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    小栗ビュン

    HQ🏐東西(左右固定)

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    小栗ビュン

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    6話中2話目。シャチアサヒ編。

    #HQ
    #東西
    eastWest
    #東峰旭
    dongfengxu
    #西谷夕
    nishitaniYuki

    海獣のバラード~大海獣~ダイチとスガが居てくれれば、寂しくはない。
    けれど、自分の半分が見つからないままでいて落ち着かない。それが流れついて出会った、ユウだったのもわかっている。

    出会ったのが、もう何年前だったかは忘れたよ。
    でも、出会ったその時のことは、その日のことは忘れない。
    忘れられない。
    忘れてしまったら、俺は自分の半分を失ったまま、きっとただ生きるだけだ。


    連日変な天気が続いて、波も気持ち悪い動きをしていたある日。寒流と暖流がめちゃくちゃになって、普段は見ない魚や生き物を見かけた日だった。秋刀魚が酔っ払って変な方向に泳いで行ったっけ。大抵は流れに任せて俺たちを素通りしていくんだけど、人魚は人魚同士、出会えたら挨拶もするわけで。「勝手に流れ着いてすんません!」て敬礼するみたいに背筋を伸ばして、俺達に挨拶をしたんだ。変な子だなって、でも可愛いなって思って、胸がくすぐったかった。恋をするのも、一瞬だった。

    小さいイルカの人魚だった。

    ダイチやスガよりももっと小さくて、でも人の子よりは大きくて。一番デカい俺のことを見て、かっこいいって言ってくれたんだよね。そんなのと言われたの、初めてだったかもしれない。大抵は人の子達に怖がられて銛を投げられる対象だからさ。

    流れてくる間に見てきたものだとか、自分がいた海の話だとか、仲間たちの話をしてくれたんだ。何を話すのも目に力と光があって、すぐに惹かれてしまった。大きさも性格も、自分とはなにもかも正反対のユウに、無い物ねだりのような感情と、ひたすら愛おしい気持ちで埋め尽くされていた。

    流れてきた獲物を捕らえてやると、すぐに喜んで頭から食べる姿だとか。
    俺の名前を覚えてから、ずっと呼び続けてくれる声とか。
    慣れない海の温度に疲れ気味のせつない表情だとか。
    そのまま寄りかかって甘えて抱かれてくれた時の体温だとか。
    あれが求愛してくれてたんだなって気づいたのは、後日スガが教えてくれたからだったこととか。
    交尾を受け入れてくれた時の顔だとか。
    その時の体温だとか、流れていった涙だとか。

    ひとつひとつを思い出すだけで、枯れるまで涙を流すことができる。

    確かに抱いて眠ったのに。
    まるで夢だったかのように、泡になってしまったかのように。

    ほんの一瞬眠っただけで、ユウの姿は消えてしまっていた。消えてしまったことを、ダイチとスガに伝えると、ユウのことは知っていたから、夢だったわけじゃない。むしろ夢ならよかったのに。何度もそう思った。あんな一瞬の出逢いを、どうしたら繋いでいられたのだろう。誰なら、繋いでいられたのか。

    誰かのもとへ帰ったのか。
    今は誰といるのか。
    幸せにしているのか。
    誰と幸せなのか。

    俺との時間は、なんだったのか。

    俺は幸せなのか。

    誰となら、あの子は幸せなのか。
    どんなやつが、相手ならば。
    知るのも怖かった。

    だから俺は、この北の海に囚われたままだった。




    またふらりと、ユウが来てくれるんじゃないかって、そういう女々しい自分が歌を歌わせる。人が眠る夜にだけ、縄張りを荒らすサメを食べに上がるついでに、歌うんだ。

    人は嫌いじゃない。理不尽だし身勝手だし、汚い。でも、時々俺の尾ひれに向かって手を振ってくれる子どもだとか、大きな声で呼んでくれるごく一部の漁師だとか、そういう人もいることがこの海に居続けさせるひとつでもある。いつ頃だったかな、もう見なくなったけれど、俺を「沖の神」だなんて呼んだ人たちもいた。もう随分前にそう言われてた。その頃かな、体に不思議な模様が浮かんで消えなくなった。

