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    四 季

    @fourseasongs

    大神、FF6、FF9、ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドが好きな人です。

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    四 季

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    リンクが姫様に自分の家を譲ったことに対する自分なりの考えを二次創作にしようという試み。(改題前:『ホームカミング』)

    #リンゼル
    zelink
    #ティアキン
    #ブレワイ
    brawley

    帰郷「本当に、良いのですか?」
     ゼルダの問いかけに、リンクははっきり頷き、「はい」と言葉少なに肯定の意を示した。
     リンクのその、言葉少ないながらもゼルダの拒絶を認めない、よく言えば毅然とした、悪く言えば頑ななその態度が、百年と少し前の、まだゼルダの騎士だった頃の彼の姿を思い起こさせるので、ゼルダは小さくため息を吐いた。

     ハイラルを救った姫巫女と勇者である二人がそうして真面目な表情で顔を突き合わせているのは、往時の面影もないほど崩れ、朽ち果ててしまったハイラルの城でも、王家ゆかりの地でもなく、ハイラルの東の果てのハイリア人の村・ハテノ村にある、ごくありふれた民家の中だった。
     家の裏手にあるエボニ山の頂で、いつからか育った桜の樹の花の蕾がほころび始め、吹き下ろす風に混じる匂いや、ラネール山を白く染め上げる万年雪の積もり具合から春の兆しを感じたハテノ村の人びとが、芽吹の季節に向けて農作業を始める、ちょうどそんな頃のことだった。ゼルダの知らないうちに旅支度を整えたリンクが、突然、ゼルダにハテノ村の家を譲り、しばらく旅に出かける──そう告げたのは。
     リンクの告げた言葉にゼルダは驚き、しばしうろたえた。百数年前も、そして厄災討伐を終えた今も、騎士としての任が解かれ、二人の間にあった姫と勇者という繋がりが消えた後も、リンクが自分の傍らに常に在ることが、ゼルダには至極当然のように思えていたから。
     しかし同時に、胸につかえていたものがすとんと落ちていったように、納得もした。──彼ほどにハイラルを知り、ハイラルを理解し、ハイラルで生きている人は他にいない。彼の力を必要としている人は自分以外にもハイラルのあちこちにたくさんいて、厄災討伐の旅の間中もずっと彼がそうしてきたように、彼はハイラルの人びとの助けとなるため、ハイラル中を巡るつもりなのだろう、と。
     ハテノ村が雪に閉ざされている間、ハテノ村の家で、リンクはゼルダにさまざまなことを教えてくれた。雨の降るとき特有の気温の下がり方、雲の形による天気の見分け方、星の見方、獣の足跡の追い方、森の歩き方──。旅に慣れた者だけが知るその知識は、いずれゼルダが彼と共に旅に出ることを予感して教えてくれているのだと、ゼルダは考えていた。
     だが、そうではなかった。彼はゼルダがこの先一人でいられるように、一人でこのハイラルで生きていけるように、知識を授けてくれていたのだ。──
     ゼルダの目の前、素朴な木のテーブルに置かれたマグカップを満たすお茶はすっかり冷めて、立ちのぼっていた湯気も消えてしまった。ゼルダは再びため息を吐いた。
    「貴方が私のためを想ってくれているのは、とても嬉しく思います。
     でも、旅に出るといっても、それほど長い期間ではないのでしょう?
     この家を私に譲るというのはやはり、やりすぎではないでしょうか」
     かつてこの家のリビングの壁に所狭しと飾られていた英傑たちの遺品の武器は、修復も兼ねて、すでに各部族のもとに戻されていた。この家が彼の家だという痕跡は、この家にはもう残されていない。ただ一つの例外として、ロフトの壁にはゼルダと彼と英傑たちの姿がおさめられたウツシエが飾られているが、リンクに言わせれば、これはカッシーワの師匠であった宮廷詩人の遺品で、もともとゼルダに贈られるはずのものだったのだという。
     ゼルダの言葉に、一向に譲る気配を見せないリンクを見つめ、ゼルダは再び、小さくため息を吐いた。
    「……この家はもともと貴方の生まれた家ですし、貴方が得たお金で買い戻したものでしょう?」
     ゼルダの言葉に、リンクの長い耳の先がわずかにぴくりと動いたのをゼルダは見つめた。
     リンクの生家であったこの家は、百年前に主人となるはずだったリンクが宮仕えに出たことであるじを失い、それから百年もの間、誰も住むことなく放置され、取り壊される予定となっていた。それを偶然かはたまた必然か、百年の回生の眠りによって記憶を失ったリンクが買い取ったのだ。
     厄災を倒す旅の間、リンクがこの家を使用したのはそれほど長い期間ではないという。だが、家の中には食器が一通り揃えられ、寝台に机、椅子といった家具も揃えられている。住む人がおらず取り壊しが決まっていたというが、家の土台はしっかりしていて、リンクが買い取った後に大工のサクラダが修繕してくれたため、これからまた百年は何の心配もせず暮らせますワと、修繕をしたサクラダ本人が太鼓判を押していた。
