【鋭百】西日のシャッター 一番後ろの車両にして良かった。自分たちの他に三人ほどしかいなくなった車内を見てそう思った。三人は早朝からのロケが正午過ぎに終わり、夜からの事務所でのプロデューサーとの打ち合わせのために、電車に乗って事務所に向かっていた。土曜日の昼下がり、都心から外れた郊外を走るローカル線の車窓は、東京であることを忘れるくらいのどかな風景を映していた。
先程までロケの感想を話し合っていたが、車内の人がまばらになってゆくにつれて三人の口数も少なくなっていった。足元にあたる暖房の風を感じながら、百々人はぼんやりと窓の外を見やる。ふと視線を隣に移すと青い頭が鋭心の方に傾いていることに気が付いた。電車の振動に合わせてこくり、こくり、と傾いてゆき、やがて鋭心の肩にこてんと乗ってしまった。鋭心は肩に乗った丸い頭に目を落とし、その様子を見ていた百々人と目が合うと、ふと口元を緩めた。
「朝早かったからな」
「頑張ってたし、いっぱい食べたから眠くなっちゃったかな」
穴場スポットと称して宣伝をしたロケ地では、可愛らしいスイーツや見ているだけで口の中に唾液が溜まるようなご当地フードまで、三人ともこれ以上入らないというくらいたくさんのものを食べた。どれもこれも美味しくて、プライベートで来たいね、と言い合うほどだった。
小さく寝息を漏らす頭を鋭心としばらく両隣から観察していたが、電車の走る方角が変わったのか、白い光が視界を覆った。眩しさに一瞬視界が眩み、百々人は目を細める。もう一度目を開けた先に見えたものに百々人は息をのんだ。傾く日差しを浴びてキラキラと光る翠は、慈しむような穏やかさを携えて肩に寄りかかる頭を見つめていて、そのまま視線をこちらに向ける。気持ちよさそうだな、と言って微笑む顔は光を浴び、フィルターをかけたように輪郭を映し出す。絵画のように綺麗だった。
ほんの一瞬、それでもその表情は百々人の脳裏に残像のように鮮烈に焼き付いた。鋭心はすぐに顔を前に向けて、百々人と同じように西日に顔をしかめる。先ほどの残像をその横顔に重ねて見つめていると、こちらに気がついて声をかけてきた。
「どうした」
「……なんでもないよ」
その肩に寄りかかっているのが自分だったら、果たしてどんな表情をしていたのだろうか。ずいぶん親しくなったと思っていたけれど、まだ知らない彼があることにむくむくと好奇心が湧いてくる。燻る感情は自覚するには十分すぎるほどで、やつあたりのように隣で健やかに寝息をたてる白い頬をつついた。
「んん……」
頬をつつかれた秀は、声を漏らして身動ぎしたかと思えば、すぐにくたりと身体を鋭心に預けてしまう。思わず顔を見合わせると、二人してぷすりと笑いあった。
がたん、がたん、と揺れる車内を照らす光は、百々人の中に今日の景色を明瞭に残していく。鋭心のどんな表情も見逃したくなくて、その横顔をじっと見つめていたけれど、冬の電車はやがて心地の良い微睡みへと百々人を運んで行った。