、頭が淀みなくココさんだと認識した顔に触れる。乾いた泥でざらついたハリのある頬をさすると、細かい土が落ちてきた。咄嗟に瞼を閉じたが、なんとなく目がざらざらしている気がする。
    「たぶん、小松くんを運んだときについたんだろうね。帰ったらまずはお風呂に入ろうか」
     沈みかける夕日を受けて暖かく光る眇めた目が、頭の中でくゆっていた不安感を吹き消した。
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    るみみずく

    DOODLEいいえ私はで始まる某曲を聴いていたのだと思います。手を置いて誓うための聖書なんかうちには無いけどなってどうしても言ってもらいたかった。
    話しているときに小松くんの名前が出ると機嫌が悪くなるタイプのココさんがトリコとおしゃべりしてるだけ。
    ココさん小松くん付き合ってない。ココ→マ
    さそりの毒は後で効くらしい グルメフォーチュンで占いの店に目もくれず、ぽつんとそびえる陸の孤島に建つ家へ一直線に訪ねる者は数少ない。
     食材を持ち込み家主に調理させ、食うだけ食ったら帰る(帰される)。片手の指で数え切れるうちのひとり、トリコのいつもである。リーガル島から帰還して以降、それまで何年もぱったり途絶えていたのが嘘のように、交流が続いている。
     いつものようにハント終わりのその足で立ち寄ったトリコを、ココはいつものようにややウンザリした顔で迎え入れた。何時来て何を持ってくるかも占いで分かっているために、食材を調理する準備がすでにできているキッチンもいつも通り。
     持ち込んだ荷物は二つ。特別に大柄なはずのトリコが担いでも相対的に小さくなることのない大袋と、小脇に抱えられるほどの袋。トリコは「メシ作ってくれ」と大きい方をココに突きつけると、小さい袋を机に、自分の尻は椅子にどっかり置いた。
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