     百数年前にはリンクの生家であり、数年前にはリンクが買い取った家なのだから、当然、リンクがこの家のあるじとなるべきだ。──だが、ゼルダが当面の拠点をハテノ村とし、ハテノ村に学校を建ててその教師となることを決めた時に、リンクは惜しげもなくこの家をゼルダに使って欲しいと申し出たのだった。
     リンクの突然の申し出に、驚いたのはゼルダのほうだ。ハテノ村にはサクラダが建てた新しい建築様式の家が建っており、ゼルダはその新しい様式の家をハテノ村に建て、そこに暮らすつもりだった。ハテノ村は平和な村だが、リンクが暮らす家が近くにあれば、なお安心だと思ったからだ。
     国の制度は滅んだが、ゼルダはいまだ、ハイラルの姫だった。ただ王家の血を引く末裔というだけではない、ハイラル建国の──あるいは神代の昔から連綿と受け継がれ、ハイラルを護り続けてきた女神の血と勇者の魂。ハイラルを支える比翼の理への畏敬と憧憬とが、そこにはあった。百年前、封印の力が目覚めないというただ一点においてのみ、ゼルダは無才の姫とされた。しかしそれはまた、ハイラルの民が女神の末裔をいかに精神的なよりどころとしてきていたかということの裏返しでもあった。
     厄災討伐を終えた二人はハイラル復興に向けて各地を巡り、その中で自然と、ゼルダの名は知られるようになっていった。百年もの間、城で厄災を封印していた姫というおとぎ話のような話を、ハイラルの民はすんなりと受け入れた。ゼルダ自身にわかには信じ難いことだったが、ゼルダの騎士・リンクには何ら不思議なことではなかったようで、自分自身がハイラルの勇者として扱われない(というより、多くの人が彼の功績を認識していない)ことに対しては無頓着だったが、ゼルダがハイラルの象徴であり希望ととらえられ、ハイリア人や、ハイリア人以外の部族に受け入れられるのを、最も近くで、そして最も献身的に支え続けてくれていたのも、他でもないリンクだった。
     ゼルダがインパやプルアやシーカー族の後押しを受け、各地へ赴き、ハイラル復興への道を模索し始めたとき、拠点として最も適していたのがここ、ハテノ村だった。住民はみなハイリア人で、村人はほぼ全員が顔見知りだ。決して閉鎖的なわけではないが、移住者はそれほど多くなく、イーガ団員が紛れづらい。外部への街道は一本に限られていて、道中は切り通しとなっているため、魔物の大群が攻めて来るのは難しい。また、村の北側にはラネール山がそびえ、東側は海になっており、イーガ団や魔物が攻め入ることができなくなっている。そして、ハテノ古代研究所にはシーカー族のプルアとシモンがいる。そして、何よりゼルダにとって最も心強いのは、リンクの存在だった。
     ──だから自分は不安を感じているのだろうと、ゼルダは自分に言い聞かせた。リンクはゼルダの騎士だったが、今ではその任を解かれ、ゼルダを護るという義務はもう彼を縛ってはいない。いまだ山積した数多の問題を前にたたらを踏んでいる自分とは異なり、リンクにはすぐにでもハイラルのあちこちにいる困っている人を助けられるだけの力が、知恵が、勇気がある。ハイラルの未来を憂う同志として、リンクの旅立ちを喜ぶべきだ。たとえかつて、ハイラルで最も古く、分かち難い結びつきが自分たちを繋いでいたのだとしても。……でも……。
     考え込んで思わずうつむきがちになったゼルダを、リンクはじっと見つめていたが、やがておもむろに口を開いた。
    「たまたま拠点としてちょうど良いと買った家が、生家だったというだけです。ただ、居心地はそれなりに悪くないと考えています。
     たまにしか帰らず、リビングに飾るものが武器しかない俺より、姫様に使って頂いたほうが、家も喜ぶと思います。
     それに、……その、この家に姫様が暮らして下さっていると、俺も安心できます」
     最後の一言を、なぜかほんの少しだけ言い淀んだリンクに、ゼルダは目を瞬いた。
     リンクは私物──と呼んでしまうにはあまりにも少ないが──は、すでに背嚢にまとめてしまっていた。武器も、マスターソードを除けばほとんど手放してしまっていたし、防具についても、普段から着用している英傑の服くらいしか持っていなかった。いくらか蓄えられたルピーは、自由に使って下さいと言う言葉とともに預かったゼルダが保管している。すでにこの家に残されているリンクの財産といえば、英傑達と写ったウツシエ──これもリンクの言葉に言わせれば、ゼルダのものなのだそうだが──、それからあとはこの家そのものくらいだった。
     誰も住まずに空き家になっていることのほうが不安だという意味かしらと考えたゼルダをリンクはじっと見つめていたが、静かに立ち上がると、機敏な動作でマントを羽織り、背嚢を担いだ。
    「それでは、行って参ります」
     あまりにも呆気なく──まるで、すぐそこのよろず屋で買い物をしてきますとでもいうかのような淡々とした口調で出立を告げられ、予想外の出来事にゼルダが唖然としているうちに、リンクはさっと身を翻し、家のドアを開けて出て行ってしまった。
    「──リンク」
     きっかり三十秒後、我に返ったゼルダがリンクの後を追って家のドアを開けると、そこにはすでにリンクの姿はなく、村の入り口のほうから、馬の蹄の音が遠ざかってゆく音だけが聞こえてきたのだった。

