アルコール「おいメガネ、お前もっとしっかり歩け!」
「えぇ〜?ムリですよ〜」
マンションの共用廊下を、二人の男が千鳥足で歩き進めて行く。目的の部屋の前に辿り着くと、家主である芸夢好武がマンションの鍵を取り出した。ふらつく手で玄関扉を開け放ち、もつれ込む様に二人横並びで玄関へと入る。靴を脱ぎ捨て危うい足取りで部屋の奥へと進んでゆき、リビングへ倒れ込んだ。
「っあー、着いた……もう動けねえ……」
「んへへ~、ボク、もうのめません~」
芸夢はソファに、メガネは座椅子へと沈み込む。二人の顔は酒で赤みを帯びており、メガネに至っては呂律が回っておらず、完全にへべれけの状態である。
(あー、完全に飲み過ぎた。こりゃ明日に響くぞ)
ソファで寝そべり天井を見上げながら、芸夢はアルコールに鈍った頭で状況を冷静に分析する。そして、床で転がる自分以上にひどい酔っ払いをどうにかすべきだと脳が警鐘を鳴らしていた。
今日は、メガネハッカーズ三人での打ち上げだった。この三人で飲むことを目的とした食事会が開かれることは滅多にないのだが、長期に渡って取り組んできた依頼がようやく終わりを告げ、その解放感から自然と皆で居酒屋へと足を運んだのだ。酒を飲みながらお互いを褒め称え、その愉快な気持ちでまた酒を飲み干していく。それを繰り返している内に、気付けば三人とも度を越した量のアルコールを摂取してしまっていた。三人の内の一人であるまんがかは、アルコールに呑まれ最後の方には少し具合が悪そうな様子を見せていたが、芸夢とメガネは飲み過ぎたが故に却ってより多くの酒が飲みたいと火がついてしまった。
アルコールがもたらす高揚感に呑まれた芸夢とメガネは、一軒目で離脱したまんがかを置いて二軒目、三軒目と居酒屋をはしごしていった。そして四軒目の店を出るころには二人ともまっすぐ歩くことすら困難になり、流石にまずいと判断を下した芸夢により二人は帰路に就くことになった。本当ならメガネを放り捨てて自分一人で帰りたかったのだが、タクシーの運転手に住所も言えない有様の男を一人にしておけず、仕方なく芸夢の家にメガネを連れて帰ることにしたのだ。
「……っし」
しばらくしてから芸夢はソファから体を起こし、台所へと向かう。取り出したコップに水道水を注ぎ入れ、それを一気に飲み干す。それを数度繰り返したのち、座椅子の酔っ払いへ声をかけた。
「お前も水飲んどけよ。明日地獄みたくねえだろ」
「ぅんん〜?」
そうやって声をかけてやるが、メガネは目を閉じたまま呻き声をあげるだけだった。こいつをこのままにしておけば、翌朝自分の部屋はゲロまみれにされてしまう。そうはさせてたまるかと、芸夢は水の入ったコップを片手にメガネの元に近付く。
「ほら、さっさと飲め」
「んんん……」
コップを口元に押し当ててやるも、メガネの手は虚空を切るばかりでまともにコップを持てそうにない。
「チッ……」
ここで諦めてメガネを放置する楽さと、翌朝トイレに篭られる可能性を天秤にかけ、芸夢は苛立たし気に押し当てていたコップを煽り自身の口内に水を流し入れる。
「__っもが!?」
薄く空いていたメガネの口に親指を突っ込んで無理やり開かせる。そして__
「……、ん」
芸夢はメガネの口に自らの唇を押し当て、口移しで水を飲ませた。同様に二口目も口移しで飲ませてやり、一度メガネの様子を伺うと、とろりとした目付きで芸夢を見つめていた。
「お前、起きて……」
「げいむくん、もっと」
「っはあ!?起きたなら自分で飲め!」
「ぅうう〜……」
芸夢はそう怒鳴るも、メガネは嫌々と首を横に振ってまともな会話にならない。ここまで来たら同じ事だと腹を括り、芸夢は再び水を煽りメガネに口付ける。それをコップの中が空になるまで繰り返すとメガネは満足げに寝息を立て始めた。
「ー……もっかい酒入れるか」
このままだとまともに眠れそうにない。胸に残ったこのざらつきを、アルコールで上塗りしてしまおう。
そう判断した芸夢は、酒を買いに再び外へと歩き出した。
(「ううう、頭が痛い……」)
(「ちゃんと水飲まねえお前が悪いんだろ。自業自得だ」)
(「ええ?けど昨日確か芸夢君が僕に__」)
(「ぁ?」)
(「ひぃっ!?な、何でもないです……」)
(「…………あの」)
(「まだ何かあんのか」)
(「……お酒、飲み過ぎないようにしますね」)
(「……おう、そうしてくれ」)