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    greensleevs00

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    #タル鍾ワンドロワンライ  
    お題「花言葉」
    *タルが何気なくあげた花についての花言葉でぐるぐる考えてしまう先生と、そんな先生が何を考えているのか分からなくてもやもやするタルの話。

    タル鍾ワンドロワンライさんがクローズされるということで、2021年11月に投稿したものを記念に再アップ。タル鍾初書きかつ、初めての原神二次創作だった。

    花言葉 夕間暮れ、太陽が寂々と山の端に入りかかる頃、朱の格子から滲むように漏れ出す橙の灯りを、タルタリヤは薄ぼんやりと眺めていた。見慣れ、通い慣れた往生堂の玄関口である。普段ならば悠々とその扉を抜け、奥へ進み、此処の客卿と名乗る男に会いに行く。だが、今夜はどうにも扉へ手をかけるところから躊躇われた。ここ幾日か、鍾離の態度がどうにも奇妙なのである。
     発端と思しき出来事は数日前のことであった。
    「先生、これあげる」
     まるで野良猫が都合の良い投宿先を見つけたかのように往生堂に居つくタルタリヤは、ある日、蝋梅を鍾離の眼前へと差し出した。蝋梅は、古来より璃月で愛でられたきた梅花の一種であり、その名の通り蝋の如き花弁を持つ花であった。寂とした黄金こがね色であり、その長閑な輝きは月の風格に似る。鍾離と異なり、文人墨客的な美学を持たないタルタリヤでも、その璃月の文化的風土の一縷をその身に湛えたような花は、素直に美しいと感じた。
    それはたまたま璃月のなかでも気に入りの五指に入る万民食堂へ遅めの昼食をとりに行った際に、慌ただしく香菱から渡されたものであった。常連客が自分の庭に咲いたからと贈ってくれたが、生憎自分は花の世話に向かず、折角だから鍾離にでも愛でてもらった方が花も喜ぶだろう、と。
    「ほう、綺麗な蝋梅だな。……にしても、お前が花を贈ってくれるなんてどうしたんだ?」
    鍾離は、掌中の花を一瞥したあと、タルタリヤに視線を向けた。梅を褒める言葉とは裏腹に、石珀の瞳にはタルタリヤが予期していたような、快い光は宿っていなかった。
    「別に? 綺麗だったから先生にあげただけ」
    「ふうん」
     鍾離はその答えに満足していないことを隠そうともせずに、低く鼻を鳴らした。そして、自らの審美眼で選び、その購入代金を往生堂に経費として請求し、その実全てを北国銀行が支払っている蒐集品のなかから、一つの花器を選び出すと、早速それに蝋梅を生けた。腰部がふっくらと丸みを帯びたの桃底の形をしており、紺青の海を思わせるような瑠璃釉の花瓶から、梅が鋭く伸びあがっている。鍾離は花弁の黄と、陶器の藍との対照を、目を細めて眺めている。タルタリヤもその取り合わせに趣味の良さを覚え、しばし見つめていたが、やがて鍾離がこちらを一瞥し、「やはりこれは良くない」と言って、別の花瓶に差した。それは壺型の花器であった。釉薬がかかっておらず、茶褐色の地肌が露出している。鍾離が持っているからには良い品に違いなく、実際それも独自の気品を漂わせていたが、先ほどの黄金こがねと瑠璃との鮮烈な取り合わせを目にした後ではやはり何処か印象に乏しい。だが、鍾離はそれに満足したようで、先ほどの瑠璃の花瓶を仕舞い、その赤みの強い褐色の花瓶に生けた蝋梅を窓辺に飾った。その不思議な一連の流れが終わりを迎えたところでタルタリヤは、自分が往生堂にやってきたもう一つの用件を漸く切り出した。
    「先生、今日の夕飯は何処の店に行く?」
     送仙儀式の直後は、鍾離に騙されていたことについてタルタリヤは不快な思いを拭えなかった。だが、六〇〇〇年も生きた神が一介の凡人として生き直す――その選択の根源にある孤独と疲弊、その選択の先にある不可知の未来に思いを馳せた時、タルタリヤの中では再び「凡人」としての鍾離への興味が湧き上がった。騙していたことに怒りを露わにして彼の前から立ち去って以来、久々に往生堂に顔を出した時、鍾離はまるで餌をやっていた野良猫が帰ってきたような表情を浮かべた。もう一つ二つ何か加味されれば滑稽な喜劇に堕してしまうような間の緩さがあったが、その空気の柔らかさは却ってタルタリヤの好奇心を救った。そこからやがて儀式以前のように、再び共食を始め、やがて二人の間では夕食を共にすることがほとんど日課となっていった。だから、「一緒にどう?」という誘いの段階を飛び越えて、話題は自ずから赴く店の選定に終始する。別段、今日とても約束していたわけではないが、鍾離はタルタリヤという人間をそれなりに気に入っているらしく、断られたことはない。
     だが、鍾離は窓辺の蝋梅に向けていた視線をタルタリヤに移すと、笑いもせずに、一言、こう言った。
    「……今日は遠慮しておこう」
     その泰然とした声の響きは常の通りであった。けれども、だからこそその意志の崩れようのないのも知られて、その晩、タルタリヤは大人しく香菱の店で独り夕餉をとった。