      ※

     そうしてリンクはあっさりとゼルダの元を旅立ったのだが、リンクがゼルダの傍にいてもいなくても、ゼルダの周りには常に仕事が溢れていて、ゼルダの日常は慌ただしく過ぎていった。
     各地で知り合った人との手紙でのやり取りが増え、シーカーストーンをもとにプルアが開発したプルアパッドのワープ機能で各地に出かけることも増えた──プルアやリンクからきつく言われていた通り、人家に近いところに限り、誰かしらを伴って、という制約付きでだが。花を育てている女性の手伝いや、新しい料理の考案、新種の生物の発見など、リンクの力を借りず、ゼルダ一人で成し遂げられたことが増えていくことが、ゼルダには素直に嬉しかった。
     と同時に、ゼルダにとって、ゼルダの功績を最も近くで見ていて欲しいリンクが傍にいないことは、寂しくもあり、不満なこともあった。旅立ちの際のあまりにも淡白なあのリンクの態度が何となく腹立たしいような気がして、その意趣返しというわけではないが、ゼルダは家の内装を自分好みのものに変えてしまっていた。

     そうして、エボニ山の山頂に咲いた桜の花びらが急ぐように散り、村のあちらこちらで畑が萌え出る緑の芽で染まり始めた頃、何の消息も前触れもなく、かの騎士は帰って来た。栗毛の愛馬から身軽に下りると、リンクは家の前で洗濯物を干していたゼルダに、「ただいま戻りました」と手短に告げた。
     ゼルダはしばし言葉を失い、呆然としたのち、まじまじとリンクの全身を検めた。大きな怪我を負ったり、病気をした様子もなく、健康そうだが、身に纏っている服やフードの付いたマントのあちらこちらがほつれ、生地も傷んでいるようだった。ゼルダが服のほつれをじっと見つめていると、リンクは少しばつが悪そうに視線を落とした。
     そんな二人の様子をしばらく見つめていたリンクの愛馬だが、疲れていたのか、家のすぐ傍にある泉で水を飲むと、早々に自身の寝床である厩へと行ってしまった。
     リンクの愛馬の様子に、馬でさえ自分の帰るべき場所をきちんと覚えているのにと思いながら、ゼルダはここでようやく、リンクの帰還について何らの言葉も彼に告げていない自分に気づいた。
     リンクの「ただいま戻りました」に相応しい言葉は、きっとこれだろうと、ゼルダは複雑な気持ちを抱えながら唇を開いた。
    「お帰りなさい」
     ゼルダの言葉に、リンクの目が大きく見開かれる。
     思いがけないリンクの表情に、何か間違えてしまったのかと焦るゼルダだったが、リンクの表情がほぐれて、崩れてゆき、ついにそれが大きな破顔となるのを見て、この数か月間ゼルダの胸につかえていたしこりも崩れて、消えてゆくような気がした。

