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    おはぎ

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    おはぎ

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    Webイベ「GGD.AUTUMN」展示作品でし!
    お読み頂いてありがとうございました!

    ⚠注意 以下の要素を含みます!
     ・ご都合術式
     ・教師生存if
     ・オメガバース(Ω×α)※一部独自解釈
      直接の性描写はありませんが、匂わせてはいますので苦手な方はご注意ください

    感想等頂けますととっても嬉しいです!
    https://odaibako.net/u/ohagihakuroneko

    #夏五
    GeGo
    ##GEGODIG.

    ニアリーイコールアイ「――っふぅ、は、っ」

     じっとりと汗ばんで蒸気した頬に張り付く艶やかな黒髪を、優しく外しながらそっと手を添える。少し体温の低い僕の手が気持ち良いのか、自身の熱を逃すようにその手に擦り寄ってきた。艶めかしい様子に自然と喉が上下するのを感じ、細く吐く息に昂まる熱を混ぜて懸命に理性を繋ぎ止める。
    「大丈夫? 今回の結構辛そうだね、早く薬効いてくるといいけど」
    「さ、とる、ゴメン、こんな、」
    「なーんで謝るのよ、仕方ないでしょ傑のせいじゃないよ」
     ふらふらと僕の部屋に来たかと思ったら、いきなりせっせと洗濯物を漁るから何かと思ったけど、どうやら前兆が出ていたらしい。いつもきっちり傑は管理していたから油断したなぁ、ちゃんと周期気にしてあげなきゃいけなかったのに。
     僕のベッドの上で、僕の服やら下着やらに埋もれながら浅い呼吸を繰り返す恋人に、胎の底から欲が込み上げる。心配をかけないように口内の内側を強く噛みその痛みで気を戻す。そろそろ口の中血だらけだな、一回治してもいいかもしれない。
     ここ最近のヒートはここまで酷くなかったのだが、連日の任務によるストレスが原因なのか今回はいつになく辛そうだった。普段なら頓服薬を服用すれば落ち着いてくるはずが今回は中々治らない。
    「はっ……さと、る、悟、」
    「はいはいここに居るよー、ちょっと今ハグは出来ないから、背中さするだけで我慢してね」
    「ん、すまな、もうちょっと、」
    「うん、傑も辛いよね、大丈夫だよ」
     番を持たないΩはとりわけヒートが強く起きやすいというのは義務教育でも習うことだ。第二の性について社会の理解が進み、薬を用いながらも上手く付き合う人々が増えたため実生活に影響が出ることは少ない。とはいえ、この辛さはαの僕には真の意味で理解出来ないことが歯痒い。
    「……早く落ち着くといいね」
    「ん、落ち着いたら、悟のこと、めちゃくちゃにするから、ね」
     潤んだ瞳で、僕の服に埋もれながらそんな愛の言葉囁かないで欲しい、我慢できなくなっちゃうでしょうが。僕の服で深呼吸しといてさぁ、もう!
    「……早くしてくれないと僕がおかしくなっちゃいそう」

    ――僕達は正真正銘の恋人同士であり、αとΩの愛し合う者同士なのだが、番ではない。
     これは僕達がへのささやかな抵抗をするお話。


    ◇◇◇


     同じ学舎で苦楽を共にし、同じ特級として呪霊と対峙していた僕達が互いに惹かれ合うのに時間はかからなかった。これまでの人生の中で、同じ目線で世界を見る戦友に出会ったのは初めてだった。初めて心から分かり合える相手を見つけたと思ったし、それはきっと傑も同じだったのだと思う。
     僕達はすぐに友達になり、親友になり、そしてさらにその先を望むようになっていった。お互い照れ臭くて口に出さなかったけれど、多分二年になる頃には惹かれ始めていたと思う。

     でも、僕達の鮮やかな青い春が続くことを世界は許してくれなかった。まるで呪霊を祓う呪術師としての生を全うしろ、お前たちに普通なんて訪れないって見せつけるみたいに、あの夏は僕達に影を落とした。
    天内の死、灰原の死、多感な十代には何ともキツい現実を突きつけられて、僕も傑も硝子もみんな大人にならざるを得なかった。
     それまでずっと一緒に過ごしていたのに、嫌な記憶に触れないように僕達はお互い接触を避けるようになった。僕はあの頃、同じ過ちを繰り返してたまるかと強さに固執していたし、何よりどんどん強さを実感する度に、まるでゲームのレベル上げのように面白いぐらい強くなる自分に酔っていた。いやー今思うと青くてこっ恥ずかしいねぇ。ガキだったから、その裏で傑があんなに思い詰めてるなんて知る由もなかったんだ。