    神様なんて柄じゃないよ。
    でも、人はそこまで嫌いじゃない。

    嫌いじゃないんだ。最近になって、嫌われているのはわかっているけれど。人と触れ合うことは絶対にない。そうも思っていた。住む世界が違う、それだけのことだったから。触れ合うことを覚えてしまうと、誰かのことを思い出して、きっと耐えられなくなる。


    それなのに、ユウはまた、突然現れた。

    人の子の姿になっていた、ユウだった。あっという間に首の骨なんか折れそうで、体なんか簡単に潰せそうで、とてもとても怖かった。けれど、とてもとても美しかった。人の子に初めて触れた日だった。ダイチとスガもユウだってわかったし、人の子だってこともちゃんと釘を刺していった。

    人の子のユウは、俺のことは何も知らないようだった。それは少し寂しいけれど、会えたことだけで、感無量だ。生まれ変わったりしたら、記憶は残らないのかもしれない。それでも、声も同じだった、顔も、空気も、雰囲気も。そのものだった。帰ってきてくれたんだって、思いたかった。

    思いたかったよ。

    長生きし過ぎているから、そう思いたくて仕方ないんだ。

    あの時のユウと同じで、嬉しそうに俺と同じ人の子がいることだとか、ダイチとスガの人の子とまで出会っていることを教えてくれた。胸が痛んだ。この人の子のユウには、俺ではない確かな存在がいて、幸せでいるんだってすぐにわかったから。無邪気に俺に話しかけてくるし、きっと「旭さん 」と呼ぶ相手に対して笑うような顔を俺にも見せていてくれたんだろうな。

    嫉妬した。
    帰らなくていいのに。
    「俺」はここにいるのに。

    また明日来ると言った。
    本当だろうか。でも、あの子はきっと嘘はつかない。ユウだって、突然消えただけで、嘘なんてひとつも言ってなかった。

    陸へ人の子を返した瞬間から、ユウと、人の子のユウの温もりが残り、混じったものを感じた。海の上を走る波が、誰かの悲しみだけを撫でていく。誰かのではなく、俺の悲しみ。

    やっと出会えた、会いたかった存在。
    それなのに、今度は俺から離さなくてはいけない。

    俺の時間は、いつも、夜明けがない夜のままのようだ。

    夜通し、あの子が眠っている小さな何かの中を眺めていた。町の方へ行ったかと思うと、さっぱりした顔で戻ってきたり。海に向かって何かいいながら、何かを食べていたり。光る何かを持って誰かと話しているような独り言をしていたり。とにかく飽きない子だった。

    俺だって、陸に上がってみたい。
    俺だって、恋がしたい。
    誰かを愛したい。
    好きな人と、恋がしたい。
    好きな人を、愛したい。
    そばにいたい。

    海獣だって、恋がしたい。
    いや、しているんだ。
    海獣だって、その恋を実らせたい。

    あの子が小さな何かの中に入って、それきり出てこなくなったところで、俺はダイチとスガの元へ戻った。きっと眠ったんだろう。あの子が目を覚ましたら、また顔を出してみよう。そうやって自分を信じるのはこれで最後になったとしても。


    「おけーり。帰ってこないと思ったわ。」

    スガが笑いながら言うけど、俺は笑えなかった。

    「ただいま、…はあ、俺にも足があればいいのに。」

    そしたら俺は「旭さん」になれるのだろうか。なんて、馬鹿げたことを考える。

    「ちゃんと送ってきただけ偉いぞ、アサヒ。」

    ダイチが褒めてくれるけど、今日はあんまり嬉しくない。

    「まあ、明日も来るんだろ。」

    「うん、どうかな。」

    本当かどうかはわからない。あの子を信じたいけれど、来なかった時の絶望感のほうが恐ろしい。

    誰かと結ばれたいだなんていう悩み方すら、知らないし、覚えていないし、それでも胸は痛む。感情が渦潮のように荒れていた。離したくない、離さないって決めたところで、スガに怒られるし、許されないことだ。人の子であるあの子に、そもそも何かを求めてはいけない。