      ※  ※

     リンクは数か月前の別れ際に宣言した通り、「あくまでも自分はこの家の客である」という態度を崩さなかった。
     かつては見慣れていたはずの自分の家だろうに、ゼルダに案内されるように玄関の戸をくぐり、どこか慎重な足取りでリビングに足を踏み入れたリンクは、壁に飾られたウツシエを興味深そうに一枚一枚眺め、ウツシエの傍に飾られたウツシエゆかりの思い出の品々を見つめ、最後にリビングのテーブルに二人分整えられた食器とカトラリーをしげしげと見つめた。
    「陰膳というものです」
     ゼルダが説明した。
     陰膳とは、家族が旅や戦に出かけているとき、留守を守る人が、その人の無事を願って食事の準備をするものだ。百数年前、厄災復活を目前にし、不安定なハイラルではよく見られた光景だった。
    「貴方が帰って来ると知っていたら、もっと前もって準備をしたのに……」
     昼食にはまだ少し早い時間だ。朝食の残りを見つめて、足りるかしらと呟くゼルダに、心配いらないというように、リンクはポーチから肉巻きおにぎり、キノコの串焼き、焼きリンゴなどを取り出した。テーブルの上に所狭しと並べられるリンクの手料理を見て、ゼルダも思わず笑みをこぼす。
     どうぞかけて下さいとゼルダが言えば、リンクは素直にゼルダの向かいの席に腰掛け、膝の上に握った両手を置いて待っている。その姿がまるで「待て」を喰らっている犬のようで、ゼルダは微かに笑みをこぼした。
     飲み物を注ぐゼルダを見て腰を浮かせかけたリンクを、貴方はお客様なのですからと制して、ゼルダは二人分のコップと水差しをテーブルに置くと、ゼルダの着席を待ち侘びているリンクの向かいの席に座った。
    「それでは、頂きましょうか」
     ゼルダの言葉を合図に食前の祈りを捧げると、二人はしばらくの間、ひたすら黙々とテーブルの上に並べられた料理を平らげ続けた。
     食べる速度はゼルダよりリンクのほうがずっと速いが、よほど空腹だったのか、ゼルダがひとしきり食べ終えた後も、リンクはまだ食事を続けていた。ゼルダへのお土産だろう、はみ出しそうなほどパンパンに背嚢に詰め込まれ、背嚢からはみ出して姿を見せている数々の品──ゴロンの香辛料にツルギバナナ、ヒンヤリメロンにタバンタ小麦、各種ハーブ──を見ているだけで、彼がハイラル各地を巡り、人びとを助けて来たということが察せられた。
     これまで一体どこへ、何をしに。そんな質問をすること自体が愚問だった。彼の旅の目的地はいつでも、ハイラルのあらゆる場所だった。
     両手に一つずつおにぎりを手にしているリンクに、ハイラルの様子はどうでしたか、と、ゼルダは問うた。ワープ地点のある祠へと移動するゼルダの旅は点と点だが、広大な大地を馬で、あるいは自分の足で駆けるリンクの旅は、ゼルダの点を線で結び、ハイラルの姿を描き出してくれた。
     リンクはゼルダの問いに、ぽつぽつと自分が見たもの、聞いたものについて語って聞かせた。リトの村ではテバが族長に就任し、チューリと共に、親子でオオワシの弓を使って空を飛んでいること。ゲルドの街ではルージュが立派に族長を務めているが、ゼルダに会いたがっていること。ゴロンシティではユン坊が新たな事業を始めようとしていること。ゾーラの里では、かつて里を脅かしていたライネルが多く出没した雷獣山が、今では英傑にちなんだ公園として整備され、英傑の像がそこに移されたこと。……そして、里の中央には、英傑の像に代わり新たな像が建てられたそうだが、それがどんな像なのかをゼルダがリンクに尋ねると、リンクは困ったような表情で口を噤んでしまった。
    「貴方が言いたがらないなんて、珍しいですね。仕方がないので、自分で行って、この目で見てみることにします」
     ゼルダの言葉に、リンクが珍しく焦ったような表情をする。普段は凛々しい表情が多いリンクの、思いもかけない表情を見て、ゼルダは思わずくすくすと笑っていた。
     リンクはそんなゼルダを優しい眼差しで見つめていたが、やがておもむろに口を開いた。
    「百年と少し前、宮仕えを始めたばかりの頃は、故郷に帰りたいと思うことが何度かありました」
     ぽつりぽつりと、言葉を選びながら話し始めたリンクを、ゼルダは顔を上げて見つめた。彼が自分のことを──それも、近衛騎士だった頃の話をするのは、とても珍しいことだった。
     興味のあることを目の前にすると早口になってしまうゼルダとは対照的に、リンクはその動作がどれだけ機敏で、素早く決断しても、ゆっくりとしゃべった。いつだったか、彼は、「伝えたいことは多いのですが、自分はあまり言葉を知りませんし、気の利いたことも言えないので、話すのが苦手で」と、ゼルダに教えてくれたことがある。そもそも模範足れと自分を律するあまり感情表出も少なくなってしまったような人なのだ。言葉を慎重に選ぶあまり、寡黙になり、さらにそれが相手に感情を伝わりにくくしてしまっていたのだろう。もともと軍隊に所属していたせいか、「はい」や「いいえ」といった短い返事は素早すぎるくらいだが。
     ゼルダは静かにリンクの言葉の続きを待った。これもいつだったか、リンクは、「姫様は、とても聞き上手なので、話して、聞いて欲しい、伝わって欲しいという気持ちになります」と言ってくれた。彼の沈黙は時として言葉より雄弁だったが、ゼルダは彼が、彼の見たハイラルの景色を、匂いや温度、色を、そこに生きる動植物や人びとの姿を、彼なりに言葉にして表現してくれるのを聞くのが好きだった。彼の言葉には虚飾も、嘘偽りもなかったから。彼の言葉に耳を傾けているとき、ゼルダもまた、伝説の姫、救世の女神といった装飾に飾り立てられた巫女ではなく、ただのゼルダとしていられたから。
