プチトマターKK プチトマターの朝は早い。
まず、起き抜けの頭をはっきりさせるために冷水で顔を洗った後、洗面台に置いてある500mlのペットボトルに水を入れて迷わずベランダに向かう。
カーテンの隙間から夏の日差しがリビングに差し込んでいる。冷房の効いた部屋から朝から蒸し暑い外に出ることに若干の躊躇はあるが、そこで怯んでしまってはプチトマター失格なので迷わずにカーテンを開けてベランダに出る。その際にテーブルに置いた煙草を取るのも忘れない。
ベランダが東側に面しているため、朝日が眩しい。この時期になると7時台でも汗ばむような気温になってくるため、少しベランダに出るだけでもじんわりと額に汗をかく。
朝から全く容赦のない太陽の日差しに気持ち打ち勝った後は、便サンを履き、確認するのはプランターに植わるプチトマトの苗だ。毎日見ているとは言え、一日一回程度なので、確認は念入りに。
葉が萎れていないか、奇妙な斑点が出ていないか、カビは生えていないか。土壌の水分量は過不足がないか、等々。今日も特に苗には異常はない。
苗が良い実を付けるために余計な芽を省く芽かきや、変な方向に伸びないよう支柱を立て、そこに茎や枝を固定する誘引など、とりあえず簡単にできそうな事は調べて、実践している。面倒なことはやらない質な自分にしては生真面目が過ぎるくらいだ。そのおかげもあって苗自体の成長は順調だ。まだ花は咲いていないが、そろそろつぼみが膨らみ始める頃だろう。今年も夏の食卓を彩る重要な食材なため責任は重大だ。
一通り確認を終え、今度は水やりだ。持ってきた水が入ったペットボトルは、蓋の部分に小さな穴を幾つも開けた簡易的なじょうろだ。なるべく高いところから水を落とさないように気つけて、直接土に水をかける。寄る年波には勝てずこの歳で長時間中腰の体制は苦しいので、無理はせず方膝をつく。表面の土に水をかけて色が変わるように500mlペットボトルが空になるまで水を回しかける。
それが終わったらようやく、至福の一服だ。朝一番で一仕事終わらせてからの一服はまあまあ悪くない。
風に流されていく煙を見ながら、日々更新されていく最高気温のことを考える。トマトは原産がアンデス山脈高原なため気温の変化には強い植物だが、ここ数日30度後半を平気で叩き出す気温を考えると日よけを作っても良いかもしれない。
そう考えていたところ、ベランダの窓が開くカラカラという音が聞こえてきて、振り返る。
おはよう。と暁人が顔を出す。
「KKだんだん楽しくなってきてるでしょ」
「バカ言え、去年の罪滅ぼしだよ」
「そう? 僕より真面目に世話してる気がするけど」
KK結構凝り性なところあるし。
そう言って支柱を指刺す。3本の支柱が苗を支えているのは安定性を重視した結果だ。1本だと安定性に欠けるためで、決して凝っているというわけでなかった。
「家庭菜園なんて趣味じゃねえよ」
それに、去年のことまだ根に持ってるだろう。
その言葉に暁人は、きょと、と目を瞬かせた。
「暁人、もしかして忘れてんのか」
というのも、去年はこの役目は暁人が行っており、うっかり暁人が育てていたプチトマトを出来心で食べてしまったことが原因だった。そのあとちょっとした喧嘩になり(一番最初にできた実を食べてしまったようだ)、今年は自分がプチトマトの面倒を見ることになった。
「もちろん、覚えてるよ」
「おい、目が泳いでるぞ」
「今年の一番目はボクが食べるからKKはちゃんと教えてよね」
「へいへい」
窓を開けっぱなしのため、せっかく冷えている部屋の温度が上がってしまう。顔を出していた暁人を手で振ることで追い払い、自分も煙草をベランダの吸い殻入れに落として、リビングに戻る。
「アイツのためにもしっかり育ってくれよ」
ちらりと苗を一瞥し、窓を閉めた。
***
「で、なんだよそのプチトマターって」
「プチトマトを育てる職人気質の人のことだよ」
「じゃあオレは該当しないだろうが」
「うーん。KKは立派なプチトマターだよ」
「はぁ?」