【鋭百】失くし物 首筋に湿った感触がした。先程まで散々自分の唇と絡み合っていたそれの感触にぞわりと背中が震える。そのまま強く吸って、歯をたてて痕をつけたりしてくれないだろうか。けれども肌に押し当てられた感触はそのまま離れ、まるで傷を労るようにその部分を舌でそっと撫でられた。
「……痕、つけてもいいよ」
百々人の言葉に鋭心は顔を上げる。わずかに揺れた翠に、困惑の色が浮かんでいた。
困らせるのを承知で言った。僕たちの身体は商品であり見世物だ。そこに誰かが傷をつけることなどもってのほかで、それが例え同じユニットの仲間だとしても、不快に思う人がいるなら避けなければならない。そんなことを今更言われなくても分かっているし、鋭心も百々人がそれを理解した上で言っていると分かっている。だから優しいこの人は、否定の言葉を百々人に押し付けることもできず、答えを選べずにいるのだろう。
未だ何も言わない目の前の身体を両腕で抱き寄せ、赤い髪をそっと撫でる。鋭心はそろりと百々人の腰に腕を回してきた。
「ごめんね」
「いや……」
ぎゅ、と腰に回った腕に力が入り、肩に額を押し付けられる。これがこの人の精一杯の甘えなのだと百々人は知っている。自分の欲を正しさで押し込んでしまって、どこにあるのか分からなくなってしまったのだろうか。肩に乗せられた愛おしい温もりを撫でながら、そっと耳元に唇を寄せて息を吹き込んだ。
「ね、もう一回キスしたいから顔を上げてくれる?」
ゆっくりと上げられた瞳の中にきらりと熱が灯るのを見つけた。互いに顔を寄せ合い、唇が触れる直前に目を閉じる。
そうして今日も鋭心の失くし物の在り処を教えてあげるのだった。