猫の日「……えっと、つまり。漫画君は猫耳姿の僕を見たいのですか?」
「今日は2月22日だろう?猫の日に因んだイベント事をこう言う形で楽しむのも、恋人がいるものならではの体験だと思うよ」
2/22。2という数字を猫の鳴き声と準えて猫の日と呼ばれているこの日。そのイベントに乗じてインターネット上では猫をモチーフとしたキャラクターや猫耳姿のキャラクターが描かれたイラストが数多く投稿されている。そして、猫耳を付けた自撮り写真が数多く投稿され、接客系のサービス業に勤めている女性達が猫耳姿になるのもこの日ならではの光景だろう。
古のオタクを自負する萌にとって、猫耳とは萌えの象徴であり、身に付けたものの可愛さを最大限までに引き出すチートアイテムである。そんな最強の装備である猫耳を恋人にも身につけて欲しいと考えるのは自然な流れの筈だ。けれど、あくまでそれは普通の恋人同士ならの話。萌と目金の間に結ばれたこの関係は、あくまで友として萌と恋人のごっこ遊びに興じる目金と、目金に恋慕する萌という酷く歪な物であった。
目金にとってこの関係はあくまで友情の延長線であり、恋心の伴わない恋人ごっこである事は重々承知の上である。萌もそんな目金の在り方を理解し肯定した上で、この関係を続けることを呑んだ。けれど、だからこそ。こんな日くらいはバカップルの戯れごとを楽しんだって、雰囲気だけでもイベントに参加するくらいは許されたっていいじゃないか。
誰に許しを乞うているのかも分からずに萌はそう結論付け、目金の返事をじっと待っていた。
「……確かに、猫の日に乗じて彼女に猫耳姿を見せてくれと頼む描写は何度か見たことがありますし、イベントに浮かれる恋人たちの心理を理解するためにも実践してみるのはありなのかもしれませんね」
「うんうん、そうだね。それで猫耳の色なんだけど……」
「ところで、何故漫画君は僕の猫耳姿がみたいのですか?」
「えっ?」
「ただ猫の日だから何と無く猫耳をつけさせたい、という衝動に駆られているだけなのでは?それくらいのふわふわとした願望なら無理に叶える必要も無いと思うのですが」
思っていたよりもあっさりと承諾が得られ、心中で喜んでいた矢先に目金から純粋な、けれどそれ故に鋭い質問が飛んできた。何故、と問われると『見たいから』としか答えようが無い。それをそのまま伝えると『本当にそれは見たいものなのですか?』とより深い理由付けを求められるに違いない。
何と答えるべきか、何と答えたら猫耳を付けてもらえるのか。萌は必死に、けれどそれを悟られぬ様顔には出さずに、頭を捻りそれらしき理由を考える。
「……確かに、猫耳姿が見たい具体的な理由はそういう日だからという理由でしかないね」
「でしたら__」
「けど、今日はそういうコンセプトの日だから、という理由だけで十分だとも僕は思うよ」
「というと?」
(よし、食いついた!)
前のめりな姿勢を見せる目金の興味を損なわぬ様に、萌は思い付く限りの理由を並べ立てる。
「猫の日だから猫耳姿の君が見たい、というこの願望は、その日ならではの特別感を味わいたいという事だと思うんだ。目金君もメイド喫茶に行く時はメイドさんとの交流を楽しむ、というコンセプトを楽しんでいるだろう?目金君に猫耳を付けて欲しいと気軽にお願いする事ができるというこの状況その物が、猫の日ならではじゃないかな」
どうにかして思い人の猫耳姿が見たい。たったそれだけの理由の為にそれっぽい言葉を大量に付属させ、萌は目金に訴え続ける。
「……ふむ、成る程。何と無くは理解出来ました。猫耳姿の恋人がみたいだけでなく、相手に頼むその過程すらもこの日ならではのイベントである。そういう事なのですね」
「!そう、そうだよ目金君」
やった、納得してくれた。まさかこの穴だらけの理由付けを受け入れて貰えるとは。
萌は「これは漫画君と恋人でいたからこそ得られた知見ですね!」と相変わらず妙な喜び方をする恋人を見つめながら、目金が猫耳をつけてくれるかもしれないという可能性に胸を高鳴らせる。
「それでしたら漫画君、その猫耳を頭に付けてくれませんか?」
「……うん?」
「『猫の日だから恋人に猫耳を付けて欲しい』と思うその心理こそ僕が知りたい情報ですから。新たな知見を得る為には実体験に勝るものはありませんからね!」
ウキウキと、自分の知り得ない何かが得られるかもしれないと目金は満面の笑みで萌にそう頼んだ。
(いや、この下り自体猫耳姿の恋人が見たいと言う感情が無いと成立しないし、そもそも目金君はあくまで友人として僕を見ているのだから仲のいい友人の猫耳姿としか映らないんじゃ……!?)
頭の中に渦巻くそれらの言葉を萌はグッと堪えて目金の頼みを承諾する。ここで目金の頼みを拒んだら『なら僕も付けたくないです』と言われかねない。その展開だけは絶対に避けたいと萌は覚悟を決めて白色の猫耳を手に取り、自身の頭に装着した。
「はい。付けたよ目金君」
「…………」
「……気持ちは分かるけど、お願いだから何か言ってくれないかな」
「……。『恋人に猫耳を付けさせたがる相手の気持ちが僕には分からない』という事が理解出来ました」
「ああそうそれは良かったね!」
その後、自身の頼みを飲んでくれたのだからと目金は猫耳を付けてくれた。その姿は萌が思い描いていた通りの心惹かれる姿であったが、自分が猫耳姿になる必要は本当にあったのだろうかと、妙な虚しさが心に残る2月末の出来事であった。