    ◇◇◇


    嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ
    傑に限って絶対に有り得ない
    あの真面目ぶったアイツが、正論野郎がそんなことするはずが無い

     背中に流れる嫌な汗を振り払うように、足を動かす。真っ暗な廊下に、医務室のドアから漏れる明かりを見つけて勢いよく駆け込んだ。
    「――っ傑!」
    「五月蝿い五条、今眠ったところなんだ、起こすなよ」
     勢いよく開いたドアと俺を一瞥し、硝子が落ち着いた様子でカーテンに手をかけた。
    そこには眉間に皺を寄せながら眠る傑が静かに横たわっている。
    「硝子、傑が非術師を手にかけたって、」
    「落ち着け、正確には殺してない、まぁ向こうは重症だがな」
    「傑が、なんで、」
     興奮するな、という目線を送りながらゆっくりとカーテンを閉じて硝子が近場の椅子に腰掛けた。向かいの椅子に座るよう促され、仕方なく腰を下ろす。
    「……術師の双子が迫害を受けてた。今回の呪霊に関係無かったんだが、村人の思い込みによって暴行を受けていたらしい」
     その子供は今高専で保護されてる、と硝子が淡々と状況を説明する。言っている事は分かるのに理解ができない。
    「でもなんだって、そんな……弱者を守るって言ってた癖に……」
    「そんなこと私が知るか、こいつが起きたら聞くしかないだろ直接」
     だが、と硝子が一つ大きく息を吐き、奥歯を強く噛み締めながら静かに吐き出す。
     
    「今回のことで夏油は呪術規定に抵触したと判断された。……このままいけば処刑対象になる」
     
     バンッと勢いよく立ち上がり椅子が倒れる。カッと頭に血が昇りそれどころでは無い俺は、硝子の胸ぐらに掴みかかった。
    「んな馬鹿なことあるかよ! 誰も死んでない、それに術師のガキ迫害してたのは向こうだろうが!!」
    「私に怒鳴るな! 私だって納得してる訳ないだろ!!」
     普段硝子が見せたことのない剣幕に、コイツも俺と同じ思いなのだと気づきゆっくりと手を離す。重苦しい空気が漂う中、夜蛾先生が上層部に掛け合ってるらしい、と硝子が教えてくれた。

     少しずつ冷えてきた頭で、俺に出来ることを考える。俺が今、傑のために出来ることはたった一つだった。
    「俺が止める」
    「は? お前、何言って」
    「忘れたのかよ硝子、俺五条家の当主だぜ。こういう時に権力使わねーでどうすんだよ。……絶対俺が何とかする、傑は死なせない」
     強さに固執して術師としての圧倒的な力を手にし、同時に呪術界での立場を必然的に確立してきた俺が出来ることは、その権力を使うことぐらいだった。
     ――何が最強だよ、いくら強くたって親友の心一つ守れないくせに。
     
     傑はこういうの嫌いかもしれない、けど、ムカつくジジイ達を黙らせるにはこれが手っ取り早いんだ。全員跡形もなく消さないだけ褒めてくれるだろ?



     夜蛾先生が戻ったら状況を確認して、五条家のルートから俺が掛け合おう。それまでは下手に傑に手出しさせない為にもこの場を離れない方がいいと判断して、硝子と共に夜蛾先生を待つことにした。
     一息ついた時、ふと疑問がわいてきた。傑が非術師を手にかけなかったのは不幸中の幸いだったが、あの傑が本気でキレていたとして、そんな事あり得るのだろうか? あのゴリラが?
    「傑が本気でキレたのに死者出なかったのは奇跡じゃね? 何コイツいい子ちゃんやり過ぎて腕鈍ったか?」
    「……ヒートが始まってたからだ」
    「……はぁ?」
     硝子の言葉が上手く理解できずに聞き返す。え、ヒートって、あのヒートか? いやいや、だってそれって。
     
