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    saltsalt__shio

    魔道祖師にドボンした屍

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    saltsalt__shio

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    不死身の生命体として研究所に収容されている魏無羨を研究員藍忘機が逃がそうとする話。
    ⚠️人体実験の描写あり

    #魔道祖師
    GrandmasterOfDemonicCultivation
    #忘羨
    WangXian

    運命の果実を一緒に食べよう① 藍忘機は戦慄した。
     研究職に就いて十三年。遂に国の極秘機関に配属されたこの日、表情が全く変わらないと噂されているその顔に隠しきれない興奮を滲ませながら新しい職場に入った。厳重な扉、建物の隅々まで映し出すように設置された監視カメラと窓が一切ない密閉された空間が、この研究の重要さを物語っていた。
    「さぁ、ここだ」
     新しい上司に連れられて立ったのは、研究所の中で最奥地にある研究室のドアの前。登録しておいた生体情報を読み込ませると、認証が成功したことを知らせる軽やかな機械音が鳴り響き、ゆっくりと扉が開かれていく。
     埃一つ落ちていない真っ白な廊下とは一転し、室内は薄暗かった。
    「今は『就寝』の時間だから照明は落としているんだ。それは踏むなよ」
    「はい」
     部屋に物はほとんど無かったが、床には長いコードが重なり合うように散乱していた。太いものから細いものまで、その種類は多岐にわたる。その光景は別段珍しいものではなく、以前所属していた研究室でも似たような部屋がいくつかあった。ただ、ここまで多いのはあまり見たことがなかったが。
     藍家の家系は元々研究者が多く、幼い頃から親戚の研究室をよく訪れていた。いつも無愛想だったからか友人は一人も出来ず、夏休みなどはほとんど叔父の研究室に入り浸りで、本棚にぎっしりと詰められた分厚い論文を読んで過ごしたものだ。同年代の子供たちのように意味のない会話を延々とし続けるよりも、叔父の話を聞いたり先人の残した知恵と見解を学ぶ方がよっぽど有意義だ。そしてやはりこれは血筋なのだろうが、私は研究者になりたいと強く思うようになった。不可解なことを解き明かしたい。そんな欲望が私たち人間には少なからずあって、それは私にとっても例外でなく、数少ない欲望の一つだったのだ。
     そのように謎を暴きたい、隅々まで知り尽くしたいと乞い願っている者にとって、この研究はまさに研究者の頂点だった。もちろん人間の欲望は次々と溢れ出てくる物であるが、少なくとも今は最高位にいて、この研究に携わることができるのはまたと無い栄誉。何千年も前に絶滅した生き物たちは既に物言わぬ骨だけしか残されていないが、これは違う。被験体が生きているのだ。思考、身体の構造、脳波の乱れまで全て知り尽くすことができる。そう、これは正に最高の研究材料だった。
     その姿を見るまでは。


    「魏、嬰……?」
     ホルマリン漬けのように液体で満たされたカプセルの中に浮かぶその姿を見た瞬間、全てを思い出した。月夜に天子笑の瓶を傾ける君を、人ではないものを引きつける君を、私の腕の中で笑う君を。あぁ、本当に何百年も生きる人間がいるなんて。間違いなく、最高の研究材料だった。だって彼が何百年も生きていることは私が知っている。修真界という、現代の科学技術ですら実現できない「剣で空を飛ぶ」という不可解なことを成していたものの一瞬で終わりを告げた桃源郷を生き、一度死んでも尚蘇り、笛の音で死者を操った男。まるで空想上の人物のように語られていたものは全て事実だった。これほど有意義な研究は何処を探しても見つからないだろう。
     だけど、どうして彼なのだ。
     もともと細かった身体は更に細く、陶器のように白く美しかった肌には血管が透けて青白くなっていた。
     ……どうして。
     君はあの後死んだのではなかったのか。
     いつもと変わらぬ冷えた朝、あの雲深不知処で。


     今日の検査結果をレポートにまとめた後、藍忘機はよろよろとベッドに横たわった。手が僅かに震えている。
     研究室に配属されてもう一ヶ月が経ったが、あれ以来被験体の部屋には入らなかった。否、入れなかった。次々と送られてくる血液や体液を検査する度に見たこともない成分が検出される。そしてそれは体内に侵入する全てのものを打ち消し喰らい尽くし、治癒能力もあるようだった。
     魏嬰は不死身だったのか。だからあの日、私が死んだ後もずっと一人で生き続けていたのか。修真界が終わりを告げて新しい世界が始まろうとも、君が伝説の人物と認識されるようになった今までも。
     君は、ずっと一人で生きていたのか。
    「……魏嬰……君を、」
     君を、ここから連れ出してみせる。だからその時まで、どうか耐えてくれ……。


