【くわぶぜ】星空と春雨縁側の縁に腰を下ろし、僕はふぅと大きく息を吐いた。
月は見えず、星の綺麗な夜である。きっと明日も穏やかに晴れるだろう。
時刻はすでに深夜を回り、いつも賑やかに酒を酌み交わしている連中も、床に入っている時間である。
「完全に昼夜逆転しちゃったなぁ……」
僕は、星を見上げながら、もう一度ため息をついた。
別に好きで夜更かししたわけではないし、不安があって夜眠れないわけでもない。夜戦への出陣や本丸の夜警など、夜の仕事が少しだけ続いたため、体内時計が狂ってしまったのである。
まあ、それも今日まででとりあえず終わったし、明日の朝、太陽の光をたっぷり浴びてひさびさの畑仕事に精を出し、適度に疲労すればゆっくり夜、寝ることもできるだろう。
特に焦るでもなく、僕は縁側に両手をついて美しい星空を眺めることにした。
後ろでからりと部屋の障子を開く乾いた音がひびく。
振り向くと、豊前がのそりと部屋から出てくるところであった。さっきまで、僕の腕の中で、すやすやと健やかな寝息をたてていたのだ。ちょっとやそっとじゃ起きることはないだろう、と僕は布団から抜け出したのだが……。
「ゴメンね……起こしちゃった?」
「ん……」
僕が声をかけても、豊前は起きているのか寝ているのかよくわからない状態のまま返事をした。
僕と同じ状態で、眠れなくて部屋を出てきた……というわけではなさそうだ。現状、起きてはいるもののほぼ状態としては眠っている。
ということは、やはり僕が起こしてしまったのだろう。
豊前はここ数日、僕とは逆の生活を送っていた。すなわち昼間の出陣と内番、演練等だ。同室でありながら、恋人同士でありながら、すれ違い生活が続いたことには、すこしだけ主を恨みもしたけれど、それも終わり、こうして二人一緒に休むことができるというのは嬉しい限りだ。
まあ、豊前が相当疲れているようだったので体を重ねることもなく今夜は床に就いたのだけれど、こうして僕のせいで睡眠を妨げてしまったというのは、申し訳ない限りだ。
僕がそんなことを考えていると、豊前はゆらゆらと体を揺らしながら僕の隣にやってきて、すとんと腰を下ろした。目はほとんど開いておらず、そのままずるりと頭を僕の胸に預けてくる。
「もう、そんなに眠いのなら、布団で寝てたらいいやん……」
僕はその頭を抱えるようにしてゆっくり撫でる。
「ん……今日は、お前が一緒にいるはずなのに……いないから……」
むにゃむにゃと豊前が何か言っている。
「一緒に寝たのに……いなくなるのは……イヤだ……」
豊前が僕の浴衣をぎゅっと握った。
僕は豊前を抱き寄せるとその額に優しくキスを落とした。
「そっか、寂しくなっちゃった?ごめんね……もう一度、一緒に寝ようか」
僕は、もう体の力を抜いてしまった豊前を横抱きに抱えると部屋へと戻る。
「……どこにも行くな……」
やはりむにゃむにゃと、豊前が声を上げる。
「わかってる。お日様が顔を出すまで、一緒にいるよ」
豊前を布団に寝かし、僕も一緒に横になる。
「ヤダ、畑にもいかせねー」
縋り付くように豊前が僕の胸に顔を埋めた。
「うーん、それはどうしようかな、まあ朝になったら考えようか」
若葉の育成に太陽が一番重要なこの時期に……僕は初めて……少しだけ明朝の雨を望んだ。