Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    nanana

    @na_7nana

    @na_7nana

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 67

    nanana

    ☆quiet follow

    大学生現パロ。付き合ってるくわぶぜとこてとまつ。
    方言の間違いはこっそり箱にお願いします。
    事後表現あり。

    #くわぶぜ
    ##とうらぶ

    心臓が焦げる音がする(くわぶぜ)「心臓が焦げる音がする」

     例年よりも随分早い梅雨明けをニュースが告げたのは一か月ほど前のこと。梅雨など無かったような夏の暑さに毎日体が茹だった。前期の試験も半分以上が終わっている夏休み前の大学の食堂には人の数は少なくお昼前だというのに空席ばかりが目立つ。ちらほらと教科書とノートを片手に唸っているものがいるものの、ほとんどが試験からの解き放たれた解放感に酔いしれているものばかりで、そこは人は少ないもののそこはいつもと同じくらい、いやそれ以上に騒がしい場所となっていた。
    「よ、ここ空いてっか?」
     そんなよく見知った声に向かい合ってお昼ご飯を食べていた篭手切と松井は同時に顔を上げた。見上げた先のトレーに大きなどんぶりを一つ載せた男は、今日も今日とて韓流アイドルも顔負けの爽やかな顔で笑う。
    「篭手切と松井も今日試験か?」
    「そう、同じ授業のやつ。ここ、僕の隣空いてる」
    「お、ありがとな」
     我先にと椅子を引いて自分の隣に着席を促した松井に逆らうこともなく豊前はそこに収まった。
    「りいだあも試験でした?お昼からは?」
    「そうそう、昼からはねぇからこれ食ったらちょっと図書館寄って帰ろうかと思ってたとこ。お前らは?」
    「僕たちもだいたい一緒」
     松井の前に置かれていたのはピリ辛と言う名前を改めたほうがいいのではないかと思うくらいに真っ赤に染まったうちの大学名物ピリ辛担々麺大盛。それをもうほとんど平らげて自分で握ってきただろうおにぎりに手を伸ばす。
    「豊前はもう試験終わった?」
    「いや、もう一科目あるな」
    「今日は桑名さんと一緒じゃないんですね」
     パチン、と手を合わせて篭手切はお弁当箱を閉じていく。
    「桑名のやつは今日は試験ないからって家で畑仕事してる」
    「この暑いのに相変わらずだね」
     かまたまうどん大盛。箸で卵を押しつぶしてかき混ぜる。白いうどんに黄色の黄身がよく映えた。どこかそれはあの男の瞳の色に似ている。
     豊前、篭手切、松井、そして桑名の四人は同じ大学の友人でもあり、遠い親戚でもある。やたらと歴史が深い我が一族は様々な場所に親戚がいて、もはや本人たちでもよくわからないほどである。ただこの四人は年が近かったせいか幼いころからよく遊んだ。
     趣味も、得意なことも違う四人が同じ大学に集まったのは恐ろしいほどの偶然である。学部学科こそ違えど、お互いに受験校を発表した時にはあまりのことに恐ろしくなったほどである。
     そして高校生の頃から所謂恋愛絡みのお付き合いというものをしていた豊前と桑名が今同じ家に暮らしていることもこの二人は知っていた。どうしても畑仕事を捨てられなかった桑名が学校より少し遠くの広い畑付きの一件屋を借り上げて、そこにバイクがあるから少々遠くても構わないと言った豊前が家賃を半分出す形で住み着いているのが現状である。
    「もうすぐ夏休みですけど、皆さん夏の予定は?やっぱり就職活動でお忙しいですか?」
    「そうだね。でも最後の夏休みだし、ぱーっと遊んでおきたい気もするけど。豊前は?」
    「え、俺か?俺はバイトだな、金が欲しーしな」
    「は?そんな豊前お金に困ってたっけ。仕送りは?」
     お互いそれなりの旧家である。本家のごとく無限にお金が湧いてくるわけではないが、この日本と言う国においてそこそこの暮らしをしてきたのは知っている。少なくとも子供を大学まで行かせて、なおかつ仕送りができるくらいには。
    「いや、先のための資金。卒業したらバイクで世界巡ろうかと思って」
     ずるりと大きく音を立ててうどんが豊前の口に収まっていく。ざわつく食堂内は変わらないというのに、このテーブルの音だけが止まって静寂が流れる。不審に思って顔を上げれば泣きだしそうに眉を下げた篭手切の顔があって、驚いて横を向けばまさに鳩が豆鉄砲を食らったという表現が似合うような松井の顔がこちらを見つめていた。
    「そがんこつ聞いとらん!」
    「おう、今初めて言ったかんな」
    「それ本当ですか?卒業したらすぐに?」
    「だな、何事もはえー方がいいだろ」
     豊前には物心ついた時からどうしてだか自分だけが地に足が付いていないような感覚があった。その理由はわからないし、知ろうとすることも諦めた。ただその焦燥は年々強くなるばかりでいくらバイクを飛ばしても解消されることはない。
     世界を見ようと思ったのは大学で様々な人間に出会ったからだ。狭い日本だというのにこれだけの人間が様々な土地で生きて様々なものを見て育っている。ならば自分もそれに触れてみたい。
     世界を旅したところでこの焦燥感が消えるなんて思ってはいない。ただ衝動の向くままに走り続けて見えてくる景色を知りたいだけなのだ。
    「寂しくなりますね」
     シュンとうなだれるように篭手切が呟いた。
    「どのくらい行くんですか?」
    「さぁな、気が済むまでって思ってっけど」
    「大丈夫?危なくない?」
    「でーじょーぶだろ」
    「ちなみに桑名は知ってるの?」
    「まだ言ってねぇ」
    「こんばかが!」
     真っすぐな怒声とダンと机に振り落とされた拳。長い黒髪の隙間から覗く眼光はこちらを怯ませるには十分だった。
    「今日帰ったらすぐに桑名に言うこと。先に僕たちが聞いたのは黙っておくから」
     いいね、と念押しをする松井。目の前では篭手切がうんうんと頷いていた。

