目的は勝利か、それとも。教場を後にする教授の背中を眠気眼で見送る。
窓際にさしこむ暖かな日差しが誘う眠気に抗い、あくびを溢して体を反らし上体を伸ばす。
本日の講義はこのコマが最後だ。同じ講義を選択していた友人たちもあとはフリーらしく遊びに行こうと誘われる。スマホを取り出して共有スケジュールをチェックするが、緊急の用も無く予定通り今日は休みのようだ。念の為メールもチェックしているとLINEの通知のバイブが鳴った。
「ごめん、用事あった。また今度誘って」
気のいい友人たちの「また誘うな〜」という声に手を振り返し、足早に教場を後にする。
向かうはゲームセンター。普通では行けない少し特殊な場所ではあるが、それを除けば至って普通な遊び場だ。今度こそと意気込む二人を
思い出して思わず口角がゆるむ。
渋谷の地下街、連絡通路の階段を下る。普通ならばレトロな店へ続く場所にある、こぢんまりとした薬局から『ズレた所』へ入っていく。
仕組みはよくわからないが、現実の狭間みたいな所らしい。地下街とよく似た通路を歩きゲームセンターにたどり着くと、メッセージを送った当人がひらひらと手を振った。相変わらず顔を隠すマスクをしているというのにどことなく楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
「来た来た」
「伊月、ここ座れ。見てろよ今度こそだ」
この二人、祟り屋とこうしてゲームをする仲になったのはあの夜を越えて二度目の邂逅からだ。偶然依頼で鉢合わせた際に、KKと祟り屋のボス?の話し合いがヒートアップしてしまい蚊帳の外で手持ち無沙汰になっていたときに話しかけられた事が始まりだ。第一声がSNSやってる?LINE交換しよ!だったので彼らは恐らく同年代か年下な気がしている。顔を隠し名前も隠されているから実際のところ何歳なのかはわからないが。二人は弓術と棒術ができるそうなので便宜上、弓と棒と呼んでいる。KKに安直だと笑われたが本人たちがそれでいいと言ったのでいいんだ。僕もちょっと思ったけど。
先程言われたように棒の隣に座ると、弓が向かいの筐体の前に座った。弓はどうやら祟り屋のボス、二人曰く“印さん”に勝つために彼のプレイを研究したらしく動きの傾向を真似しようとしているらしい。
「速度、技術どちらも印さんの足元にも及ばないけど動きの傾向がわかれば対策を練れなくはないからな〜」
「この必勝法ならいけるはずだ」
「この間もそう言って失敗してなかったっけ…?」
「三度目の正直ってやつ!」
ガチャガチャとコントローラーを叩く音が賑やかなゲームセンターの音に紛れていく。キャラクターの動きを見るに、いい勝負をしているようだ。複雑なコマンドを入力して弓の操るキャラクターを吹っ飛ばす。画面に表示されたYOU WINの文字に棒がガッツポーズを掲げた。
「どうだ!」
「行ける、これは倒せるぞ…!な、伊月!」
嬉しそうな二人に苦笑いを浮かべながら考える。あまりやらない種類のゲームではあるが、何度か印さんとの対戦を見ているのであの手さばきが手強いのは知っている。そう簡単にはいかないだろう。
「んー…カウンター対策しとこうよ」
「あの流れでカウンターは無理じゃねえ?」
「根拠はないけど印さんならやってのけそうな気がするんだよね」
「…そんな気がしてきたな」
棒がコントローラー台に肘をついてため息をつく。前回の敗因は印さんの手数の多さを侮っていた事にあったのだ、またそうなる可能性も捨てきれない。普通なら無理だろうというタイミングでも決めてくる男だ。
腕を引かれて筐体の前に座らされる。真後ろに立った棒が肩に手を置いて画面を覗き込んだ。
「よし、伊月も案を出せ」
「あまりこういったゲームはやらないから役に立てるかわからないよ?」
