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    ashuka_g

    @ashuka_g

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    ashuka_g

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    手提げの中にあるものは、翌日平日の昼間ともなれば、星奏館はいくぶん静かだ。
    学生は登校し、仕事のある者は事務所や現場に出かけ、自己研鑽する者はそれぞれを磨くのに忙しい。
    朝食には遅く、昼食には早い時間。そんな時間に星奏館のキッチンに顔を出したのは、眠たげな顔をした鬼龍だった。
    大きなあくびをひとつ。人の気配のないキッチンに、まさか誰かがいると思っていない、油断の大あくびだ。
    「こらっ!また夜更かししたなぁ!?」
    「!?」
    誰もいないと思っていたのに、唐突に声をかけられた鬼龍は文字通り、飛び上がって驚いた。
    声のした方​───キッチンの死角を見れば、馴染みのある顔が悪戯っぽく笑っている。ビックリ大成功、とでも書いたプラカードを持っていてもおかしくない。
    「なんだ、仁兎か……驚かすんじゃねぇよ」
    平素より早く駆ける心臓をおさえ、苦言を呈した。
    気安い仲だからこそ軽く言える。
    「なんだとはなんだ。もうすぐお昼だぞ。どうせまた気が付いたら夜が明けてた~とか言うんだろ」
    「さすがだな。正解だ」
    正解だ、じゃない。
    軽く蹴られた鬼龍は頭を掻きながら冷蔵庫へ向かった。
    見た目に反して手や足が直ぐに出る。が、見た目通りに非力だし、鍛えている鬼龍にとっては特に痛くも痒くもない。
    「お、野菜がたくさんあるじゃねぇか」
    「翠ちんが今朝、持ってきてたぞ。ご自由にって」
    「ありがてぇ。野菜スープでも作るか。食うだろ?」
    「お昼ご飯にいただこうかな」
    てきとうに野菜庫から野菜を取りだした鬼龍は、小腹がすいた奴のためにもと、多めに野菜を切り始める。慣れた手つきを見つめながら仁兎は彼に声をかけた。このためにキッチンで待ち伏せている間、持ち込んだ本は読破してしまったので、それはあとから小言として垂れ流そう。
    「光ちんが世話になったな。ありがと」
    「お?天満のやつ、結局言っちまったのか」
    ユニット衣装が破れたのを繕った。ただそれだけで、感謝されたり気を回されるのは忍びない。だから言わなくてもいいと言ったのに、天満は素直で隠しごとができないからなぁと鬼龍が思っていると、仁兎はニヤリと口の端を上げた。
    「やっぱり紅郎ちんだったか~」
    愉快気な声に鬼龍は野菜を刻む手を止めて、自分よりちいさな友人を見下ろす。
    「言っとくけど、光ちんはなんにも言ってないぞ。おれの勝手な憶測。ユニット衣装を汚したか破いたか……たぶん破いたんだろうな。その破れを紅郎ちんが修繕して、おれには言わないようにって口止めでもしてたんだろ?感謝されるほどのことじゃないからって」
    ふふん、と得意気にしゃべる友人に、これは敵わないなと鬼龍は軽く両手を挙げた。
    「……正解だ。仁兎はよく周りを見てんな」
    「あたりまえだろ!に〜ちゃんなんだから!」
    「まぁ、天満が隠し切ることはできねぇだろうと思っちゃいたが」
    野菜を刻む手を再度動かし始める。
    セロリ、人参、玉ねぎ、じゃがいも、アスパラガスは穂先は大きめに切って。他には何を入れようかと鬼龍はまた冷蔵庫を開けて物色し始める。
    「大したことはしてねぇし、わざわざ感謝されることじゃねぇよ」
    「大したことだよ。おれは紅郎ちんや創ちんみたいに裁縫はできない。だから感謝する、あたりまえだ」
    あたりまえ、とまるで自分に言い聞かせるような声音。
    チルド室に入っていた半端な量のベーコンを片手に、鬼龍は仁兎のつむじを見つめた。
    サラサラとした金色の髪が、風に揺れている。換気のために誰かが窓を開けていたのだろう。
    「感謝する心を忘れたら、傲慢な人間になってしまう。傲慢になって、人の好意をあたりまえだって甘受し続けていれば、いつかその人は離れていくだろ?おれは紅郎ちんに離れていって欲しくない。だから、感謝するほどのことじゃない、って言われてもおれが感謝したいから感謝する。そこは譲れない」
    「……そうかよ。そうは言われても俺は好きで世話焼いてるだけだし、てめぇがそう言った所で感謝されるほどのことをしたとは思わねぇぜ」
    ベーコンのラップをはがし、こちらも野菜と同じように刻みながら鬼龍はこともなげに言った。
    その言葉を予想していたような仁兎はちいさく笑う。
    「いいぞ。勝手に感謝しておくから」
    「おう。俺もわざわざ感謝しろって言わねぇよ」
    互いに勝手にする、という事で。
    強制し合わず、互いの意見を尊重し合う。それができる関係のなんと気楽なことか。
    「ところでそれ、何人分なんだ?」
    「……さぁ」
    大鍋に作られたミネストローネは、トレーニング終わりの人間や昼食をとりにきた人間によってすべて平らげられたのだった。
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