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    okusen15

    まほ晶が好き

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    okusen15

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    南 ルチルに片思いをしていた女生徒の話
    ※ルチ晶♀要素が含まれます
    ※ツイッター再掲分(加筆修正ver)

    銀の鍵は海の底で錆びる私の秘密は机の引き出しで眠っていた。月光を頼りに、そっと鍵を差し込んで回す。カチン、と明らかに自然のものではない音がする。私はしばらく鍵を差し込んだ姿勢のまま、誰も起きてこないことを確認して、恐る恐る引き出しに手をかけた。
     私の秘密は、なんだか前よりずっと黄ばんで、貧乏くさくみえた。書き込みすぎて少し膨らんだノートをめくる。開きすぎで閉じ糸が緩んだページが、人間に降伏して腹を見せる間抜けな犬みたいだった。
     そのページには、びっしりと埋め尽くすように文字の書き取りがしてある。端から端まで余白を残さないよう書かれているのは、真面目さの証明というより、周りの見えていない必死さからきていたものだった。速さ重視の文字は、のたうつ毛虫みたいだ。
     右ページの上には、白い小さな紙が置かれていて、除くと『荷馬車』の文字と共に青色のチョークの粉の跡が現れた。親指で粉を払い除けるように触れると、あの日のことが鮮明に頭に蘇ってきた。

     その時の私は、まだ学校に入学したばかりで、周りに置いていかれないように必死になっていた。
     『書き取りをしましょう』と先生が黒板に書いた文字を、早くやらないとという一心のみでひたすらに繰り返していた。すると、白と黒の世界に、いきなり青色が入り込んで『荷馬車』の上で止まった。青いチョークの粉がついた、先生の人差し指だった。顔をあげると、不思議と周りの景色がよく見えた。先生の後ろの黒板の深緑色も、みんなが背の順に椅子に座っていることも、その時初めて気づいた。視界が広がったような感覚は初めてで、変な感じがしたけど、嫌いじゃなかった。
    『そんなに急がなくても大丈夫。誰かを置いて、授業を進めるようなことはしませんよ』
    言いながら、ルチル先生は私と同じ目線にまでしゃがみこんだ。ゆっくりと染み込ませるように言われた言葉に、緊張で硬くなっていた背筋を優しくさすられたような気がした。
     少しして頷くと『まぁ!』と突然先生は口元に手をやった。教室のみんなが一斉に私の方を見て、また背筋が硬くなった。
    『どうしましょう、チョークの粉がついちゃいました。ごめんなさい。今、拭きますから』
    『あっ、先生ーー』
    私が止めるより早く、先生がハンカチで粉を拭う。結果、粉は伸びて私のノートに色を付けた。あ〜ぁ、と隣の席の男の子が肩をすくめる。
    『あぁっ、どうしましょう!広がっちゃいました!』
    『せ、先生、私、大丈夫です。気にしてません』
    『ルチル先生は大雑把だからな〜』
    『この前もチョークのついた指で顔に触ってたもんね』
    あはは、と教室は笑い声で満たされる。先生は暴露した生徒の方に向かって、もう!と頬を赤らめた。けれど、その口元にはさっき手をやった時についたのか、青色がちょこんとのっていた。つられて、みんなと同じように笑うと、さっきまで気を張っていたことが、なんだか馬鹿らしくなった。ルチル先生が、私を振り返って、優しく微笑んだ。
     あの時、確かに刻まれた。私の、青色の記憶。だけどーー。

    「こんなもの……っ」

     鳥が羽ばたいた時のような音。ノートを持った手を、思い切り振り上げたからだ。目尻が溶けそうなくらい熱かった。
     ルチル先生と手を繋ぐ女の人を見た。休憩に行ったルチル先生を追いかけて行った先で、それを目撃した。チョークの粉を拭き忘れる癖が、抜けないはずだった先生の指は、その時ばかりは綺麗だった。青のかけらなんて、どこにも見当たらなかった。
    『あの子がルチルの恋人なんだって?』
    『ああ。この前、ルチルがうちに来て、自慢の恋人なんですって惚気話していったよ』
     わはは、と私の後ろの方で、村の人たちが話していた。
     なに、わらってるんだろう。そう思った。なんにも、おもしろくなんかない。わたしーーわたし、あんな顔するルチル先生なんか知らない!
     ルチル先生が女の人の風になびく髪を、一房手に取って笑う。あの女の人を、汚さないための手をしていた。
     私に与えられる優しさと、あの女の人に向ける優しさを天秤かけたら、いったいどちらに傾くだろう。そんなの、考えなくても分かった。
     私がどれだけ、いい子で真面目であっても、それはルチル先生があの女の人より私を選ぶ理由には、決してならない。
    「……はっ、……っは」
    魔法で元に戻しますよと差し出された手から守るように、ノートを抱きしめた私。鍵をつけてもらうために、父さんの機嫌を伺った日々。少しでもルチル先生に与える印象を良くしたくて頑張った満点のテスト用紙。
     私の馬鹿な子供っぽい工夫の数々が教えてくる。よくがんばったね。けど、君には無理だったんだよ。
    「……ふん」
    私は家を出て街の外れの荒野にでた。今日は厄災の光が一際強い。みんなカーテンをきつく閉めて、家から出ないようにしている。私だって、これまでの私だったらそうしていた。でも、私の恋は終わったんだ。だったら人生くらい、どうなっても構わない。いい子でいても報われないなら、いい子でいる意味なんてないもの。
     座り込んで、ノートをバラバラにして、半分にちぎって、またさらにちぎって、砂利みたいに小さくして手のひらに乗せて、風に奪わせた。砂埃のように舞い上がって、月に呑まれるように消えていく。私は全てをそうするまでそこにいた。そうして、夜明けが来る前に荒野を去って、家に帰って、ベッドに潜り込んだ。不思議と、もう何も怖くなかった。たぶん、月のせいだった。
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