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    あくびをする忘羨かぱ、と口を開けて欠伸を漏らす藍景儀を見て魏無羨は珍しい、と小さく目を見開いた。
    今は夜狩後の食事を終えた時刻。
    規則正しい生活を送る藍氏にとって遅い時刻であるということと夜狩の疲れもあり、更には食後の満腹感と三拍子揃い踏み。一気に眠気が襲ってきたのだろう。
    とはいえやはり振る舞いにうるさい藍氏なので、子弟たちが欠伸をするところは見たことがなかった。あったのかもしれないが、必死に噛み締めていたのだろう。今のように大口を開けているところは見たことがない。
    あまりにも魏無羨が食い入るように見つめるので、藍景儀は涙を浮かべてもごもごと口を動かしたあと、はっと我に返った。
    「も、申し訳ございません!」
    慌てて頭を下げる先には、魏無羨と共に引率に来ていた含光君がいる。
    視線は向いていないものの確実に気がついていたであろう道侶が口を開く前に、魏無羨は自前のよく回る口を動かした。「いいじゃないか、欠伸くらい。俺なんかしょっちゅうしてるぞ」
    (あんたと、一緒に、するな)
    藍景儀が声に出さずとも口を大きく動かして魏無羨を睨む。
    「にしても立派な欠伸だった。あれだけ大口開けられると吸い込まれそうだ」
    「吸い込まれる?」
    傍で話を聞いていた藍思追が興味を示したらしく、魏無羨に尋ね返す。
    「そう。欠伸って空気をいっぱい吸い込むだろ。あれだけ大きな口されたら、魂まで吸い込まれそうだと思わないか」
    お前はどう思う、と隣に立つ道侶に問いかける。ふらふらと歩き回る魏無羨の腰を捕まえて抱き寄せた藍忘機は暫し黙り込んだ後「うん」とだけ答えた。
    「よかったな、景儀。お咎めなしだそうだ」
    「今の流れでどうやってそう解釈するんだ」
    呆れたように首を振る藍景儀は、もう一度含光君に向かって頭を下げると藍思追と共に与えられた部屋へと下がった。
    今日は門限までに雲深不知処に戻れまいと判断し、宿に泊まるのだ。
    魏無羨も寝酒の調達に出かけようかと宿の外に向かおうとするが、藍忘機の腕の拘束が強くて動けない。腕を軽く叩いて離すよう催促すると「もう買ってある」と乾坤袋が掲げられた。
    「流石藍兄ちゃん」
    大人しく身を任せると、当然のように抱き抱えられて二階の部屋へと運ばれる。
    その間、魏無羨は道侶の枝毛ひとつない黒髪と白い抹額を指にくるくると巻つけて遊んでいた。
    部屋の前に立った藍忘機はいつぞやのように足で扉を開く。とても彼を慕う子弟たちには見せられない姿だ。
    先に戻らせておいてよかった。
    藍忘機は器用に足で扉を閉めると、真っ直ぐ寝台へと向かい、壊れ物を扱うようにそっと魏無羨を下ろした。
    魏無羨が手を差し出すと酒が手渡される。嬉しそうにそれを呑む夫を藍忘機は黙って見つめていた。
    「…………呑むか?」
    「いい」
    あまりにも真剣な目で見つめてくるので飲みかけを差し出すが、やはり断られる。といっても中はほんの一口しか残っていなかったので、魏無羨は一息に飲み干すと、空の容器を藍忘機に預けてごろりと寝転がった。
    「はー今日もよく動いた」
    魏無羨は全くと言っていいほど今回の夜狩でも動いていなかった。木の上から時折指示を出していた程度だ。
    しかし藍忘機は「お疲れ様。よく頑張った」と本当に頑張った子弟たちにはかけない優しい声音で労う。
    「うんうん。それじゃあ、頑張った羨羨にご褒美をちょうだい」
    甘えるように太い首に腕を絡めると、藍忘機が覆いかぶさってくる。漆黒の髪が魏無羨の顔を隠した。そのまま口付けを受けるのかと思いきや、藍忘機はふと顔を近づけるのをやめると、かぱりと口を開いた。
    普段、藍忘機は喋るときも食べるときも必要最低限のほんの少ししか口を開けない。なので、こんなにも大口を開ける道侶を見るのは初めてだった。
    「……藍湛?」
    意図が読めずに名を呼ぶと、藍忘機は一度口を閉じたあと、再びかぱりと開いた。
    「……きれいな、歯並びだな」
    とりあえずそう言うと、不満げな目と目が合う。
    「吸い込まれるのではなかったか」
    「うん?」
    「口を開くと、魂が吸い込まれると」
    「…………ああ!」
    ようやく合点のいった魏無羨はぱっと表情を明るくさせると、藍忘機の髪をぐちゃぐちゃに撫で回した。抹額がずれて解けかける。
    「欠伸をしたら魂が吸い取られるってやつ?なんだ、藍兄ちゃん。俺の魂がほしいの?」
    「うん」
    「そんなことしなくたって、俺の魂はとっくにお前のものだよ」
    軽い音を立てて高い鼻に口付けると藍忘機は嬉しそうに小さくはにかんだ。
    「もっとほしい」
    「いいよ、飽きるまで吸い込んで」
    微笑みながら腕の中に誘い込むと、藍忘機はもう一度大きく口を開けて……魏無羨の鎖骨を噛んだ。
    「痛い!それは吸い込んでるんじゃない!食べてるんだ!」
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