    じゃあ、俺は、いったいどうしたらいいんだ。
    何を望んだらいいのだろう。
    何を求めて、死ぬまで生きればいいのだろう。

    きっと突然のことに、俺は混乱しているんだ。あの日、ユウが流れ着いたその時から、ずっと混乱しているんだ。だから自分が見えないだけなんだ。明日になって、あの人の子が来なかったら、きっと正気に戻れる。

    ああ、都合よく羽ばたけたならよかったのに。
    ウミネコのように自由に水と空の間をはばたけるような生き物であればよかったのに。都合が悪いことばかりしかないのは何故なのだろう。

    それからダイチとスガと、深く潜って根城へと戻った。


    海の底にちらちらと光が差す頃、俺はもう一度海面に向かった。漁師達の船も足音もない。顔を出してみると、あの子が入っていた三角形の小さいものがまだあった。布でできているらしいそれは、風が吹くと音を立てて揺れる。じっと眺めていると、布が裂けるようにして割れ、間からあの子の顔が出てきた。手になにかを持って、またひとりで喋っていた。耳を澄ます。

    「あ、まじっすか!やっぱり、」

    まるで誰かと話しているような声。いや、誰かと話をしているのか。人の子はすぐに姿も持ち物も変わっていく。沖の神と呼んでくれた人たちが着ていた、不思議な模様がある服を着る人たちももう見かけない。

    「さっすが旭さん!!」

    「、」

    また胸が痛んだ。あの子は、人の子である俺と話をしているんだ。

    「で、俺も調べてみたんすけど、イルカとかクジラって結婚したらソッコー離婚するらしいっす。」

    結婚。

    「そうそう、ワンナイト的な。」

    離婚。
    ワンナイトというものはわからない。

    ああ。
    イルカのユウは、俺に求愛をして、結婚したつもりでいて、そして満足して帰っていったのか。満足したのかはわからないが。少なくとも、誰かと長く一緒にいる生態ではないということか。

    そうやって自分を慰めようとする解釈こそ都合がいい。

    人の子はまだ何かを話していたけれど、言葉を聞いているのが少し辛くて音を閉ざした。一度潜って落ちそうになる涙を堪える。流すものなんてもう何も無い。そう思い込んで、再び海面に顔を出す。

    「アサヒさーーーん!!」

    「、」

    沖にいる俺に向かって、手がちぎれるぐらい元気に腕を振ってくる。夏の太陽が似合うような、眩しい程の笑顔だった。せっかくなら、そんな季節に出会えたらよかったのに。こんな中途半端な季節ではなく。またひとつ、俺をここに縛り付けるような思い出にしてくれる、美しい季節の時に。

    「おーーーい!!」

    「……わかったよ。」

    会えても、会えなくても、胸が痛むようだ。

    砂浜の上で高く飛びが上がる姿は、跳ねて泳ぐあの子とそっくりだった。できる限り近づいていくと、ユウは人の子達が足にへんてこな水かきをつけるそれを身につけて近づいてきた。手には青と黄色の球をひとつ持っている。飛沫を上げて近づいてくる。だんだんと近づいてくる。手を伸ばすと、俺の手の中に飛び込んできた。潰さないように、そっと握る。

    やっぱり小さいな。

    「今日は俺も泳げますよ!」

    足を動かして、得意げな顔をする。へんてこな水かきを主張してくる。そんなものなくても、俺がこうして掴んでいれば何も問題はないのにな。しかし、愛おしい。

    人の子の体を胸に抱いて、小さすぎる唇に、そっとそっと、呼吸ができる仕掛けを注いだ。それから海へ潜ると、陽の光が差しているあたりまで向かった。せっかくなのだから、明るい場所でよく見ていたい。するとユウは手の中からするりと抜け出して、俺の顔の辺りまで足を動かして泳いできた。優しく笑ってくれる。明るく笑ってくれる。やっぱり、俺には足りなかったあたたかなものを持っている子だ。

