【くわぶぜ】ウィスパーボイスを君に某月某日。
豊前の声が出なくなった。
正確には豊前の声がちょっとしか出なくなった。
朝起きて豊前の声が出ていないことはよくある。まあそれは前日の夜に僕が鳴かせすぎてしまったことが往々に原因であり、それでもその現象は割とすぐに回復するから、あまり気にすることもなかったんだけれど……。
その日のそれは、時間がたっても変化がなく、豊前の声は半径10㎝くらいまでの距離にしか届かなかった。
「うーん、喉の異常もねぇし、風邪とかの症状もなし……、あと考えられんのは……大将の不調くらいじゃねーか?」
いわゆる審神者の霊力の不安定からくるバグ。
古参の男士たちの経験や、薬研による診断で豊前の声はそう結論付けられた。そうなればほおっておくしかない。しばらくしても戻らなかったら、政府による検査も入るだろうが今は経過観察。
「まあ、声以外は普通だし、どーってことねぇよ。」
蚊の鳴くようなウィスパーボイスで豊前はそういってにっこり笑った。
その時から、僕は豊前の通訳変わりとなった。
まあ基本的に同室だし、恋人だし、いつも一緒にいる僕が適任なのだろう。
「ーーーーー。」
「あ、そっちにある醤油とってください。」
「ーーーーー。」
「午後の、手合わせ、誰か豊前と変わってあげてくれない?この声じゃ連携技とか無理だってさ。」
「ーーーーーー。」
「え?よろず屋に行きたい?しょうがないなぁ。一緒に行ってあげるよ。」
「ーーーー!ーーーー!!」
「え?ちょっとくらい畑いってもいいでしょ。ていうか豊前も一緒に行けばいいよね。ヤダとか言わないで。」
食事から内番、買い物まですべて僕がフォローする羽目になる。豊前も相手は僕だから遠慮する気なんかも全くなく、要求も多種多様だった。
しかもだ!
声が届かないものだから、がっつり顔を寄せてくる。
あの、世界の彼氏、国宝級の美しいかんばせを、至近距離で見せられる僕の身にもなってほしい。
恋人になってようやく慣れてきたとはいえ、いまだあの顔を至近距離で見せられるのは心臓に悪い。その上、まるで事後を彷彿とさせるようなセクシーなウィスパーボイスなのだ。
僕は心臓のドキドキを押さえ、理性を総動員させることで何とか乗り切ろうと頑張った。
いろんな神経を使いまくって夜にはなんだかへとへとになってしまった。
夜になっても豊前の声は戻らない。
今日は一日無理なんだろうなぁ。もしかすると明日も、このままなんだろうか……。
ぐったりと疲れた僕を豊前が敷かれた布団の上でコロコロと転がりながら見つめている。
そして不意に僕を手招きした。
何……?まだ何か要求でもあるんだろうか。
僕の耳元に顔が寄せられる。
ふわりと、風呂上がりの石鹸の香りが漂い、僕の心臓はまたも大きく跳ねあがった。
そして、その囁き声が僕の鼓膜をくすぐるのだ。
「なあ、しようぜ。」
まったく、この男は!僕の気も知らないで!!!
わかった。今夜は声が出ないんだから、声を気にする必要もないもんね。
いっぱいいっぱい鳴かせてあげる!
覚悟しなよね!
そんな気持ちをすべて乗っけて、僕はそのウィスパーボイスを吐き出す愛らしい唇に吸い付いた。