    ***

     高い生垣のある日本家屋。管理する人がいなくなったその家を、近くにある畑ごと借入れたのが桑名である。ついこの間まで花をつけていたつつじの横を通って豊前は乗っていたバイクをいつもの定位置へと押していく。横に並ぶのは桑名の通学用原チャリだ。
     ヘルメットを脱いで汗で張り付いた髪の毛をぬぐう。走っている時はあんなにも風が気持ちいいというのに止まるととたんに汗が噴き出した。
    「たでーま」
     てっきり桑名は畑にいるものだと思い込んでいたから返事などないと思っていたのに、どうしてか後ろから「おかえり」と声がした。
     土の匂い、それからよく知る汗の匂い。振り返りもう一度ただいまと告げる。服も頬も泥をつけて、大型犬のような量の多い髪の毛を汗で濡らして、それから両手に抱えた籠にたくさんの野菜を乗せて桑名ももう一度おかえりと柔らかく返した。
    「畑から帰ってきたら丁度豊前の後ろ姿が見えたから走って帰ってきちゃった」
     少し背の高い桑名の頬に豊前は手を伸ばす。日に焼けた肌についた泥をぬぐい取ってやれば桑名がくすぐったそうに身をよじった。
    「豊前の手が汚れちゃうよ」
    「手なんて洗やーいーだろ」
     不意に食堂でのことが頭をよぎる。不機嫌そうな松井と寂しそうに頷いていた篭手切の顔が浮かんだ。
    「桑名、俺、卒業したらバイクで世界巡ろうと思う」
     夏の湿った風が吹く。それは桑名の重たい髪の毛を持ち上げて中の肉食獣にもよく似た金の目を晒す。その瞳が大きくパチリと瞬いて柔らかく細められた。
    「いいねぇ、楽しそう」
     そうだ、だからこの男のことが好きなのだ。改めて沸き上がった感情に眩暈がした。篭手切も松井も悪意があるわけではない。むしろ自分の事を大切に思っているからこそ心配もするし寂しくもなる。そのことは純粋に嬉しいし本心からありがたく思っている。
     ただこの男はまず一番に自分の背中を押す。どこまでも走り出したい自分にアクセルをかける。そうしたいという気持ちを最優先にしてくれる。
    「僕は卒業してもここで待ってるからいつでも帰ってきてねぇ」
     それでもって戻るべき場所でいてくれる。どこまででも駆け出してすべてがあやふやになってしまいそうな自分を繋ぎ止めてくれる。
     腹の底から笑いが零れた。本当にそんなところが愛しくて堪らない。だからこそ手放したくない。あまりにも自分に都合がよすぎると思うこともある、でも捨てられない。所有欲のほとんどない豊前の唯一の執着だ。
    「あ、でもできたら何年くらいで帰ってくるかは言って出て欲しいなぁ」
    「ん?なんでだ?」
    「そしたら豊前が帰ってくる頃になる果物でも育てて待とうかなぁって。この実が生る頃に豊前に会えるんだなぁって思うの悪くないって思うんだ」
    「桑名は案外ろまんちすとってやつだな」
     そうかなぁと首を傾げる桑名の背中を家の中へと押し込むように豊前が押す。
    「そんなら林檎がいいな」
    「五年くらいってことぉ?」
    「そうっちゃ、今決めた!」
     ぐいぐいと押されて桑名がよろけながら玄関へと入る。持っていた野菜の籠を玄関に置こうとしゃがんだその耳元に豊前は囁いた。
    「桑名、今からシねぇか?」
    「ん、じゃあエアコンつけんとね」
     部屋冷やしてる間一緒にシャワー浴びん?と桑名が笑ったのが瞳が隠れていてもわかった。