    こんなの、離したくなくなるじゃないか。

    「バレーボールしましょう!ダイチさんとスガさんも一緒に。」

    そう言えば、昨日もそんなこと言っていたっけ。バレーボールとは、その球を使って何かをするのだろうか。色合い的にも、俺には浮にしか見えない。ユウは水中で球を放し、蛙のように跳ねて飛んだ。そしてその勢いで球を水中で上げて見せた。まるでその球が、射し込む太陽に見える。少し不思議な瞬間だった。

    「こうして、」

    球を目で追いながら水を蹴り、球を追って上がると、水中で打ち落としてきた。

    「アサヒさん手で受け取って!」

    「受け取る!?」

    そんな小さな球を受け取る方が難しい。

    「腕に当てて、」

    ユウは自分の手首から肘までの間を叩くようにして俺に伝える。水中で勢いを殺された球に向かって腕を伸ばす。球が当たると僅かに跳ねる。その浮いた瞬間に、ユウが近づいてきて、また球を水中高く上げた。あとはこの繰り返しだった。この球は、落としてはいけないらしい。落ちる前に、浮いてしまうのだが。

    そこへ俺とユウの声に気づいたダイチとスガが合流した。人に見つからない場所に移動して、水面でバレーボールをしようということになった。俺の大きさが異常なので、遊びになるのか不安だが、ユウもふたりとも楽しそうにしていると、水を差すことはなかなか言えない。

    「そうそう、ダイチさんさすがっす!」

    ユウが球を投げると、それをダイチやスガが腕で拾いにいく。

    「アサヒさん、いきますよ!」

    「え、」

    球が小さすぎて、日差しですぐに姿が消える。拾えなくて、胸の辺りに当たって水面に落ちた。

    「うーん、小さいっすね。」

    小さいユウが小さいというと、それだけで更に小さく見えてたまらなく可愛く思える。

    「アサヒ、ちょっと小さくなんべや。」

    「え?」

    スガが言うと、ユウがスガと俺の顔を交互に見上げて、物凄い期待の眼差しを行き来させる。物凄く興奮しているようだ。人の大きさとまではいかないが、ダイチやスガの大きさ程度にはなれる。人魚とは、便利で不便利な生き物である。最後に体の大きさを変えたのもまた、ユウと過ごした一晩だけだった。

    交尾をするために。

    「おおお!すげー!」

    大きさの調整をするために意識を集中させる。体の大きさが変わり始めると、ユウはまた興奮気味の声で俺を見上げる。

    「アサヒさんかっけえ!」

    「この子すげえとかっけえしか言わないね。」

    スガの言葉も耳に入らない程、ユウは俺の事を嬉しそうに見上げてくる。それでもまだ俺の方が何倍も大きいけれど、触れやすくはなった。あまり触れてもいけないのだが。そっと手で小さな体を握って、抱いて、少しだけ閉じ込めてみる。背中にも何にも届かないユウの手が、俺の脇の下あたりを掴んだ。ようやく抱きあえたようだ。それだけで、また泣きそうになる。

    「小さい、可愛い…。」

    「心の声漏れてんぞ。」

    「あ、へーきっす、よく言われるんで。」

    ダイチの言葉にさらりと返す惚気は、少しだけ辛い。陸の俺にそう言われ慣れてるんだろう。今の俺のように、この子を見てたまらなくなる瞬間があるのだろう。

    あるはずだ。

    こんなにも、生命力に溢れて可愛いのだから。

    頬ずりしてみたり、小さな体の大きな心音に耳をすませてみたりしているうちに、ダイチとスガの野次も聞こえなくなっていった。小さな手で俺の顎や頬を触ってくる。この時間が、永遠に続けばいいのに。

