花冠 ♫〜♪──……
柔らかな木漏れ日が降り注ぐ庭に、少女が口ずさむ鼻歌が響く。
上機嫌で鼻歌を歌う少女の隣には、一人の少年。少年は、つい先ほど庭で摘んだ野の花を編んでいる少女の手元と、花を編むのに夢中で下を向いている少女の横顔を、黙って交互に見守っていた。
ここ、ハイラル城の庭には、野草や野花が豊かに生い茂っている。歴代の王妃たちの好みを反映した庭は、時代と、そのあるじとともにその姿を変えていて、大輪のばらが咲くばら園だったこともあれば、各地の珍しい植物を植えた植物園、時には薬草園だったこともある。だが、現王妃は身体が弱く、あまり外に出られないこともあってか、今の城の庭は、おもに姫君の遊び場となっていて、庭のあるじである姫君の好むような、自然に任せた趣の庭となっていた。
今、庭で上機嫌に花を編んでいるのが、他でもない、この庭のあるじである姫君──ゼルダ姫だった。そしてその隣にいる少年は、彼女の騎士──もちろん、叙任されてもいなければ、今はまだ正式な騎士身分もないが、姫君は彼こそが己の騎士だと確信している──のリンクだった。
初夏の庭先に、瑞々しい緑の草のじゅうたんの上に散りばめられたように咲き始めた白いシロツメクサを見つけた姫君は、己の幼い騎士にその花についての説明を始めた。この花からは良質なハチミツがとれること、乾燥したものを煎じて飲むと薬になること、その花の葉の数にまつわる言い伝えなどを、楽しげに語る姫君を見つめる幼い騎士の口元は、姫君とともに過ごすこのささやかな時間のもたらす、隠しきれない喜びに綻んでいた。
あどけない騎士は花をいくつか摘むと、幼い姫君の目の前で素早くそれを編んで、小さな指輪を作った。それを見て、姫君はまず驚きに唖然とし、その後すぐさま花の綻ぶような、満面の笑みを浮かべた。
金属でできた指輪なら、高貴な姫君はいくらでも見たことがある。けれども、花でできた指輪を見るのは初めてだった。しかも、騎士はまるで魔法のようにたやすく、素早く、指輪を作り上げてしまったのだ。
花を編んで指輪にできるなんて、これまで私が読んだどんな植物辞典にも書いてありませんでしたと言って、姫君は無邪気に微笑んだ。姫君の言葉を聞きながら、幼い騎士は、指輪だけでなく、冠も作ることができますよ、と、ほんのわずかに得意げに、己のあるじに告げたのだった。
騎士の言葉に、姫君は大いに喜んだ。貴方は物知りで、いろいろなことができるのですね、と言われ、敬愛する姫君に無垢な尊敬の眼差しで見つめられた幼い騎士は、そのまろい頬をほのかに染めた。
好奇心旺盛な姫君は、ふと思いついたように、私もやってみたいです、と騎士に告げた。騎士は喜んで、姫君に花の編み方を教えた。最初、姫君はうまく編み方が分からないようだったが、次第にこつを覚えたようで、楽しそうに花を編むのに没頭していった。
「そういえば、シロツメクサの花言葉は、『約束』なのだそうですよ」
何気なく放たれた姫君の言葉を聞きながら、先に贈ったシロツメクサの指輪が、姫君の小さな左手の薬指にはめられているのを見届けた幼い騎士は、姫君に気取られないよう、赤くなった顔をそっと手で覆った。
ほどなくして、冠が出来上がった。ところどころにレンゲやタンポポといった野に咲く花を編み込んだ冠は、幼い騎士の目には、どんなきらびやかな宝石がついた冠よりも神々しく映った。
冠に編み込まれたタンポポが、まるで黄金のようにまばゆく見える。幼い騎士がタンポポの花言葉を思い出そうとしているうちに、姫君は手に持った冠を、幼い騎士の前に差し出した。
幼い騎士は反射的に、姫君の前にひざまずいた。これまで騎士の礼や作法を教わったことはないが、畏れるものを前にしたときに人が首を垂れ、ひざまずくときのように、ごく自然に身体が動いた。
まるで魂が、心の底から、この人への畏れと、敬愛を、身体全体で表せと命じているかのようだ。
そんな己の騎士に、姫君は厳かに告げる。
「先ほどは貴方が作った指輪を私に下さったので、今度は私が貴方に冠を差し上げます」
そう言って、姫君はうやうやしい仕草で、ひざまずいた騎士の頭上に、手ずから作った冠を捧げた。
はたから見れば、ただの子どものおままごとに過ぎないそれらの行為だが、幼い騎士にとっては、胸が打ち震えるほどに、それは神聖な儀式だった。
姫君は目を細めて、秘め事を伝えるときのように、そっと囁くように言った。
「私たちハイラルの王家では、女神様の力を受け継ぐのは女性なので、女性が『祭り事』を、そして、その夫である男性が王になって、『政』を司るのです。
だから、代々の姫は、女神様の代わりに、自分の夫となるひとに、王権を──その象徴である冠を、捧げるのですよ」
姫君の言葉に、騎士は思わず顔を上げた。
自分を見下ろす、幼い姫君。だがその表情には、どこか女神に等しい侵しがたい高貴さ、気高さが垣間見えて、騎士は再び、自らのあるじに首を垂れた。
冠を戴いた彼の頭上から、厳かな言葉が、誓いのごとき強さを持って降ってくる。
「私の冠を、受け取ってくれますね?」
「────はい」
心の奥底、魂の奥底から叫びのように、是と応える声がする。
全身が叫びたがっているのを必死にこらえ、ひざまずいたまま絞り出すように応えた幼い騎士と、騎士に冠を捧げる姫君。
二人きりの密やかな戴冠式を、コログたちだけがずっと見守っていた。