AWAY,AWAY,AWAY from HOME グレイグ2日目2日目
昨日と同じ時間にコテージの玄関の呼び鈴を鳴らすと、昨日と同じ、いやそれ以上に不機嫌そうな金髪の男が出迎えてくれた。
愛想よく迎えてくれるとは思っていなかったが、来訪者を迎える際にその顔は如何なものか。
まあ、ドアで挟まれないだけ昨日よりましだと思おう。
「昨日は急なことであまり食材を買って来られなかったからな」
途中のスーパーで買ってきた食材の紙袋を抱えて、キッチンへ向かう。
冷蔵庫やパントリーへ買ってきたものをしまっていると、ふと視線を感じた。
キッチンの入り口に視線をやれば、そこに立つ金髪男がこれでもかというくらい眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
「昨日の食事はどうだった?」
そんな金髪男に、通じないと知りつつも声をかけてみる。
「フルコースとはいかないが、そんなに悪くもなかっただろう?」
男が不機嫌そうに何か言葉を返してきたが、全然わからない。
分からないが、昨日の夕食は完食していたし、食事に関する苦情ではないだろう。
おそらくは今日も期待していたようなメイド服の娘が来なかったことへの苦情なのだろう。
「気持ちは分かるぞ、制服は男のロマンだからな。何を隠そう俺もバニーちゃんが好きだ。
だがうちはあくまで『家政婦紹介所』であってメイドでムフフなことをするお店ではないのだ。
もしそれを期待しているのならば、他をあたってくれ。なんなら紹介するぞ。
ああ、だがそういうところのメイドは、食事の準備や洗濯はしてくれないぞ」
食材をしまい終わったところで、荷物からエプロンを出す。
と、それを見ていた金髪男が眉間に皺を寄せたまま、また何か言った。
「これか?かわいいだろう。俺がデザインしたんだ」
気に入ったならひとつ事務所から持ってこようか、と続けようとしたが、金髪男は俺の横を通り抜けて冷蔵庫の中を覗き込んだ。
「今夜のメニューが気になるのか?今日はキノコのシチューにしようかと思っている」
その背中に向かって声をかけてみたが、冷蔵庫を覗き込んだまま金髪男は振り向かない。
「なにがそんなに気になるんだ?何か食べたいものでもあるのか?」
やはり金髪男は振り向かない。独り言だと思われているのだろうか。
「それじゃあ俺は掃除と洗濯を済ませてくるからな。昼食はそのあとで」
振り向かない金髪男に一応報告してキッチンを出て行こうとしたところで、背後から声をかけられた。…と、思う。多分。
振り向くと、金髪男がなにか言いたそうな顔でこちらを見ていた。
やはり自分を呼んだらしい。
会話が成立しないのはまぁ仕方がないとしても、相手を呼びたいときにそうと分かる言葉がないと流石に不便だな。
「グレイグ、だ」
自らを指してそう告げると、金髪男は困ったような顔をした。
何を言っているかわからないと言いたいのだろう。
そうじゃない、これは俺の名前だ。
もう一度、自らを指して同じ言葉を繰り返す。
二回目でようやく金髪男は俺の言いたいことが分かったらしく、小さな声で「グレイグ」、と呟いた。
そう、それが俺の名前だ。
「お前の名は?」
何故か居心地が悪そうにしている金髪男を指さし、首を軽くかしげて見せる。
自分の言いたいことを理解したのか、少しだけ逡巡してから、金髪男は小さな声で
「ホメロス」
と、言った。
「ホメロスか。良い名だな」
なんだかとても、いいことを教えてもらった気がするのは何故だろうか。
ホメロスが早速グレイグ、と俺を呼んだ。
続けて何か言われたが当然わからない。
首をかしげて見せると、ホメロスは近くにあったメモ帳を手に取って、そこに絵を描いた。
「甘いものが欲しいのか?」
メモを手に頷いて見せると、ホメロスは本当に分かったのか、とでも言いたげな顔をしていた。
「ホメロス。大丈夫、わかったぞ。明日買ってくる」
何故か楽しい気分になって、俺はメモをポケットにしまった。
隣で不安そうな顔をしている金髪で細い目のこの男の名前は、ホメロス。
甘いものが欲しいそうだ。
なんだかとても、いいことを教えてもらった気分だ。