    「夏油はΩなんだよ。これまで薬でしっかりコントロールしてたからな、気付かなくても無理はない」

     え、いやいや。あのゴリラがΩな訳ないだろ。だって今までずっと一緒に居たけどそんな素振り一度もなかったし、普通に過ごしてただろ。
    「嘘だ、傑は俺と同じαだろ。だって、傑は俺と同じ特級だし、めちゃくちゃ強いじゃんか」
    「第二の性は身体的能力差に関連しないと立証されてる。五条と同じくらい強いからと言って、Ωじゃないとはならないんだよ」
    いや、でも、もし傑がΩだったとしたって。だって、だってさ。
    「……俺、知らなかった」
    「……五条には言えなかったんじゃないか? お前は何でも夏油と一緒にしたがっただろう。そんなお前には言いたくなかったんだろ」
     二人で最強って喜んでるお前には、そう言われて俺は唇を噛んだ。何だよお前、全然俺の事信用してないのかよ、ふざけんな。何でもかんでも一人で抱えて仕舞い込んで。
    「……んだよ、それ。俺って全然信用されてねーじゃん」
    「そういうことじゃないだろ、」
    「そういう事だろ、硝子は知ってて俺は知らない。それが全てじゃん。俺がそんな事で態度変えると思ってんのもムカつくんだよ。んな事如きで、お前の強さが変わるわけじゃねーだろ」
    「……そういうことは直接話せ。夏油も五条も大事なことは一切言わないだろ。格好悪くても痛いとこまで、汚いとこまで腹割って話すのが親友だと私は思うけどね」
     ガラッと扉が動き、夜蛾先生が帰ってきた。俺は上層部が今すぐにでも傑を処刑しろと騒いでることを聞き、医務室を飛び出し、滅多にかけない本家の番号に電話をかけ、急ぎ上層部に掛け合う旨を伝える。
     高専生としてではなく、五条家の当主として赴く為に一度本家に帰り身支度を済ませよう、こういうのはハッタリ効かせる方がいい。
     先程まで感じていたモヤモヤとした思いには蓋をして目の前の事に集中する。傑が俺をどう思っていようと、俺がやるべきことは何も変わらないのだから。


    ◇◇◇


     いつ来ても辛気臭い真っ暗闇の空間に一人立ち、周囲からの視線を受け止める。暑苦しい着物など今すぐ脱ぎ去りたいが雰囲気作りのためだ、仕方ない。
    「我々を呼び出したのは、まさか夏油傑の件ではないだろうな。あれは呪術規定を犯した、処刑は決定事項だ」
    「まぁまぁ、今回は高専生ではなく五条家の当主として来ているんです。そう頭から否定することは無いんじゃないですか?」
    「――若造が、舐めた真似を」
     煮えくりかえる腹とは反対に冷え切った頭でジジイ共をどう丸め込むか考える。
    「彼奴はその力を非術師を皆殺しにする為に行使したのだぞ、言い逃れの余地は無い」
    「違いますよ、正確には誰一人死者は出ていない、暴行はしましたがね。それに、元凶となっていた呪霊もしっかり祓っています、今回夏油に課された任務は遂行している。それで処刑はあまりに重い処置ではないでしょうか?」
     はっ、と鼻で笑うのがわかる。若造が何も分かっていないと思っているのだろう。好きなだけ侮っていればいい、お前たちのその慢心こそが自分達の首を絞めるのだから。
    「だが、お前も今口にした通り非術師に危害を加えたことは事実だ。そんな危険分子を生かしておくことはできない」
    「うーん……確かに、皆さんのご心配もご尤もですね。――ですが、彼の術式をお忘れですか?」
     ぐっと言葉に詰まるのが分かる。俺はとぼけたまま、つらつらと言葉を続ける。
    「呪霊操術は過去にも殆ど例が無い珍しい術式です。そんな彼が胎に呪霊を抱えたまま処刑された時、それらがどうなるのか誰も予想ができない」
     これまで勢いよく声を上げていた癖に、急に弱気になったのか声が止み始めた。さらに畳み掛ける。
    「ですが、確かに非術師に危害を加えた夏油をそのまま生かしておく訳にはいかないかもしれませんね。皆様のうち何方が対応されますか? 当然並の術師では対応出来ないでしょうから、皆様のお力をお借りする必要がありそうですね」
    「……それこそ、五条、貴様が対応すべきだろう」
    「私のような若輩者ではとてもとても、力不足かと。それに私は夏油と親交がありましたから、そんな私が処刑担当では皆様も安心出来ないでしょう」
     傑の嘘くさい笑みを真似てにこりと笑ってみせる。お前達に傑が殺せる訳がない、そんな度胸も能力もある訳がないのは分かりきっているんだから悩むフリなんてするなよ、反吐が出る。
     一つ大きく息を吐き、まるでジジイ共を案じるかの様に、本題に切り込む。
    「ですが、皆様にご対応頂いたとしてもリスクは消えませんね……。ではどうでしょうか? そんなリスクを冒すくらいなら、彼を監視しながら有効活用しては?」
    「……監視だと?」
    「はい、彼を処刑するにしても手がかかる、それならばいっその事私が監視下に置くというのは。もしもの時にも、私なら対応できます」
     ジジイ共も馬鹿じゃない、寧ろ俺しか対応出来ない事は分かりきっている。だが俺はこの方法でなければ協力しないと宣言したも同然だった。文句を言いながらもこの結果に収まるかと思われた時、ジジイ共の一人が声を上げた。
    「それだけでは拘束力が弱い。五条、貴様が監視するというのならば夏油と番え」
    「……は?」
    「夏油は確かΩであろう。ならばαのお前と番えばより強く管理出来るではないか。それに万が一子を成したとしても特級同士だ、五条家もこの際家柄なんぞ気にせんだろう」
    「もし五条家がごねるようなら別に妻を娶れば良い。所詮は管理の為の番だと言えば話も通るだろう」
     そうだ、それがいいと次々に下世話な声が響く。番になればΩはαの言う事を何でも聞くと思ってるのか、そんなものは迷信であり何の拘束力も持たない事は今時小学生でも知っている。しかし、このジジイ共は愚かしくもその迷信を信じ込んでいる、ここに漬け込んで傑と番になれば、それが一番確実に傑を守れる。