     それ以来、鍾離は「今日は食欲がない」「予定がある」と様々な理由を持ち出してはタルタリヤとの暗黙の了解を反故にしている。タルタリヤが往生堂の前で暗い予期を抱いていた夕べもまたそれが理であるかのように素気無く断られ、訪れた万民堂では流石に香菱が「先生と喧嘩でもしたの?」と常には陽気な顔を曇らせた。
    「さあ、どうなんだろうね」
    卓に並べられたチ虎魚焼きや米まんじゅうに手を伸ばしながら、タルタリヤは肩を竦めてみせた。一人では、気に入っている璃月三糸も注文しづらく、鍾離と大皿を分け合っていた頃の味が遠退いていくばかりである。
     タルタリヤは普段、他人の不機嫌などにべもなく放っておく。例えば空腹であったとか眠かったとか、そういう理由で人は機嫌を損なっていることが多く、それが満たされれば先ほどの不機嫌が嘘のようにけろりとしているなど日常茶飯事だ。つまり、どうせ人の心など移ろいやすいもので、時間が経てば機嫌なんて直っている。
     だが、今の鍾離の態度は、どうにもタルタリヤの意識を素通りしてはくれない。それは、自分が花を贈ったことで鍾離があからさまに態度を変えた、という因果関係が明白だからだ。だから、断られると分かっていても往生堂を訪れるのであるが、一体何が悪かったのか、タルタリヤには見当もつかない。考えられるとしたら、例えば贈った蝋梅がたまたま相手の趣味ではなかったとか、嫌な思い出がある――六〇〇〇年も生きていればあらゆる万物に一つや二つずつ挿話がありそうなものだ――であるとか、とにかく何らかの理由は存在するはずである。だから、蝋梅を貰って快からず思ったならばそう素直に言ってくれれば良いものを、とタルタリヤは未だに上手く扱えぬ箸にもたつきながら考える。傲岸不遜とは言え、鍾離は決して理不尽な振る舞いをするような性格ではない。タルタリヤは鍾離のそういうところが気に入っているが、それでも今の沈黙はそろそろ不合理さを感じないでもなかった。別にかの菊児童のように王の枕を跨いだわけでもなし――タルタリヤはその翌日以降、往生堂を訪れるのをやめてしまった。

