後悔 酒は嫌いだ。正気を失うから。ショーに気を狂わせている方がよほど楽しい。
そう笑う彼の瞳が輝いて見えて、ああ大きな魚を逃したなと思ったのだ。惜しいことをしたと思い知らされたのだ。
司とは逆に酔う感覚がそれなりに好きな類は口惜しさにアルコールを摂取し、摂取し、摂取し、そこからはもうダメだった。もう一度僕に演出させてほしいと、君の演出家になりたいと、ズルズルと子供のように縋ってしまったのだ。はたまた恋人に捨てられそうな哀れな男にでも見えたろうか。なんにせよ、醜い有様であったことに変わりはない。
類は知っている。高校生の頃、嫌になるほど共に過ごしてきたため知っている。司は人が好く頼み込まれれば基本的に断れないタチだ。しかも酷く素直で単純で、その気になれば口車に乗せることなど容易い。しかしこの男、どうにも頑固で仕方がないのだ。こうと決めたことは梃子でも曲げない。どんな話術を使おうと泣き落としをしようと首を縦に振らない。そして、司はワンダーランズ×ショウタイムからキッパリと縁を切っていた。
ワンダーランズ×ショウタイムが解散した時、一番泣いたのはえむだった。しかしその分、最後にはスッキリした顔で手を振っていた。一番引きずったのは寧々だった。しかし引きずったままでも前を向いて世界へ旅立っていった。類は人間関係での諦めに慣れているため、すんなりと手を離せた。過去は過去として良い思い出にできた、はずだった。
案外と言うべきか案の定と言うべきか、最初から最後まで笑顔で別れを告げることができたのは他でもない我らがスター、天馬司だった。悲しくなる、寂しいな、とこぼしてはいたが、それでも泣くことはなく引きずることもなく、当たり前のようにあのステージから降りた。
数年前の別れからしばらく、道の分たれた四人は自然連絡も減り、近頃は皆無と言っていいほどだった。殆ど縁を切っていたのだ。彼は、司は、もう類の演出を受けるつもりはないだろう。寧々と歌うこともなく、えむとあのステージに立つこともない。ワンダーランズ×ショウタイムのスターは消え去り、彼は世界のスターとなりつつある。
つまりは、類がいくら泣いたってきっと彼は頷いてくれなんてしないだろうと言うことだ。
それでも演出をつけたいと思ってしまった。彼の出る舞台を見て、久方ぶりにステージへ立つ彼の姿を見て、大興奮のまま連絡をとり飲みへ誘い、ショーの話をして、輝く彼を見て、酷く後悔が押し寄せたのだ。ああ、あの時手を離さなければ良かった。諦めなければよかった。ずっと彼の演出家であり続ければ良かった。彼が当たり前のように別れを受け入れた時、少しでも裏切られたなんて思ったのならそう言えば良かったのだ。ずっと彼の演出家をしているのだろうと当たり前のように思っていたのなら、その夢物語を現実にしてしまえば良かったのに。何故諦めてしまったのだろう。その答えは明白で、それでも後悔は止まなかった。
酔っ払いに絡まれるのはどのような心地なのだろう。嫌に長い手を伸ばされるスターはどんな顔をしていただろう。もう覚えていない類は、見知らぬ部屋で目を覚ました。