    ――そう頭では分かっているのだが、これまで抑え込んでいた怒りが喉元に込み上げてくる。腑が煮えくりかえるとはよく言ったもので、胃が捩れて胃液が上がる様な気さえした。

    「――これ以上俺達を侮辱したら今すぐその喉を掻き切るぞ」
    「……何だと? 貴様、今何と、」
    「私が正気でいるうちに提案を受けたほうがいいと言ったんです。これでも譲歩してるんだ、あまり調子に乗らない方がいい」
     最早自分がどんな顔をしているかなんて分からなかった。急に態度を変えた俺にジジイ共は警戒した。
    「若造が舐めた口を」
    「皮肉ですね、こうして私が今冷静に皆様と話をしているのも夏油が私に人としての道理を説いてきたお陰ですよ。あ、ということは、皆さんは夏油に命を救われたことになりますねぇ」
    「黙って聞いていれば、いい加減に、」
    「そうじゃなきゃ、今すぐお前ら全員殺してるっつーの」
     隠しもしていない殺気をようやく感じ取ったのか、ジジイ共が黙り始める。
    誰一人声を出さなくなったのを確認して、俺は結論を告げた。
    「では、皆様異論無いようですので、夏油傑については私が監視下に置くと言う事で」
     はい、ではこの場は解散です、と一方的に告げ帰ろうとした時、負け犬が捨て台詞を投げてきた。

    「……いつまでもお前の思い通りになると思うなよ」

     恨みがましい視線を無視して辛気臭い場所を後にする。負け犬が何と言おうと気にならない。それよりも、この状況を夜蛾先生や硝子に伝え、今後の対応について作戦を練りたかった。
    ――傑とも話をしなければ。


    ◇◇◇


     後始末を終えて高専に戻った頃には、薄らと外は白み朝日が覗いていた。その足で医務室に向かうと、昨晩のまま待っていた夜蛾先生が出迎えてくれた。
    「悟、戻ったか」
    「あぁ、硝子は?」
    「硝子は一度部屋に返した。アイツも傑の手当で力をかなり使っていたからな。休めたかは分からんが……」
     充血した瞳と薄らと浮かんでいる隈に夜蛾先生の疲れを感じる。傑が担ぎ込まれてすぐ上層部の説得に向かい、そのまま待機していたのだ、無理もなかった。
    「そっか、分かった。……硝子にも後で話すけど、話しつけてきたよ、傑は便宜上俺が監視するって事にした。って言ってもただ一緒に過ごすだけじゃ流石に納得しないだろうから、何かしら縛りを設けることにはなると思う」
     まさか処刑宣告をこんなにあっさりと取り下げさせると思っていなかったのか、夜蛾先生が眼を見開いた。だけど、すぐに辛そうな申し訳なさそうな顔をして目を伏せる。この人は何だかんだと俺たちに甘くて、大人びた事を言うと決まって寂しそうな顔をした。
    「……そうか、分かった。だが悟、お前かなり無理を通しただろう、お前は大丈夫なのか?」
    「なんて事ないよ、あんな連中。あの椅子にしがみ付く事しか考えられない様な奴ら怖くも何とも無い」
    「……あまり無理はするなよ、狡猾な大人は何を仕掛けてくるか分からん。傑や硝子だけじゃない、悟も俺の大事な生徒なんだ、お前にとっちゃ力不足に見えるかもしれないが少しは頼れ」
    「……おう」
     ポン、と頭に手を置きながら、宥めるように抱きしめられて緊張が解れる。上層部との交渉からずっと張り詰めていた緊張が抜けていく感じがした。