    「おらー!アサヒー!」

    永遠に続けばいいのに。
    永遠に。
    ダイチとスガがいないのは嫌だけど、ふたりで永遠にいられたら、もっといいのに。

    そんなことを考えていれば、付き合いが長すぎるふたりには俺の思考なんかお見通しなわけで、球を思い切りぶつけてきやがった。海水に濡れた球って、地味に痛い。

    「まあこれでも小さいよなあ、いっそタコでも持ってくるか?」

    「たこ!?タコをボールにするんすか!?ダイチさんかっけえ!」

    「やっぱりかっけえしか言わない。」

    ダイチとスガがタコを探しに一度潜った。急にふたりきりの時間ができると、それはそれで困惑する。でも、会える時間は永遠じゃない。それなら、やっぱり話したいことは話しておくべきだろうな。話したいことなんて、ひとつしかないけれど。

    ここにいて欲しい。

    「アサヒさん。」

    そんなこと、言えるはずもない。

    「俺、イルカの俺を探してきます。」

    「え、」

    どこから来たのかもわからないから探せないのに。帰ったのか、違う場所へ行ったのか、それもわからないのに。
    ああ、もう会えないって遠回しに言いたかったのかな。

    この子まで、いってしまうのか。

    また俺は、ひとりになるのか。

    「絶対見つけてきます。」

    絶対って、なんだ。

    「縛っても連れてきます。」

    小さくて薄い胸を、得意げに叩いて見せる顔を、俺はどんな顔で見たらいいのだろう。

    あの子を縛れるものなんて、ないんだ。
    俺だって縛りたかった。
    泡を捕まえるようなものだ。
    捕まらないということだ。

    「イルカの俺が、アサヒさんに会いたくない理由が見つからないっすから!」

    「、」

    「今度はちゃんと話し合えよってめっちゃ怒ってきます。」

    「はは、怒らなくてもいいよ。いや…うん、俺がちゃんと話しをできたらいいな。」

    怒れるなら、怒りたい。駄々を捏ねたい。もうどこにもいくなよって、真面目に怒ってやりたい。「はい!」って、背筋を伸ばしたあの返事が聞きたい。

    俺の返事に対して、ユウは底なしの明るい笑顔で応えてくれた。

    期待はしない。でも、この子の自信と優しさは嬉しかった。


    それからタコを捕まえてきたダイチとスガが戻ってくる。可哀想に、すっかり怯えてしまっている大きなタコは丸くなって既に球になっている。よしよしと言ってタコの頭を撫でるスガの顔はちょっと怖かった。バレーボールというものが再開されると、水面と空中でタコが飛び交う。我慢出来なくったダイチがタコをかじり始める。俺たちはユウに褒められると調子に乗ってタコを飛ばしあい、しばらく体を動かし続けた。ユウがくしゃみをして、その遊びを終わりにしたのだった。

    もう陸へ返さないといけない。陸へ返せば、きっとこの子はしばらくここには来ないのだろう。もしかしたら、ずっと来ないかもしれない。口約束とはそういうものだ。この子は人の子だ。人の子は、人の子を愛している。そして、愛されている。