    ***

     タルタリヤが再び往生堂の扉を叩いたのは、執行官としての任務で璃月を暫く留守にした後だった。流石にそろそろ鍾離の機嫌も変じている頃合いだろうと思った。鍾離は生憎不在だったが、往生堂の者が言うには瑠璃百合を摘みに出かけただけだから、そろそろ帰宅するだろうということだった。待たせてもらうことにし、客間で青磁の茶杯を傾けているうちに玄関の方で扉の開く音がした。やがて鍾離が客間に姿を現した時には、摘んできたばかりであろう瑠璃百合を両手いっぱいに抱えていた。
    「やあ、先生、お久しぶり」」
     茶杯を卓に預け、片手を上げてタルタリヤは挨拶した。常には泰然自若とした橙の瞳が僅かに揺れるのを彼の青い両眼は逃さなかった。だが、鍾離はそれ以上の揺らぎを顔には出さず、「スネージナヤに帰ったのではなかったのか」と言いながら抱えていた瑠璃百合を卓の上へ静かに置いた。大地の記憶を香りへと変ずるという神話的な装飾を持つこの花は、確かにタルタリヤの鼻腔を香しくくすぐった。
     鍾離はそれ以上言葉を重ねることもなく、また蝋梅を手にした日のようにただ黙したまま、棚に飾られた花器の中から瑠璃百合を生けるのに相応しいそれを選び始めた。一つ二つ手にとって眺めていたが、やがて剔黒てきこく――黒漆を塗り重ね、そこへ紋様を彫刻した漆芸品の一種――の花瓶を取り出し、手慣れた風に百合を一本、二本とかろらかに入れていく。百合は頭を重たげに揺らしながら、その漆黒の器へ収まっていった。鍾離がその清閑な仕事を終えようかというころ、ここで渡し守を務めている若い女性が新たに二人分の茶を運んできた。鍾離は花を卓の中央へ飾り、タルタリヤの向かいに座って茶を飲み始めた。鍾離がタルタリヤに向かって二度目に口を開いたのは、無言で数杯、茶を飲み下した後のことだった。
    「何故また此処に来た」
    「何でって……暫く璃月を離れていたし、先生どうしてるかなと思ってさ」
    「ほう」
     そう答えたきり、鍾離は何も言わなかった。ただ茶壺ちゃふうから杯に茶を注ぎいれては、飲んでいる。鼻先には甘い茉莉花が香るというのに、沈黙が岩の如く、硬く、重い。タルタリヤは掌中で茶杯を弄びながら、鍾離の顔色を窺ったが、悠然とこちらを見返してくるだけだ。
    「……先生、もしかして何か怒っている?」
    「俺はいつもこんな顔だが?」
    「じゃあ、久しぶりに夕飯でも食べに行こうよ」
     タルタリヤは努めて朗らかに言った。鍾離は目を伏せ、茶杯を呷った。それから漸く頷いた。