     リンクの話に耳を傾けているゼルダの様子に、心なしか安堵した様子で、リンクは続ける。
    「城でのしきたりや人間関係に慣れなかったし、甘えが許されていた子ども時代が終わってしまったせいもあります。
     でも、いざ里帰りで帰ってみると、変わってしまったことの多さに驚くばかりで、かえって寂しくなったことも覚えています。
     その時に感じました。自分は故郷に帰りたかったというより、懐かしく幸せだった思い出の頃に帰りたかったのだと」
     あどけない少年の面影が消え始め、青年の域にさしかかり始めた剣士は、どこか遠い、懐かしむような目をしてそう告げた。
     リンクの母親は彼が小さい頃に亡くなり、近衛騎士であった父親も、彼が宮仕えをする前に亡くなっていたとゼルダは記憶している。むしろ、家族が亡くなり、天涯孤独となったために、リンクの幸せな幼年期は終わり、彼はひとり、故郷を離れなければならなくなったのだろう。
     孤独なリンクの心の支えとなったのが、他でもないゼルダだったということを、ゼルダは以前彼自身の口から聞いて知っていた。自分とさほど変わらない年齢で、自分と同じように、幼い頃に母を亡くした姫君。退魔の剣を抜いた自分と対となる存在。どんなことにも努力を惜しまず、民のことを想う貴女の存在に、どれだけ励まされたかしれません、と告げた自分のかつての騎士に、気恥ずかしさと、当初自分が彼にとっていた態度への後悔に、ゼルダは身を縮こませた。
     そんなゼルダを、リンクは優しい眼差しで見つめる。
    「騎士になり、貴女にお仕えするようになって、ようやく自分の居場所ができたと思いました。
     ようやく貴女の傍にお仕えするのが許されたのに、その場所を失うことはできないと思いました。
     たとえどれだけ貴女に疎んじられていたとしても」
     リンクの言葉に、ゼルダはうつむいた。
    「貴方は務めで私の傍にいてくれたのに、護衛対象である私からあのように言われては、さぞ困ったことでしょう」
     ゼルダの言葉に、リンクは微かに笑ったようだった。
    「でも、貴女がお怒りになった気持ちも、もっともなことです。
     イーガ団に襲われている貴女の姿を目の当たりにするときまで、俺は『誰かを護る』ということの意味を、深く考えていなかったのだと思います。
     相手が誰であれ、飛び出さずにはいられないほどの衝動を覚えたのは、あの時が初めてでした」
     敵の弱点、戦い方、敵を倒すこと、怯まないこと。兵士として、敵を倒すための戦いは知っていたが、誰かを護るための戦い──いわば、騎士としての戦いを意識したのは、あれが初めてだったのだとリンクは言う。
     頭に、体に叩き込み、幾百幾千という魔物を屠っても、それだけでは救えないことを、護れないことを知った。
     戦うということと、護るということ。それらは全く異なることなのだと、リンクは言う。
    「……結局、衝動だけでは本当の意味で護ることはできないと思い知ったのは、一度目に死ぬ直前でしたから」
     リンクが何かを思い出すように、わずかに視線をずらす。今、彼の想いの行き着く先が、ハテノ村より西にある、ハイラルの東の関所といわれたハテノ砦であることを、ゼルダは過たず推察した。家の壁を越えた遥か先に広がるその景色を──百数年前のあの日の光景を、彼は見つめているのだ。
     ハテノ砦は、百年後も「ハテノ砦の奇跡」が語り継がれているほど、大厄災の時に重要な場所だった。それは裏を返せば、ハテノ砦の戦いがいかに激しいものであったかを後世に伝えている。ハイラルの各地に慰霊碑を建立することが決まったとき、誰もが大厄災発生の地であるハイラル城下町と並んで、ハテノ砦の名を口にしたほどだった。
     厄災に対抗するすべである退魔の剣を抜いた騎士リンクは、大厄災の日、ゼルダを連れて東へ逃げた。それはただ、ゼルダが大厄災討伐の要であるという理由からではない。ゼルダがいなければハイラルは滅びる、だから他の何をおいても逃げ延びなければならないと自分に言い聞かせていたのは、リンクではなく、むしろゼルダのほうだった。
     だからリンクは見誤った。ゼルダにも護りたいもの、護るべきものがあり、彼女はそのためにこれまでの生涯を、命を擲つ覚悟を持っていることを。
     ゼルダがあれほどまでに心ない言葉を浴びせられ、華奢な身体に鞭打ってまで護ろうとしたもの。それはハイラルに生きとし生ける全てのものだった。そしてそこにはリンクも含まれていて、だがしかし、リンクだけが彼女の重荷を分かち合うことを許されていた。ゼルダはまさに、ハイラルの女神、ハイラルの希望なのだった。
     だから──その希望を潰えるため、リンクが倒すべき敵はこの先際限がない。その人を護るためのリンクの戦いも。
     ──であるならば、リンクはあの場所で斃れてはならなかったのだ。生き延びなければならなかった。ゼルダに全ての荷を背負わせるようなあんなやり方で、戦うべきではなかったのだ。……
    「あの時、本当に、心から後悔しました。貴女を護り抜けなかったこと。貴女を一人、この現世に置き去りにしてしまうこと。……。俺にとって、貴女を護るということは、ただ貴女が厄災を封印する力が目覚めるまでの時間を稼ぐためのものじゃなかったはずなのに。
