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    greensleevs00

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    greensleevs00

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    空ベド。現代日本舞台の学パロ。夏祭りデートをして結ばれる話。甘々。ほんのり(本当にほんのり)えっち。

    真夏の夜の夢 白い月の晩だった。群青の暗い空に穴を穿ち、その背後にある別世界からの光がたまたまこの世に届いたような、白銀の輝きだった。地の樹木や道はことごとく蒼白く染め上げられ、その隙間にある闇を縫うようにして涼やかな風が渡っていく。祭囃子はとっくに遠ざかって、無数の葉が擦れ合う音ばかりが聞こえた。そこへ、からころと二人分の下駄が石畳を蹴る音が混じる。
    「俺ってヨーヨー釣りの才能ないのかなあ」
    「さあ、どうだろうね。ああいう商売は客が失敗してこそ儲かるのだから、キミのその才能は興行主によって与えられたものだろう」
    「はは、アルベドらしいね」
     空とアルベドは近所の祭りに出かけ、ひと気のない夜道を家路としてゆっくり歩いていた。何事も器用にこなす空にしては珍しく、ヨーヨー釣りという単純な遊びに失敗し、一個だけ釣れたそれを手元で弄んでいた。指にゴムをかけ、鞠のように水風船をつくだけのものだが、落ち着かない気分を紛らわすには随分役立っていた。
     はあ、と溜め息を吐きそうになるのを、空はヨーヨーをつくことで堪えていた。祭りが楽しくなかったわけではない。むしろ、その反対だ。アルベドと二人で遊んで楽しくないわけがない。しかし、だからこそつい先のことがもどかしくてならないのだ。
     近所の祭り、とは言っても、その規模はそれなりに大きく、屋台も多い上に花火大会もあった。空はアルベドと二人で夏祭りに参加できると決まった日からなるべく静かに花火を見られる場所を探し、その場でアルベドに告白するというイメージトレーニングを密かに重ね、今日という日を迎えた。だが、結果は無残なものだった。現実というのはあくまで現実であって、虚構の青春のようには美しくない。空がアルベドに想いを告げようとした瞬間、それまでよりも一際大きな轟音に縁取られて花火が打ち上げられ、全ては水泡に帰したのだった。今にも破裂しそうな心臓を抱えて見つめたアルベドの顔は、空の言葉の存在を知らなかった。きょとん、という可愛らしい形容がよく似合った。
     せめて打ち上げられた花火のように派手に散るならまだしも、空の想いは打ち捨てられた湿気た花火にも似て、行き場を失っていた。今日告げると決意してきた覚悟は嫌な重さを伴って、ヨーヨーのごとく宙吊りになってぶらぶらしている。アルベドと楽しくお喋りをしたいのに、どうにも気がそぞろだった。
     あ、とアルベドから彼らしからぬ声があがったのは、神社の前を通りかかった時だった。
    「下駄の鼻緒が切れてしまったみたいだ」
    「え、大丈夫?」
     ヨーヨーにばかり向けていた視線をアルベドの足元へ移す。空よりもやや小振りな足が、闇に仄白く浮かんで見えた。確かに青い鼻緒が切れている。
    「……アルベドの方が家遠いし、俺の履く?」
    「いや、何か代用できる紐のようなものがあれば大丈夫なはずだ」
     アルベドは直すついでに、神社の石段に腰掛けて少し休みたいと言った。履き慣れない下駄で足がくたびれたのは空も同じで、また急ぐ理由もなかった。
     二人は石段を上がり、道より少し奥まったところへ腰を下ろした。普段は夜の神社など不気味で近寄らないが、今日は祭りの高揚感も手伝って、随分と気安く感じられた。
     アルベドはすぐさま修理の方法を思いついたらしく、ハンカチを取り出して、紐のように細く縒った。それを鼻緒の代わりにして、あっという間に下駄を直してしまった。
    「流石アルベドだね」
    「構造と素材が単純だから応急処置も簡単なのさ」
     だが、下駄が直ってもアルベドはすぐには立とうとはしなかった。顔はいつもどおり涼しいが、疲れが今さら出てきたのだろう。脚を休めるように、石段の上に伸ばしている。空も一旦腰を落ち着けてしまうと、立ち上がるのがいやに億劫だった。それに、この夜が一分でも一秒でも長くなればいいと思った。
     空はやはりヨーヨーを掌のなかで転がしながら、他愛もない話題を振った。