     ギシ、とカーテンの向こうで身じろぐ音がする。急いで駆け寄りカーテンを引くと、目を覚ました傑の姿があった。
    「……傑! おい、分かるか」
    「……っん、さ、とる、」
    「硝子に伝えてくる。悟、無茶するなよ」
     夜蛾先生が小走りで部屋を後にする。残された俺は傑の意識がはっきりするのを待って声をかけた。
    「傑、大丈夫か」
    「……私、あれ、何で高専に、」
    「お前、任務先で暴れまわって担ぎ込まれたんだよ」
    「――っ! あの子達は、あの女の子達はどうなったんだ!」
     勢いよく飛び起きた傑が縋るように俺の腕を掴んで必死に問いかける。傑の手にゆっくりと触れながら、鎮めるようにその手を解いてやる。
    「落ち着け、大丈夫だ。二人は高専で保護してる」
    「……そうか、良かった、」
     一気に緊張が解れたのか、傑は崩れ落ちるようにベッドに身体を沈める。ギシリとパイプが軋む音より小さな声で、当たり前のように「それでいつだ」と呟いた。
    「……いつって何がだよ」
    「私はいつ処刑になる?」
    「は? 何言ってんだよ、なる訳ないだろ」
    「非術師をあれだけ手にかけたんだ、処罰対象になって当然だろ」
    「……お前は誰も殺してないよ」
    「は?」
     非術師は誰も死んでないんだ、ボコボコにはしたみたいだけどな。不幸中の幸いだ、そう思って伝えたのに傑は酷く傷つき泣きそうな顔をして自嘲気味に笑い出した。ベッドに力なく横たわりながら乾いた笑いを出す傑は痛々しくて、俺はきっと何かを間違えてしまったのだとこの時初めて悟った。
     なんだよ、なんでそんな顔するんだ。お前はもっと暑苦しく笑うじゃん、何傷ついた顔してんだよ。
    「……そうか。私は、猿でさえ殺せなかったのか。ふふっ、本気だったんだけどな。でも、こんなことをしでかした私を生かしておくなんて、上層部は気でも触れたのか」
    「俺が阻止した」
    「……」
    「俺が上層部に掛け合って、処刑は無しにした。その代わり、傑は俺が監視するって事にしたんだ。どうせアイツらじゃ傑を殺せないし」
     ジジイ達黙らせんの大変だったんだから今度なんか奢れよ、と言おうとして、傑の顔を見た瞬間にそんな言葉は喉元で消えてしまった。


    ――傑が明確な憎悪を湛えた目で真っ直ぐ俺を見ていたから。


    「……す、ぐ」
    「――今すぐ殺せよ、この場で、今すぐに!!」
    「何言って、」
    「君はどこまで私を馬鹿にすれば気が済むんだ」
    「馬鹿になんてする訳ない、俺はただ傑を守りたくて」
    ? 悟、君にとって私は庇護対象なのか。五条の力や無下限に守ってもらわないといけない程弱いのか」
    「違う、違うだろ、何訳わかんねーこと言ってんだよ」
    「違くないさ。君は、親友だ何だというけれど、私の事を、いや自分以外の人間を下に見てるんだよ。自分にはできても、他人には無理だと言わんばかりに」


    「君のその無垢な傲慢さが、私は堪らなく嫌いだった」


     そうはっきりと、俺を睨みつけながら傑は言った。


     俺が傑を下に見てる?
     傑は俺と同じ特級で、組手も互角で、他の弱ぇ奴等と違って、オレと……俺と同じとこに立ってるって、そう、思ってた
     それなのに、いつから傑は、そんな目で俺を見るようになったんだ?
     いや、いつから俺は傑の目を見てなかったんだ……?
     お前はいつから笑わなくなった……?