     貴女と共に戦い、貴女と共に厄災を倒し、貴女がいつまでも笑顔でいられるハイラルをこの目で見ること。誰よりも貴女の傍で、貴女の笑顔を見続けること。
     それが俺にとっての、『貴女を護る』ということだったはずなのに」
     苦々しげに呟くリンクに、ゼルダはそっと目を伏せた。
     ──ハテノ砦の戦い。あの時、リンクの命の灯火を吹き消したのは、あの時襲いかかってきた歩行型のガーディアンだ。だが、それよりも前の戦いで、リンクはすでに常人であれば絶命していたであろう怪我を負っていた。ゼルダを護らなければという強い意志が、彼をあの瞬間まで突き動かしていたのだ。……
     ゼルダは再び、顔を上げてリンクを見つめた。騎士の任は解かれても、彼は依然としてやはり、ゼルダの騎士だった。
     厄災は封印され、勇者としての彼の使命は終わった。それがたとえほんのわずかな間だとしても、ゼルダは彼に安息を与えたいと考えていた。ハテノ村の、彼の生家で。
     だがリンクは、ゼルダに家を譲ると、自分は旅へと出かけてしまった。百数年前、近衛騎士として、いついかなる時も常に傍近くに仕えてくれていた彼が、自分を置いて旅に出てしまうことに、ゼルダは寂しさと焦りを感じた。そして同時に、彼に安息を与えたいと考えていた自分の気持ちは、結局のところ、彼と共に過ごしたいという自分の望みの一部だったのだとも気づいてしまった。
     リンクが今、百数年前の望郷の念を語っているようでいて、実際には自分が旅に出る目的を語ろうとしているのだということに、ゼルダは気づいた。そうしてようやく、百数年前も、そして数年前の厄災討伐の時にも、リンクがその行動をもって示し続けてくれていたことに、ゼルダは気がつき始めていた。
     百数年前、彼はなぜ、故郷を離れて宮仕えをしたのか。なぜあの日、あれほどの怪我を負いながら、東へと向かったのか。数年前の厄災討伐のとき、彼はなぜあれほどまでに険しく苦しい旅を続けられたのか。その目的地はなぜハイラル城だったのか。そして厄災討伐を終えた今、なぜ彼はハイラルの全土を旅し、ハテノ村に帰って来るのか。
    「──ゼルダ様」
     リンクがゼルダの名前を呼ぶ。
     ゼルダがリンクの名を呼ぶことで、リンクがゼルダに引き寄せられていたように、同じ強さで自分の名を呼ぶリンクに、ゼルダも引き寄せられる。
     ゼルダを見つめるリンクの青い眼差しが、ゼルダを射抜く。
     リンクは立ち上がると、すぐさまゼルダの前に跪いた。そうしていると、このごくありふれた民家のリビングでさえ、まるでかつて二人が主従として過ごしたハイラルの城の中にいるように思えてくるから不思議だった。
     百数年前、リンクがゼルダの護衛騎士に任ぜられ、ゼルダの前に跪いた時。左の胸に手を当て、拍動する心臓に、命に、魂に誓うその姿を、ゼルダはただ儀礼的だとしか感じていなかった。
     だが今、目の前で跪くリンクの姿を、ゼルダは敬虔な気持ちで見つめていた。
    「俺の魂は、常に貴女と共にあります。
     野に伏せようと、身が朽ちようと、貴女が必要とするときに、必ず貴女の元へ参ります。
     ……ですから、俺に帰るべき家は必要ありません。
     貴女がこの家にいるなら、この場所が。
     貴女がいつの日か、ハイラルの城に戻られたなら、その場所が。
     俺の在るべき所です」
     そう告げた後、リンクは顔を上げ、真っ直ぐにゼルダを見つめた。
     心の原風景をふるさとと呼ぶのなら、リンクのふるさとはここではない。
     ここはリンクが生まれ、育った場所だ。おのれの原点とでもいうべき場所。だが、今のリンクにとって、場所は問題ではなかった。
     リンクはハイラルの地を、おそらく隅々まで巡った。ハイラルに生きとし生けるものを誰よりも愛するゼルダよりも、ハイラルに足跡を残し、ハイラルを知り、ハイラルに親しんだ。もしかしたらこの先、リンク以外の誰も到達し得ない場所へ行くことが、あるかもしれない。リンクの心は今や、ハイラルの地上だけでなく、空の彼方、地の底にも開かれている。
     けれど、それでも──いや、だからこそ。
    「俺が必ず最後に行き着く場所は、貴女のいる所です。
     かつては貴女がハイラル城の本丸にいたから、俺はそこに辿り着きました。そしてしばらくの間だとしても、貴女がハテノ村のこの家ならば、ここに帰って来ます。……俺の心に刻まれているのは、ただひたすら真っ暗な闇の中で俺の名を呼ぶあの声と、暖かなあの光です。
     あの声の主のところへ、あの光のところへ行きたいという気持ちが、俺を突き動かしていました」
     そう語るリンクの、両の眼に宿る光の眩さを、ゼルダも真っ直ぐに見つめ返した。
     ゼルダにとっても、リンクは光だった。かつても今も、そして、これからも。
    「貴女がハイラル城にいて、俺を待ってくれているのだと分かっていたから、俺はハイラルのどこへでも行けました。
     だからこの家を貴女にもらって欲しいというのも、同じことです。
     俺はただ、貴女のいる場所を分かっていたい。貴女は俺の道標だから。いつか、自分がそこへ──貴女のいる場所に帰るために」
     結局は、自分のためなんですよと、そう言いながらリンクが目を細めて嬉しそうに笑うから。
     結局のところゼルダは折れて、「……では、改めて、ありがたく、頂戴します」と言うより他はなかった。

