【むつひぜ】二人だけの長い夜自分は、こんなにも弱気な人間だっただろうか……。
かなり、素早く大胆な行動も行うことができる性格だし、努めて冷静に判断して正解を導き出すことのできる自頭の良さもあると自負していた。
それがどうだろうか。
ここのところはそんな様子はまるでナリをひそめ、うじうじと悩んでばかりである。
「まぁ、もともと人間じゃにゃーし……」
陸奥守は、自室の前の縁側にごろりと体を横たえてふぅと大きくため息をついた。
肥前と恋仲になった。まあ、美味い飯で釣って無理矢理拝み倒したともいう。
元々同室ではあったし(先生もいるが)、他の刀に比べれば同郷のよしみで距離感の近い自覚はあったが、今のところそれだけである。恋仲とはいかなるものか……。
野良ネコをエサで釣って家に引き入れたのに、なでようとするとするりとかわされる、そんな状況にも似ている。かといって嫌われているわけでもなく、気づけばそばにいる。
相手はネコではないのに、恋人同士だというのに、この先にどうやって進んでいいか……陸奥守にはさっぱりわからないのだ。
縁側でごろりと横になったまま先日、風呂場で仲間とかわした会話を思い出す。
それは、同じ打刀たちとの会話だった。偶然風呂場で一緒になった豊前と長義にはそれぞれ桑名と国広という恋人がいる。時々けんかをしているような姿も見受けるが、それでも仲良くやっているようだ。
「肥前との関係を発展させたい……?」
「つまりは、やりてーってことだろ?」
「豊前、デリカシーがないよ」
湯船につかりながら、そんな会話をする。
「まぁ……平たく言えばそうかのぅ……まあ距離が縮めば……別に急がんでもいいんじゃが……」
「なんだよ、いつもの陸奥さんらしくねーなぁ」
先細る陸奥守の声に豊前がばちゃばちゃと湯船のお湯をかけてくる。
「つまりは、仲良くなりゃいんだろ。こう、酒でも飲みながら肩でも組んでさ!いい感じになったら、ほっぺたにちゅーってして……」
風呂場で、裸で肩を組まれ気をされそうな勢いに、陸奥守は慌てて飛びのいた。
「豊前のぉはパリピじゃなぁ。そんなうまいこといくわきゃーない……」
「まあ、お酒の力を借りるっていうのはありなんじゃないかな。相手の本心を聞き出すにはもってこいだよ」
長義も頷いている。
しかし、陸奥守はうーんと眉根を寄せた。
「残念ながら、酒の力は頼りにならんき……」
「なんで?」
「わしら、土佐もんやき、ざるを通り越して『わく』じゃ」
先生は例外だが、土佐の人間は、めっぽう酒に強い。その主の影響を強く受けたせいか、陸奥守も肥前も酒に酔って前後不覚になるなどなったことがなかった。
どれほど飲んだら酔いつぶれるのか、肥前とやったこともあるが、酒がもったいない……という結論が出ただけである。
気分が良くなるくらいには酔うが、それで本心を語ったり、ましてやいいムードに持ち込むなっていうのは……難しいように思えた。
「そんなんは……きっと酒の力を借りん方がうまく行く気がするのぉ……」
「へぇ、酒が強いってのも不便なもんだな……」
豊前が変な風に感心している。
「それに、わしゃ、そんなふうにして肥前のぉ本心を聞きたくないぜよ。ちゃんと素面で仲ようなりたいがや」
「思った以上に陸奥守はまじめだね……」
「もっと勢いだけの奴かと思ってた。意外な一面だな」
長義と豊前は、笑いながら湯船を出ていった。
こうして問題の解決しない陸奥守が残されたのである。
「まあ、わしゃあ普段の印象よりはまじめなんかもしれん、けんど肥前のぉは、照れ屋じゃからのぉ……」
「だあれが!照れ屋だって!!」
縁側に寝転がったままため息をつくと、同時に頭の上からドスのきいた、愛らしい声がふってきた。
陸奥守がにっこり微笑むと、まるで猫のような瞳がにらみつけるようにこちらを覗き込む。
「おまんじゃ、肥前!」
「別に照れてるわけじゃねー!!」
陸奥守は、肥前に隣に座るよう促すがそれはむげに断られた。
「冷たいのぉ……恋人同士やき、桑名と豊前みたいに膝の上に頭でも乗っけさせてくれればいいんに……」
またもため息をついた陸奥守に肥前はなにか言いたげに口を開いてから、むぅっと口を尖らせた。
「……先生が……今、遠征に出発した。帰ってくんのは明日の夜だそうだ……その間に……何とかしろ……」
肥前はそれだけ言うと、ふいっと後ろを向く。
その言葉に、陸奥守はがばっと体を起こした。
「肥前!……それはどういう意味じゃ……?」
「……別に……深い意味はねーよ……」
うつむく肥前の首がどんどん赤くなっていくのが見える。
それに合わせるように、陸奥守の顔もどんどん熱くなっていった。
「肥前……ええんか……?」
陸奥守はその背中に声をかける。肥前は振り向いてはくれない。
「それ以上聞くんじゃねぇ!俺は待つのは得意じゃねーんだ」
肥前は、耳まで真っ赤になったまま自室の障子をぴしゃりと閉めてしまった。
時は夕刻、ふたりの長くて短い夜が始まろうとしていた。