    「――夏油! お前、目が覚めたのか!」
     勢いよく医務室の扉を開けて硝子が駆け込んできた。だが、俺達二人の間に流れる張り詰めた空気を察したのか一歩引いたところで立ち止まる。
    「……硝子、すまない面倒をかけたね」
    「あぁ……全くだ、心配かけんな。それより、邪魔したか?」
    「いや、もう話すことはないよ、何も」
     全く俺の方を見もせずに硝子に言うと、後から来た夜蛾先生にも申し訳ない、といつもの優等生ヅラで話始めてしまった。さっきまでの張り詰めた憎悪などまるで無かったかのように。
     だがその間、一度たりとも傑が俺を見ることはなかった。


    ◇◇◇


     傑が任務先で事件を起こしてから二週間、高専内はいつもの慌ただしさを取り戻していた。あの後、傑が夜蛾先生に何を言ったのか知らないが、アイツは呪力を制限する呪具を常に身につけている。任務先でも事前に登録した呪霊以外は使えない様になり、その代わり、傑本人が呪霊と対する為に長ものの呪具なんかを持ち歩く様になった。そして当然、呪霊の新たな取り込みも今は禁じられている。
     俺は、あの日以来まともに傑と話をしていない。お互い任務で忙しい事もあるが、あんなに一緒に過ごしていたつもりでも、自分から会いに行かないとこうも会わないものかと少し落ち込んだ。
     

    「……なぁ硝子、最近傑元気してるか知ってる?」
    「何で私に聞くんだよ、自分で確かめてこい。お前ら寮一緒だろ」
     任務終わりに立ち寄った自販機前で硝子とばったり会った。最近は単独任務が殆どで授業もあまり無いため、硝子に会うのも久しぶりだ。
     硝子なら経過観察とかで傑に会うかもと聞いてみたのだが、俺達の微妙な関係に巻き込まれたくないと教えてはくれなさそうだった。
    「傑に会ってないんだよあの日から……俺も少し、避けてるとこあるし……」
    「少し? がっつり避けてるだろうが、五条も夏油も。……で? 何があったんだよ」
    「え、硝子聞いてくれんの?」
    「……これ以上うじうじされんのが嫌なだけ」
     心底面倒くさそうに煙草を燻らせながら、それでも自分達を案じてくれる同級生に俺はあの日傑に言われた事を話した。
     
    「――だってさー。俺、傑にあんなに憎まれてるとは思わなくて。どうしたらいいか分かんないんだよねぇ」
    「……五条には悪いけど、まぁ夏油の気持ちも、わからなくはないよ」
     俺のおちゃらけた口調を聞いていた硝子は、ゆっくりと煙を吐き出し珍しく言葉を選んでいるのか思案顔で答える。
    「五条は文字通り最強になったんだと思う。だから、実際この世界の殆どの人間はお前に"守られる側"なんだろうな」
     硝子が言いたい事を上手く理解できない。だから何だと言うのだろうか。
    「それは夏油もきっと頭では分かってるんだ。五条は最もコスパの良い手法を取っているだけであって、別に過度に私達を守ろうとしてるわけじゃないってことも」
    「そりゃ俺がやってすぐ解決するならその方がいいだろ。それに硝子はまだしも傑は特別守ってやらなくても自分で何とかできるじゃん」
    「あぁ、私もそう思う。でもさ、夏油は違ったんじゃない?」
    「あ? どういうことだよ、意味わかんないんだけど」
    「だから、夏油はお前がどんどん一人だけ強くなっちゃうような気がしたんじゃないのってこと」
     ……はぁ?
    「……んだよそれ、本気で言ってんのかよ」
    「仮定の話だぞ、直接聞いたわけじゃない。だが、特に夏油は第二の性も相まって、余計"対等でいる事"に意固地になっているのかもな」
     夏油も大概ガキだろ、そんなことおくびにも出さないだろうけど。普段なら絶対にこんな事言わない癖に、こういう時はきちんと言葉にしてくれる硝子に俺は一生敵わないなと思った。
     もし本当に傑が硝子の言う通りの事を考えていたとしたら、俺はアイツにわからせてやんないとダメだ。俺がお前をどれだけ信頼し、どれだけ大事にしたいかって事を。