    「帰って来るたびに、ウツシエが増えていきますね」
     ひとしきり食事を終えたリンクが、リビングに飾られたウツシエを見て、独り言のように小さく呟いた。腹がくちくなって人心地ついたのか、改めて家の内装の変化に気づいたらしい。そんなリンクを見つめて、ゼルダは小さく笑みをこぼした。
     先のリンクとのやり取りで、何となく気分が高揚していたゼルダは、一つ一つのウツシエの前に立ち止まっては食い入るように見つめていたリンクに、ウツシエの説明をした。リンクは黙ってゼルダの話に耳を傾けていたが、次第にその表情がどことなく憮然としているように見えて、ゼルダは首を傾げた。
    「どうかしたのですか?」
     ゼルダの問いかけに、リンクは困ったような、いたずらが見つかってしまった子どものような表情をした後、「いえ、ただ──」と口ごもりながら口を開いた。
     続きを促すように言葉を待っているゼルダからほんのわずかに視線を外し、リンクは観念したように口を開いた。
    「俺の知らない貴女の時間が増えていくな、と思って」
     思わず漏らしてしまったリンクの本音に、ゼルダは一瞬驚き、そして、満面の笑みを浮かべた。
    「それが名残惜しいようなら、今度はもっと早く帰って来るか、私について来て下さい」
     いたずらっぽく告げたゼルダの言葉に、リンクもつられるように、大きく破顔した。
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    四 季