     二人が久方ぶりの夕餉に選んだのは、万民堂だった。店内は顔をよく見かける常連客たちで盛況だったが、香菱が厨房から目敏く二人を見つけると素早く空席へと案内してくれた。鍾離が何でも良いと言うので、タルタリヤはなるべく彼の好物を頼むことにした。注文を聞いた香菱はひらりと厨房へ戻り、やがて順々に料理が提供され、卓の上はすぐさま絢爛たる様子となった。
    「お前は、箸の扱いに少しは慣れたのか」
    「まあ、前よりはましかな」
     タルタリヤはそう言って、大皿の料理を手元の小皿へ取り分けようとした。だが、生憎箸の間から料理はぼろぼろと元の大皿へこぼれ落ち、それを見た鍾離は「嘘は良くないぞ」と微かに笑った。夕飯のご相伴に預かるのも久しぶりであれば、鍾離がこうして笑うのを見るのも久々のことだ。タルタリヤは我知らず、ふふと控えめな笑いが唇から零れ落ちるのを感じた。
    「はい、璃月三糸お待ちどうさま。これで注文してもらったものは全部かな?」
     鍾離が頷くと、香菱はちらりと厨房の様子を窺い、視線を二人に戻して嬉し気にお喋りを始めた。
    「鍾離先生、うちに来てくれるのは久しぶりだよね? タルタリヤだけ一人で来て、先生は最近来ないからどうしてるのかなって思っててさ。……あっそうだ、この前、と言っても結構前だけど先生にあげた蝋梅はどうだった?」
     鍾離の形の良い眉がぴくりと跳ねる。
    「この前の蝋梅? あれの出所はこの店だったのか?」
    「他の誰かからも貰っていなければ、そうだよ。常連さんから庭で咲いたからって貰ったんだけども、私は花の世話は上手くないからさ。そこへ丁度タルタリヤが通りかかったから先生にあげてくれるように、って頼んだんだ」
     鍾離は顎に指をあて、何かを考え込むように神妙な表情を浮かべた。
    「ごめん、もしかして先生、蝋梅とかあんまり趣味じゃなかった?」
    「いや、そんなことはない。花弁に艶のある、良い梅で充分楽しませてもらった。……ああ、ところで酒をくれないか。そうだな、今日は強いものを貰おう」
     香菱は毎度あり、と景気よく返事をし、すぐさま酒が呈された。鍾離は普段よりも早い速度で杯を空け続け、目元に差した紅だけではない朱が肌を彩っている。
    「えっと先生、流石にちょっと飲み過ぎじゃない?」
    「そんなことはない」
     声音は確かにいつもの通り沈着である。だが、やや目が据わり気味であるのをタルタリヤは見逃さなかった。鍾離が酒を追加しようとするのを制止しようとすると、鍾離は「お前は言葉が足りないんだ」とかぼそく呟いた。
    「は?」
    「……あの蝋梅はてっきりお前からの贈り物だと思っていた。凡そ花を愛でるという趣味からは程遠い公子殿にしては珍しいと驚きつつな。そこから無駄に思考を働かせたのが良くなかった。ここ璃月では蝋梅は「ゆかしさ」や「慈しみ」といった花言葉を持ち、黄の色は赤と同様縁起の良い色とされている。だが――」
    「だけど、なに?」
    「だが、そちらの祖国スネージナヤでは黄色の花というのは負の意味を持つ。黄色の花を贈ることは「別れ」や「さよなら」を告げることだ。……まさかお前が花言葉に頓着する質でもあるまいと思いつつ、考えてみればスネージナヤの執行官としての地位を持つお前がこの地に留まる理由ももはや無いことに今更のように気がついてな。毎晩のように夕食を共にしている内に妙な錯覚をしていたようだ。それで……ああ、まるで博識故に馬鹿のようではないか」
    「それってつまりさ、」
    「何だ」
    「先生、俺に別れを告げられて寂しかったってこと?」
    「……まあ、そのような感情だろう」
     渋々といった鍾離の調子に、タルタリヤは思わず声をあげて笑った。
    「む、何がそんなに可笑しい」
    「いやあ、何でもないよ。先生がきちんと人間やってるなって」
    「それがそんなに笑うことか?」
    「俺にとってはね」
     ――だって、神さまがたかが花一本で、人間の子に別れを告げられたと勘違いして拗ねるなんて、あまりにも可愛すぎない? 
    そう言いたいのを笑いのなかに押し殺して、タルタリヤは酒を呷った。時に明月、光朗らかに、空気澄みたるなかに香る沈丁花が早い春の訪れを告げていた。
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     発端と思しき出来事は数日前のことであった。
    「先生、これあげる」
     まるで野良猫が都合の良い投宿先を見つけたかのように往生堂に居つくタルタリヤは、ある日、蝋梅を鍾離の眼前へと差し出した。蝋梅は、古来より璃月で愛でられたきた梅花の一種であり、その名の通り蝋の如き花弁を持つ花であった。寂とした黄金こがね色であり、その長閑な輝きは月の風格に似る。鍾離と異なり、文人墨客的な美学を持たないタルタリヤでも、その璃月の文化的風土の一縷をその身に湛えたような花は、素直に美しいと感じた。
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