    「幕間」

     閉め切った窓の外から少し鈍い蝉時雨。異常気象ともいわれる酷暑はクーラーの良く効いたこの部屋には届かない。滲んだ汗に冷たい風が吹いて少しだけ肌寒く体を竦める。それを見て桑名がクーラーの温度を二度上げた。
     もう一度シャワーでも浴びて服を着ればいいだけなのだ。けれど気だるさの方が勝ってしまい意思とは裏腹に体は地に伏したまま。
    「お茶飲む?」
    「ん、あんがと」
     差し出されたコップを手に取った。冷蔵庫で冷やされたそれは叫び疲れた喉をちりちりと掠めて胃の奥へと落ちていく。未だに腹の奥で熱が籠ったまま。
    「桑名はさ、」
     畳の上に散らばっていたシャツが二枚。大きい方を探し当てて頭からかぶる桑名に声をかければ、ポスンと首元から頭を出して首を傾げるようにこちらを見た。
    「ちっとは寂しいとか、思ったりねぇの?」
    「まぁ無いって言ったら嘘だけど、お互い様だしねぇ」
    「お互い様?」
    「そ、寂しいなら僕が付いていけばいいだけ。でも畑は捨てられないからお互い様だよ」
     投げ捨てられていたもう一枚のシャツを桑名が差し出す。起き上がるのも面倒だったけれどそれを受け取って頭からかぶった。
    「寂しいけどやりたいことやってる豊前が好きだからね」
    「俺もやりてぇことやってる桑名が好きだ」
    「僕ら両想いだね」
    「今更何言ってんだばぁか」
     日に焼けた自分の物よりも太いその腕を引いた。強い体幹のせいか少し引かれたくらいでは崩れない体が、それでもその行動に逆らわないようにこちらに引き寄せられる。
     揺れた前髪の隙間から見える蜂蜜色の瞳。それが見えるときは少しだけ優越感だ。知る人は少ない桑名の目の色。そしてそれがこんなにも甘くなるのは自分だけ。
     音を立てるようにして唇に触れた。小鳥が啄むような軽い口づけ。
    「今着たとこだけどもっかいしよーぜ」
    「豊前って結構助平だよね」
    「わりーか?」
    「ううん、好きってことだよ」
     もう一度唇に触れる。次は境目がわからなくなる溶けだすような口づけ。窓の外はもう夏の夕暮れで赤く染まっていた。


    「始まりのエンドロール」

     豊前が未来のことを語った夏が終わり、それから寒い冬を超えて春が来た。宣言通りバイクと鞄一つで家の前で手を振って別れたあの春からもうそろそろ四度目の夏が終わる。
     晩夏の夕暮れはどこか物寂しい。昼間の灼熱が嘘のように空気が冷えて、随分と早くなった夜の訪れが東から空を青く染めていく。
     豊前に告げた通りに畑の隅に植えた林檎の木は、他の作物がその特別待遇に文句を言うくらいには手をかけたせいか約束の五年よりも早く実を付けた。どうにも誰かさんに似てしまったのかせっかちらしい。
     初めて収穫するときには二人で食べようと思っていたのにどうやら今年は一人で食べることになりそうだ。そうだ、篭手切や松井にも持って行ってあげてもいいらしい。赤いからきっと松井も好きだろう。
     豊前はというと数か月に一度現地から手紙を寄こす。語学に堪能でもないのにいつだってその手紙には現地の人と思われる人たちと肩を組んだ写真が入っていて、彼らしいなと思ったりもする。現地でアルバイトもしたりして資金の面もなんとかなっているらしい。
     こちらかというと大きな変化はない。唯一変わったのはこの家が借家ではなく持家になったことだろうか。野菜の卸しルートも軌道に乗って貯めたお金でこの家を買い取った。正真正銘この家が豊前の帰る家になったのが少しだけ嬉しい。
     もうすぐ大きな実になるはずの果実に手を伸ばす。くわな、と大地が名を呼んだ気がした。大地の声はきっと自分自身の声でもある。大地と話ができるだなんて親にだって不審な顔をされた。けれど豊前は疑うことなく大地と話せるなんてすげーなと笑う。
     くわな、ともう一度大地が呼びかける。なぁに、と返せば、大地が後ろ、と叫ぶ。
    「桑名」
     もう一度名前を呼ぶ声がした。それは大地ではない、一年、また一年と焦がれた声。急いで振り返る、それだけの動作がやけに時間がかかったように思えた。
    「ただいま」
     幻ではない。記憶の中よりも少し日に焼けた豊前が、過去と変わらずこちらに笑いかけていた。
    「……なんでぇ?」
    「なんでって、帰ってきたんだけど……」
     悪かったかというように子供っぽく尖らせた口元。
    「だって五年って」
    「その予定だったけど帰ってきた。……らしくねーけどさ、会いたくなった」
     そうだった、この林檎も豊前もせっかちなのだ。そのせっかちさが今は嬉しくてたまらない。
    「今すぐ豊前を抱きしめたいんだけど今土で汚れてて」
    「そんなん今さらっちゃ」
     来いとでも言うように広げられた両手に迷わずに飛び込んでいく。自分のものよりも少し小さな体躯を腕の中に抱きしめて胸いっぱいに吸い込んだ懐かしい香り。自然と抱きしめる腕の力が強くなる。抵抗もしない体が痛い痛いと逃げ出そうともせずに笑い転げる。
    「遅くなったけど、おかえり」
     ただいまと豊前が強請るように唇を寄せた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works