    ◇◇◇


     ギシギシと木造校舎の廊下が軋む音がする。俺はその音が近づいてくるのを聞きながら、棒付きキャンディをカラコロとわざと音を立てて舐めた。
     傑が廊下の角を曲がり俺を視界に入れる。だが、何もなかったかのように通り過ぎようとした傑を呼び止めた。
    「なーんで無視すんだよ、傑。お前を待ってたのにさ」
    「……そんな所にしゃがみ込んでるからだろう。任務で疲れてるんだ、明日にしてくれ」
    「そう言ってまた俺から逃げるだろ、お前」
     ゆらりと立ち上がる俺を、苛ついた顔を隠しもしない傑が振り返り静かに睨む。
    「逃げてない。話すことが無いだけだ」
    「いーや、あるね。俺にはある」
    「私には無い。もういいか」
    「いいわけねーだろ。お前、勝手に一人で悲劇のヒロインやってんじゃねーよダセェな」
    「?」
     俺の煽りに反応した傑と、あの日以来初めてしっかりと目が合う。傑をわざとイラつかせる様に、くねくねとふざけて見せた。
    「誰も僕のことなんて分かってくれない〜ってか、んなもん言わなきゃ分かるわけねーだろうが。察してちゃんはモテねーぞ」
    「……悟みたいなお子様に理解してもらおうとは思ってない。言わなきゃ分からないような鹿に構ってる暇は無い」
    「おいおい傑クン、ビビってんのか〜? αでサイキョーになっちゃった五条様には敵わないって分かっちゃったのかな?」
    「術式に頼らないと何もできないお前と一緒にするな」
     さっきよりも明らかにイラついているのが分かる。その証拠に、最初は素通りしていたはずが今じゃしっかり俺と正対せいたいしている。
    ここまでは俺の予想通りだ。後は、正直運任せ。口に含んでいたキャンディを勢いよく噛み砕き、傑に言い放った。
    「はっ! そこまで言うならツラ貸せよ。まさかここまで来て尻尾巻いて逃げるような真似しねーよな?」
     あ、硝子に治してもらえるように頼んどいた方がいいんじゃね?反転使えねーんだから。オマケに軽く煽ると、こめかみにばっちり青筋を立てた傑が我先にと窓枠に手をかけていた。
    「……お前こそ、明日の任務は欠席連絡入れておけよ」
     俺達は廊下の窓から直接、深夜の月明かりが照らすグラウンドに向かった。



    「術式はなし、っても傑は使えないと思うけど。正真正銘ガチンコ勝負だ」
    「私は悟と違って実戦において身一つで呪霊と対峙してる。今更ハンデをくれって泣き言はなしだぞ」
    「言ってろ、傑こそリーチの差で吠え面かくんじゃねーぞ」
     静まり返ったグラウンドに、薄らと二人の影が伸びる。傑とガチンコで勝負する、ここまでは決めていたが後はノープラン。でも、俺は今傑と正面から向き合わなきゃ一生後悔すると思ったんだ。だからこっから先は知らねー、なる様になれだ。
     一瞬、この間の傑を思い出し意識が削がれた。その隙に耳元を傑のゴツい拳が空を斬った音がして、反射的に避ける。
    「私と相対してるのに考え事とは余裕だなっ!」
    「――ッとに、俺なんかより全然傑の方が喧嘩っ早いじゃん」
    「術式に頼りすぎて悟の感が鈍っただけじゃ無いか?」
    「お前のその減らず口、二度ときけなくしてやるよ」
     いつもの良い子ちゃんな口ぶりは鳴りを顰め、ヒトの神経を逆撫でする煽り口調が顔を出している。相変わらずすげームカつくけど、傑はそっちの方が面白いよ。俺は今度こそ正面に立つ男にしっかりと向き合い、地面を思いきり蹴った。


    ◇◇◇


    「ッハァ……ハァ……」
    「ハァ……ッ、ハァ……」
     あれからどの位やり合ったのか、始めた頃には真っ暗だった空が少しずつ白み始めていた。最初はお互い間合いを取りながらやってたのに、途中から気にせずガンガン殴り合ったな……。息するたびに骨が軋む感じがする、これは肋骨いってるかも。
     互いに立つ気力も残っておらずグラウンドに伸びているのに、それでも傑は俺の袖口を握り込んだままだ。おいおいまだやんのかよ、体力ゴリラじゃん。
    「ハァ、容赦無く殴りやがって。このキレーな顔抵抗なく殴れんのなんて傑ぐらいだよ」
    「悟だって容赦なくボディ入れてきただろうが」
     少しは男前になったんじゃないか? と言いながら、傑はようやく俺の袖口を離し自分の肋骨を摩っていた。俺も思いっきり入れたからな、骨くらいいっててくれないと立つ背がない。お互いの荒い呼吸だけが明け方の冷えた空気に溶けていく。
     