     夜の神社って不思議な雰囲気だよね。うん、そうだね。アルベド、夏休みの宿題ってもうやった? 和歌のレポートがまだかな。じゃあ一緒に図書館に行こうよ、ついでに水族館も。涼しい日がいいかな。……良かったら数学教えてくれない? ボクはね、最近××にある洋菓子屋のシュークリームが気になっているんだ。……買っておくよ。ふふ、冗談だよ、ボクがおやつに買っておこう。
     こんな話なら、いくらでも出来た。ヨーヨーは相変わらず空の掌のなかで、所在なさげに嫌な弾力を保っている。ふと訪れた沈黙のかたわら、アルベドは帯の位置を少し直していた。
    「花火、綺麗だったね。あんなに近くで見たのは、ボクには初めての経験だった」
    「良かった。あそこは穴場なんだ」
    「原理はごく単純だけれども、夜空に光が散る光景には不思議な魅力があるよ」
    「最後は圧巻だったよね、次から次に打ち上げられてさ」
    「息つく暇もない、とはあのことを言うだろうね」
     アルベドはくすくす笑って、空もつられて笑った。ひとしきり笑い終えてしまったあとには、再び沈黙の川が二人の間に流れた。空には周囲の闇が一気に重くなったように感じられた。
    「空」
     不意に名前を呼ばれて、空は妙に緊張した。急にアルベドの声が襟を正したように聞こえたからだ。それが空の勘違いでないことは、こちらを見つめる彼の瞳を見れば分かった。何か真面目な話をしようとする時、アルベドの瞳は碧く美しい湖のように澄み渡る。それは嘘を許さないというよりも、嘘を悲しむ眼だった。
    「空、花火を見ている時、何かを言おうとしていたね。もしキミが嫌でなければ、何の話をしようとしていたか、改めて教えてほしい」
     心臓がどくりと跳ね、嫌な緊張が腹の底から迫り上がってくる。花火を見ている時だって緊張はしていたが、祭りを一緒に楽しんだ喜びと、眼前の眩い光とに浮かされて、自分の気持ちを打ち明けることが怖くはなかった。あるのは色鮮やかな花火に照らされたアルベドの顔と、全身から溢れ出そうな恋心だけだった。
     でも、今ははっきりと怖くて、不安だった。告白するには頭が冷静になりすぎていた。もしアルベドに自分の気持ちを拒絶されたら? 楽しかったはずの今日が最悪の日になってしまうし、明日からどんな顔をして会えばいいんだろう? もしかしたら夏休みだから、気まずくなってしまったら、始業式まで会えなくなってしまうかもしれない。じゃあ、それからは? アルベドと自分との関係はどんな風になってしまうんだろう。
     そんなことばかりが、頭をぐるぐると駆け巡る。アルベドは何も言わず、ただ空の表情を見守っている。だが、空には待たれているのが、ひどく気詰まりだった。むわむわと湿り気を帯びた空気が肌に纏わりつくようで鬱陶しい。風がそよいで、神社を囲む木々の闇がざわざわと鳴る。いつの間にか、ヨーヨーを強く握り込んでいた。
     から、ころ、と乾いた音がした。アルベドが石段に座り直したらしかった。空は自分の爪先ばかりに視線を集中させていた。
    「……別に大した話じゃないよ、花火が綺麗だねって言いたかっただけ。ほら、あの時、一番大きな花火がさ、」
    「嘘だ」
    「……嘘じゃないよ」
    「キミはあの時から少し落ち込んでいる。何かもっと大事な話でなければ、そんなに落ち込むはずが、」
    「アルベドの勘違いだってば!」
     声を荒げてしまったことが、自分でも信じられなかった。瞬時に後悔が押し寄せてきて、それは隣に座るアルベドの顔を見て、更に強まった。アルベドは眼を伏せ、髪の色に似た亜麻色の睫毛が微かに震えている。
    「ごめん、アルベドは悪くないんだ。……もうそろそろ帰ろうか」
     石段から立ち上がろうとして、結局できなかった。アルベドが空の浴衣の袖を掴んだからだ。彼がここまで我を張るのは珍しかった。空が嫌がる素振りを見せれば、普段のアルベドはそこから先に踏み込むことなどしない。今日のアルベドはどこか変だ。
    「……アルベド?」
    「空、待ってくれないか。ボクはキミをそんな暗い顔で帰したくない。ボクは今日キミと花火を見られてとても幸せだったんだ。来年も、その次の年だってボクはキミとこうして花火を見たい。だから、キミに嫌な気持ちで帰ってほしくないんだ」
     アルベドの手が、空のそれに重ねられる。ひんやりと滑らかな肌が心地よく感じられた。だが、それも束の間だった。白魚のような指が空に何かをねだっていた。指と指が絡みあった瞬間、体温が一気に跳ね上がり、激しい衝動に突き上げられる。