    「っ!」
     時間があるなら見に来いと言われて再び訪れた実験室で、白い台座に乗せられた身体が酷くのけ反ってはビクビクと跳ねるのを、ガラス越しに見ていた。四肢に取り付けられた拘束具がガチャガチャと音を立て、彼が頭を振り乱す度に黒い髪の毛が宙を舞う。
     彼が苦しみもがく姿を、裾の長い白衣を着た研究者たちが取り囲んで見下ろしていた。
     ……私は一体、何を見せられている。
    「……あの、これは何のために行っているのですか」
    「あぁ、耐性を調べているんだ。驚いただろう、今なんてとっくに致死量の電流を流してるというのにまだ生きているんだ」
     背後に立っていた研究員が、せっかくだからよく見なさいと私の体を前に押し出す。その瞬間に乱れた髪の隙間から覗く彼の二藍の瞳と目があってしまった。彼の口元が微かに動く。
     胃から込み上げてくるものに思わず口元を覆い、息を詰まらせた。
     どうして、どうして、どうしてこんなことになっている。確かに「らんじゃん」と象った口からは、何も発せられなかった。彼は藍湛と呼んだ。私に気づいた。それなのに私は、また私は君を苦しめる側にいる。彼を助けようと伸ばした手は無情にも分厚いガラスに遮られ、私はただ見ていることしか出来なかった。
     どうしてこんなに酷いことができるのか。愛する人が苦しんでいるというのに、私はそれをやめさせることもできない。壁に取り付けられたモニターは様々な記録を映し出し、一際大きい波が来た瞬間に周りで興奮したような声が上がった。
     彼が苦しんでいる。ガラス越しにくぐもった声を上げながら泣いている。君は一体どれだけ、この苦痛の時間を味わってきたの。君は一体どれだけ一人で泣いていたの。気づけば辺りの音は何も聞こえなくなっていて、彼の叫び声だけが耳の奥に響く。何度ものけ反っては力を失って落下していく体がガチャガチャと鎖を揺らす。
     ここは、地獄だ。君だけが泣いている。


     突然、肩を強く掴まれ我に返ると、彼は動かなくなっていた。
    「…………彼は、彼はどうなったんですか」
    「……? 何を言っているんだ? 君も今見ていただろう。今日のところはもう終わったから眠っているだけだよ」
     ガラスの中の彼は力無く目を閉じ、弱々しく呼吸を繰り返している。手足は刺激に耐えられずに抵抗したせいで青黒く変色し、髪は乱れ酷く散らばっていた。
    「これは……あまりにも、……常識の範囲に外れているのでは」
    「可哀想だとでも言うつもりか? 安心しろよ。こいつは不死身なんだから。お前だって内容を知っていてここに配属されたのではなかったのか?」
     先ほどまで操作盤を弄っていた研究員にそう言われた瞬間、体から血が引いていくのを感じた。そうだ、私は知っていて志願した。不死身の生命体を、最新の機関で思う存分研究できる。その過程で耐性を調べるものもあったはずだ。でもそれは、彼だとは知らなかったから……。しかしそれならばもし彼でなかったなら、私はこの状況を目の当たりにしても何も思わなかったのだろうか。きっとそうに違いない。研究なのだからと憐れむこともせずに見ていたに違いない。そう思うと自分が酷く残酷な人間であることを今更のように実感したのだった。
    「……機! ……全く、君は研究熱心な研究者だって聞いていたんだが」
     呆然と立ち尽くしていた私に、彼は大きく舌打ちをすると、早々に立ち上がった。
     私の言葉に興醒めしたのか、研究員たちもファイルを手に研究室を出て行く。私は一人その場に残り、疲れ果てた顔で眠る魏嬰の頬をガラス越しになぞった。
     君はどうしてこんなところに捕まってしまったのだろう。いくら研究しても、きっと彼の気持ちだけは分からない。前世を共に過ごしていた私だって、君の考えは奇想天外で、誰にも予測できないことばかりだった。君の考えを、私などに分かるはずがない。
    「魏嬰……」
     まだ研究室の誰も知らない、私だけが知っている彼の名を呼ぶ。
    『藍忘機、被験体を戻すから離れてくれ』
     部屋の外からアナウンスが入り、今だけは、と渋々ガラスケースから離れると、再び部屋に入ってきた職員らによって彼が運ばれていく。
     早く彼を助けなければ、……彼を苦しみから解放しなければ。グッ噛み締めた唇からは、知りたくもない血の味がした。


     前世で、彼とこんな会話をしたことがある。
    「もしもあの世に天国と地獄があるなら、修士はもれなく地獄行きだな」
    「何故?」
     修士は己を磨き、境地に達するために日々努力しているものたちだ。一般人には持ち得ない金丹を持ち、依頼が来ればそこへ行ってその土地の民を助ける。だから修士たちは巷では「仙士様」と呼ばれるし、憧れられる存在でもあるのだ。
    「だって俺たちは人を殺しているじゃないか。人を傷つけてはいけません、なんて小さな子供でも知っているのに俺たちは常に凶器をぶら下げているし……凶器ってそっちの意味じゃないぞ。仙剣のことだ。戦いの時はまぁ、戦いだし割り切らないといけない時もあるかもしれないけど、人を殺している。俺たちだって何人も殺しただろう。だから、天国なんて行けるわけがないんだ。……でも含光君ほど綺麗で民に慕われている者なら、天国に行けそうだな」
     彼は空になった甕を放り投げると、新しい天子笑に手をつけた。
    「ならば、私が必ず迎えに行く」
    「……本当に?」
     彼は一瞬だけキョトンとした顔をして、それから盛大に笑い出した。
    「あははっ! 藍湛が地獄まで迎えに来てくれるってのか? それは贅沢だな!」
     はぁー面白い、と言いながら目元を擦る君の目に浮かんでいた涙は、本当に笑ったせいだったのか。君は、私と共には行けないと、そう言いたかったのではなかったのか。どちらにせよ、あの時の私には知る由もなかった。
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