albatrossあの鳥は、お前に似ているな。

その大きな翼は愚かしさの象徴、
あるいは希望の象徴。



「鳥？」
自分より位の高い重装兵の兵装に身を包んだ目の前の男が食事の手を止めて不思議そうな顔をする。
「そうだ、先日の演習の時に海辺で見た大きな鳥だ」
「大きな鳥…カモメ…ではないよな。いたか？」
首をひねり、手にしたパンをちぎって口に放り込んで租借しながら考え込んでいる。
まったく、あれほど常日頃から周囲に目を配れと言っているのに興味のないことは全く覚えていないらしい。
「まぁいい。で、その鳥がどうしたって？」
「あの鳥、ホムラの方では『アホウドリ』と呼ばれているらしい」
「阿呆…」
男の手が再び止まり、眉間に僅かに皺が寄った。
「…いくら鳥相手と言えども、随分な言い様だな」
「警戒心が薄く、容易に捕らえられることに由来しているらしい。
図体ばかりでかくて、思慮に欠けるどこかの誰かさんのようだな」
誰とは言わないが、と男の目を見て言い放つと、彼は　むぅ、と唸って黙り込んでしまった。
「いやしかしだな、人を疑わないと言うことが必ずしも悪いことだとは俺は思わないぞ」
「そのせいで絶滅しかけていても？」
「……」
「誰も彼もが善人ではない。誰彼構わず信じていては足元を掬われるぞ。
少しは疑うということを覚えろ。
ちなみに、あの鳥は勢いよく羽ばたいて崖に激突して絶命することもあるそうだ。
後先考えずに突っ走る誰かさんに本当によく似ている」
間髪入れずに返すと、男はまた　むぅ、と黙り込んでしまった。
「…しかし阿呆ではあるが、船乗りの間では重宝されているらしい。
幸運を運ぶ縁起がいい鳥だと。
大きな翼を広げて何時間でも飛んでいられるらしい」
だから、と続けようとした時、食堂の入り口の方で男の名を呼ぶ声がした。
「おっと。上官殿がお呼びだ」
男は慌てて残りのパンを口に詰め込んだ。
「先に行く。また後でな、ホメロス」
ああ、と返す男は慌てて席を立った。と、思ったら再び席についてこちらに向き直った。
「俺がアホウドリなら、お前は白鳥だな」
「は？」
唐突な言葉に思わず間抜けな声が出てしまった。
「見てくればかり気にして見えないところでは無様だとでも言いたいのか？」
「なんでそうひねくれたことばかり思いつくんだ…
そうじゃない、お前は人前ではいつもなんでも簡単にやってのけてすました顔をしているが、
人の見ていないところでは努力と研鑽を怠っていないということだ」
「……」
遠くからもう一度大声で男を呼ぶ声がして、男は大きな声で返事をしてから今度こそ席を立って走っていった。



















（…随分と昔のことを思い出したな）

船上から大海を見渡せば、少し離れた空を征く鳥の影が見える。
あれはあの鳥だろうか。それともほかの？

その大きな翼に死者の魂を乗せていると言われているあの鳥。
あの鳥ならば遭遇すれば嵐が来ると言われている。
射ち落せば呪われるとも。
そして射ち落した者は罪の証にその亡骸を首にかけられる。
決して外すことの許されない罪の証だ。

なあ、グレイグ。
大きな体を持ち、愚鈍で、希望であり同時に呪われているグレイグ。
言っただろう、教えただろう、あの時。
信じるなと。
足元を掬われるぞと。
私のことを見えぬところで何をしているか分からないと、そう感じていたのだろう？
珍しく分かっていたじゃないか。

空を見渡すが、嵐の気配はない。
鳥の影は見えなくなった。



なあ、グレイグ。
大きな体を持ち、愚鈍で、希望であり同時に呪われているグレイグ。

お前はこれから、
左の翼には死者の魂を
右の翼には希望を抱き

ひとり、大空を征くのだ。