「大丈夫だって。固定概念をぶん投げた新しい戦法が浮かぶかもしれないし」
「そうかなぁ…」
今までの負け続きを見てきた僕としては二人が勝つところを見てみたい。
出来るところまでやってみるかと腕まくりをしてコントローラーを叩いた。
――――――
あれから数日、弓から一本の動画が送られてきた。昼時、一人学食でランチの味噌煮込みうどんを食べている時だった。
食事中ではあるが、内容が気になるのでイヤホンをつけて再生ボタンをタップする。
ザザッ
雑音と共に真っ暗だった画面が明るくなり、いつものゲームセンターのゲーム筐体の前に座る棒が映し出される。向かいから覗く笠は印さんだろうか。今から対戦をするようだ。
『第n回、格ゲー対戦開始!伊月〜見てる〜?』
『弓、ちゃんと撮っとけよ』
『わかってるって』
弓が横からカメラに映り込み手を振る。その後ろで棒が親指を立てた。あれから何度も練習を重ねたのだろう、血気盛んだ。
『祓い屋の弟子か。三人で随分と長いこと対策を練っていたようだが、すぐに死ぬような事はしてくれるなよ』
『わかっている。今日こそ…『勝つ!』』
二人の言葉を合図にゲームが始まった。
早くなる鼓動を落ち着けようと水を口に含み、今度こそと祈るような気持ちで画面を見つめる。
緊張感漂うゲームセンター内、ガチャガチャとコントローラーを叩く音と弓の声援が聞こえる中、勝敗は早々に決まる。決まって、しまった。
途中までは作戦通りだったが、問題はやはりカウンター。一般人ならばコマンドなんて打てないコンマの世界、あの男は平然とやり遂げた。避けることも追撃も叶わず、そんなもの子供騙しの対策だと嘲笑うように無慈悲に止めを刺したのだ。
棒が言葉も無く天を仰ぐ。心做しか動画は小刻みに揺れている気がする。
印さんは技術もだが、何よりやはりスピードが段違いだった。次からはもっと連打練習をした方がいいだろう。
マスクをしているのに落ち込んでいるとわかる弓が画面に映り、沈んだ声で宣言した。
『第n回、敗北……動画見ながら反省会するから仕事無いなら今夜いつものゲーセン来いよ…マックのポテナゲ特大サイズとコーラで自棄食いな…』
『挑戦は何時でも歓迎だ。次は祓い屋の弟子も連れてくるといい。弟子を連れて行かれたと慌てる祓い屋の愉快な反応を見るというのもまた一興だからな』
『次…次こそは…』
『チーズねぎ牛丼も買い込も…』
ブツンと暗転した映像をしばらく眺め、乾いた口に水を流し込む。
やはり一筋縄では行かなかったようだ。何度やっても倒せない、あの夜の階層下りを思い出してげんなりとした気持ちになる。
今夜の仕事は、凛子さんに頼まれた領収証と書類整理くらいでやることは少ない。これも別に急がないと言われているから今日じゃなくてもいいだろう。KKに今日は行かないと連絡すると理由を聞かれたので動画を共有する。日付が変わる前に帰ってこいという言葉に了解と返して、アプリを開き夜に合わせてピザ持ち帰り三枚を予約した。
実はこの反省会、恒例行事である。
自棄食いと称して食べたいものを食べて駄弁り、プレイ動画を研究して次こそはとまた意気込む。反省会といいつつ、彼らも僕もただ好きなように騒いで楽しんでいるだけなんじゃないかとKKに指摘された事もあるが、事実その通りなのでその時僕は曖昧に笑って話を流したのである。KKは拗ねると厄介なので。
それはそれとして、彼らがあのマスクのまま食事ができてる仕組みは未だに謎だが、気づいたら手元から無くなっているので認識に作用する何かがあるのかもしれない。どうなってるんだろう本当に。
秘密の多い友人たちと楽しい楽しい反省会兼夕食会のため、午後の講義はしっかりと乗り切らねば。そう心に決めて伸びてしまった味噌煮込みうどんを啜った。