    「楽しかったな、また捕まえてやるべ。」

    ダイチとスガはタコを解放してやりながら言っていた。俺はこの子のことさえも思い出して辛くなりそうだから、混じりたくないかもしれない。

    「アサヒ、そろそろ送ってやれ。」

    送ってやれというより、「終わりだ」と言っているのだろう。人の子との時間はもう終わりだと。俺はユウの体を抱き寄せて、小さくなった分近付けるまで浜の傍へ向かった。

    「あー、みんなで写真撮りたかったっす。」

    写真は知っている。俺達のことを狙って撮りに来る人の子もいた。

    「今度ここに来る時、写真持ってきます!俺の仲間の写真。」

    「…うん。」

    それよりも、ここから先へ、陸へと行って欲しくないのが本音だ。誰もいない浜辺が見えてくる。終わってしまう。今度こそ、終わってしまう。

    「アサヒさん、イルカの俺のこと、好きっすか?」

    「、」

    俺は思わずその場に止まった。手の中のユウが不思議そうに俺の顔を見上げてくる。大切なことを、俺は忘れていたようた。

    俺が恋をしたのは、人魚のあの子だ。その面影を沢山持っているこの子ではない。この子にも恋をしているのかもしれないけれど、この子が人魚のユウの何かであるからだ。

    この子を食べてしまっては、きっと俺自身が一番幸せで、一番不幸せになっただろう。


    「好きだ。」


    会いに行けば、いいじゃないか。
    もう会えないのなら、それは変わらないのなら、俺が探しにいけばいい。どうせ死ぬなら、どこでだって同じかな。

    この子に探させなくても、俺が自分で迎えにいけばいい。


    「ごめん、ありがとう。俺、自分で探しにいくわ。」

    「アサヒさん!」

    ああ、やっぱり可愛いな。
    このもうひとつの笑顔に、会いたいなあ。

    「じゃあ、俺と探しにいきましょう!」

    「え?」

    俺の手を両手で握ってくる。握ると言うより、抱えてきた。ひとつひとつの動きが、眩しいし、可愛い。ひとつひとつの動きで、俺を喜ばせてくれるようだ。

    「最高の冒険じゃないっすか!!」

    「冒険…、」

    少年、人魚に出会う。

    そんな言葉が浮かぶ。

    「いや危ないし、ダメだよ。海賊とか出たらどうすんの。」

    「海賊!かっけぇ!!」



    しばらく押し問答が続いた。そうしているうちに、俺が好きで好きで、ずっと好きだったあの子と、目の前にいるこの子を会わせてあげたくなってきた。ふたりはどんな顔をするだろう。好奇心というものを、物凄く久しぶりに感じた気がしたんだ。

    「じゃあ、また明日!作戦会議しましょう!」

    押し切られてしまった。

    また明日、か。
    今日で終わるはずだったのにな。

    「うん。」

    終わりは来る。
    人の子はあっという間に死ぬから。あの子とも一晩で終わった。「沖の神」なんていうのも、いつのまにかいなくなっていた。

    でも、今ここに、何かを繋いでくれる子がいる。

    終わりはくるから、今はただ、繋ぐんだ。




    手を振る。

    明日という、あの子に向かって。

    あの子が笑う。

    アサヒという、俺に向かって。



    歌を歌う。

    遠い海にいる可愛いあの子へ向けて。












    続く
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    小栗ビュン

    DONE東西真ん中バースデー!!
    大人時代からさらに十年後の東峰旭とモブ女子の会話。
    十年後のバースデー「東峰さん、お疲れ様でした。」

    春の新作の発表を無事に終えることができて、そのお披露目ショウが終わった会場でただ立ち尽くしていた時だった。後輩の女子社員から労いの言葉を貰い、ふと我にかえる。

    「ありがとう、細かいところも手伝ってもらえて、本当に助かった。」

    いつの間にか後輩が出来て、追い抜かれたりする焦りも感じて、あっという間の十年間だった。ヘーゼルナッツのような色の柔らかい髪が、微笑んだ際に揺れた。

    「お疲れ様でした、先輩。」

    「ありがとう。」

    それからちらほらと後輩がやってくる。片付けを手伝ってくれる事務所の後輩達を見ていると、つい最近まで一緒にコートの中にいたあいつらを思い出す。あの時から、倍の年齢を生きている。三十代はあっという間だなんて言うけれど、全くその通りだった。俺は最初に入ったデザイン事務所に籍を置きながら、フリーの仕事も手がけて生きている。アパレルデザイナーだけあって、皆個性的な服で働いている姿を見ると、あの二色で統一されたユニフォームを着た排球男児が恋しくなるのは何故だろう。大きな仕事を終えた日に限って、何故懐かしむ感情が強くなるのだろう。
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