    DONEリンクが姫様に自分の家を譲ったことに対する自分なりの考えを二次創作にしようという試み。(改題前:『ホームカミング』)
    帰郷「本当に、良いのですか?」
     ゼルダの問いかけに、リンクははっきり頷き、「はい」と言葉少なに肯定の意を示した。
     リンクのその、言葉少ないながらもゼルダの拒絶を認めない、よく言えば毅然とした、悪く言えば頑ななその態度が、百年と少し前の、まだゼルダの騎士だった頃の彼の姿を思い起こさせるので、ゼルダは小さくため息を吐いた。

     ハイラルを救った姫巫女と勇者である二人がそうして真面目な表情で顔を突き合わせているのは、往時の面影もないほど崩れ、朽ち果ててしまったハイラルの城でも、王家ゆかりの地でもなく、ハイラルの東の果てのハイリア人の村・ハテノ村にある、ごくありふれた民家の中だった。
     家の裏手にあるエボニ山の頂で、いつからか育った桜の樹の花の蕾がほころび始め、吹き下ろす風に混じる匂いや、ラネール山を白く染め上げる万年雪の積もり具合から春の兆しを感じたハテノ村の人びとが、芽吹の季節に向けて農作業を始める、ちょうどそんな頃のことだった。ゼルダの知らないうちに旅支度を整えたリンクが、突然、ゼルダにハテノ村の家を譲り、しばらく旅に出かける──そう告げたのは。
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