     浴衣の袖から覗いていた細い手首を、やや力任せに握り締めた。弾みでヨーヨーが石段を転がり落ちて、闇の中から弱々破裂音が聞こえた。アルベドの身じろぐ気配がしたが、構わず彼の方に身を乗り出し、闇に朧に浮かぶ白い顔へ、空は自分の顔を寄せた。空の勘違いでなければ、相手の瞳がどこか潤んでいるように見えた。きっと、自分はもっと素直な顔をしている、とも思った。
    「……アルベドが悪いんだからね」
     アルベドが息をのむ。吐息が重なるほど近づいて、唇を触れ合わせた。リップクリームでよく手入れされていたアルベドの唇は、しっとりと空に吸い付いた。それは想像よりも遥かに柔らかく、信じられないほど甘やかだった。
     拒絶はなかった。握りしめた手首はひんやりしているのに、唇は温かった。唇を離すと、せがむように浴衣の袖を握られる。だから、もう一度、口付けた。浅く唇を触れ合わせるうち、遠退く空をアルベドが追いかけてくる。今まで感じたこともない喜びと羞恥とに打たれて、空は全身を震わせた。弾けんばかりの喜びは相手に触れたいという欲望へ変形して、頭へ手を回して押さえ込んだ。石鹸の香りが微かに鼻先を掠めるのを感じながら、空の舌はアルベドの慎ましやかな唇をこじ開け、その内奥を貪った。野の花のような従順さで、アルベドは空を受け入れている。時たま意志を持って絡んでくる舌の可憐な動きが、また空の熱を掻き立てた。
    「……ん、っ、……」
    「あるべど、好き」
    「……ふ、ぅん……っ、」
    「……ある、べど、だいすき、」
    「ぁ、ん……そら、まっ、て、」
     拒絶らしい拒絶を見せなかったアルベドが、初めて空の胸を押し戻そうとした。いつの間にか、石段に押し倒していたらしかった。息苦しかったのか、アルベドの白い頬はこの暗がりでも分かるほどに紅潮している。それに、全く無自覚に触れていたのか、浴衣の襟が少し乱れていた。空は慌てて退き、アルベドは襟を直しながら緩やかに起き上がった。
    「ごめん、おれ、」
    「謝らなくていい。キミの気持ちは嬉しいし、ボクも同じ気持ちだ」
     アルベドの顔に、薄い笑みが浮かぶ。
     さっきまであんなに深い口づけをしていたというのに、改めて言葉で告げられると新鮮な喜びが湧き上がる。全身を貫く愛おしさに焦れて、また軽く唇に触れた。愛情の受け止め方が分からない猫のように、アルベドはくすぐったそうに、身をすくめた。可愛くて何度も繰り返していたら、もうここでは駄目だと肩をやんわり押し返された。
    「いい加減遅いし、今日はもう帰ろう」
     アルベドが神社の石段から立ち上がったので、空もしぶしぶ立ち上がった。もっと一緒にいたくて仕方がなかった。石段をゆっくり下りていたら、アルベドに「まるで泣かない駄々っ子のようだね」と笑われた。
     夜空には、相変わらず月が白々と輝いていた。どちらが言い出すともなく、二人はそれを眺めるためにゆったりと歩いた。
    「ねえ、アルベド、月が綺麗だね」
    「ふふ、そうだね。……ねえ、キミ、それはわざとなのかな?」
    「え、わざとって?」
    「この前の国語の授業で習ったじゃないか。I LOVE YOUがそういう風に訳された例があるって」
    「俺、別にそんなつもりじゃなかった。でも、」
    「でも?」
    「アルベドと見る月は綺麗だよ」
    「……キミはどうやら人を口説く才能に長けているようだね」
    「アルベド以外には言わないから俺の才能は世に埋もれるよ」
    「いい事だね」
     アルベドは笑った。空もつられて笑って、どちらともなく、おずおずと手を握った。こうして想いが通じ合ったことが何だか信じられず、空は確かめるようにアルベドの手を幾度も握り直した。手を繋いで歩くのは照れくさかったけれども、それ以上に幸せだった。
    「アルベドの家はこっちだったよね」
     歩いているうち、分かれ道に行き当たった。離そうとした手をぎゅっと握り締められる。
    「アルベド?」
    「……キミとここで別れたくないんだ」
     可愛すぎる、という言葉が思わず口をついて出そうになる。けれども、いま返事として相応しい言葉はそれではないとも分かっているから、飲み下した。代わりに、手に変な汗をかいている。
    「ねえ、空。……キミさえ良かったらこのままボクの家に来ないかい」
     アルベドはごく控えめな調子で言った。けれども、白い耳先がほんのり赤く色づいている。
     それが何を意味するのか分からないほど、空は野暮ではない。首がもげそうなほど頷いて、アルベドに笑われながら、同じ道を歩んでいった。天高く、白い月が何処までも眩かった。
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