     ようやく肺が冷えてきた頃、独り言のように傑に問いかけた。
    「……何で黙ってたんだよ」
    「……何が?」
     互いに起き上がる事はなく、空を見上げたまま話し続ける。
    「全部だよ。非術師にムカついてたことも、Ωだってことも、何で俺に黙ってた」
    「……別に、黙っていた訳じゃない。聞かれなかったから言わなかっただけだ」
    「そういうのを一般的には黙ってたっていうんじゃねーの」
    「はっ、まさか悟に一般常識を説かれる日が来るとはな」
    「おい、茶化すなよ」
     傑は押し黙り長い沈黙が落ちる。ざわざわと木々を揺らす風の音がやけに耳に響き、土埃の匂いが混じった早朝特有の澄んだ空気が一帯を包んでいた。
     意を決したように一つ、傑が大きく息を吐く。
    「……あの任務以降、非術師は本当に私達が命を賭してまで守るべき存在なのか、自分の信念としていたものが少しずつ揺らいでしまったんだ」
     ぽつりぽつりと語られる言葉を絶対に聞き逃さないよう、俺は息を顰めて傑の声に耳を傾ける。
    「あいつらは、自分達が守られていることにも気づかずのうのうと生きている猿だ。自分達の作り出した呪いに殺される、自業自得じゃないか、何故私達が命を賭けなければならない。何故、あんな奴らの為に、理子ちゃんや灰原は死ななければならなかったんだ。こんな理不尽な事が許されていいはずがないだろ」
     傑の声が喉につかえてくぐもった音になる。奥歯を強く噛み締めているのか、ぎちり、と音がした。
    「……だがヒートが来るたびに、私も猿同然だと、悟とは違うんだと思い知らされる気持ちだった。バース性は個人の能力に関係ないし、私は術師で非術師とは違うと、頭では理解しているんだ。でも、君が術式の解釈を広げその高みを目指している時、私は望まない熱に浮かされ、猿同然に成り果てる。君は自分の力だけで強くなれるが、私は忌み嫌う非術師の創り出した呪霊に頼らざるを得ない。……どう足掻いても、悟とは違うんだと。お前は五条悟と対等ではいられないと突きつけられるんだ」
     傑は自分を嘲笑うように笑いながら「幻滅しただろう」と呟いた。それまで顰めていた分を一気に吐き出すように大きく息をつくと、肋骨が痛んだ。
     
    「……硝子がさ、宇宙飛行士になるって言ったら、傑はどうする?」
    「……は?」
     急な話題転換に、心底意味がわからないという顔をして傑がこっちを見た。まぁ聞けって、俺も真剣に話してるから。
    「……応援、するかな」
    「だよな、俺も。すげーじゃん、頑張れよって言って終わり」
    「……何が言いたい?」
    「要するにさ、人は自分とあまりにかけ離れた奴にはなんも思わねーってことだよ」

    「俺は生まれた時から特別だったから、俺と並ぶなんてはなから考えねーんだよ普通は。そんなこと考えてんの、今まで生きてきた中でお前ぐらいなんだわ」

    「それってさ、お前だけは、俺の隣に並べるってことなんじゃねーの」

    ――傑だけが、俺の隣を望んでくれんじゃねーの

     横を見なくても、傑の視線が突き刺さっているのが分かる。俺はなんだかだんだん小っ恥ずかしくなってきて傑の方を見れずにいると、隣の空気が静かに震えたような気がした。俺達は身体中の怪我を言い訳に、しばらくそのまま白む空を見上げていた。


    ◇◇◇
     

     俺たちは件の「青春の殴り合い事件」を経て、少しづつ以前のような距離に戻りつつあった。(あの殴り合いの後、校庭に死体が転がってると用務員さんから夜蛾先生に連絡が入り、追加でしこたま殴られたし、硝子には傑の怪我を治してもらうためにしっかり貢物を要求された。その上、素手で殴りあうなんてヤンキー映画の観すぎだと鼻で笑われた。)急にハイ元通り、というわけにはいかなかったが、以前のように互いの部屋を行き来したり、任務へ共に赴くことも徐々に増えた。それは、傑が俺と行動を共にしているときのみ呪霊の新たな取り込みを許可されたからということも多分に影響している。大方、特級呪霊が取り込めれば御の字、もし失敗したり傑がまた離反するような動きを見せたとしても事実俺しか対処ができないし、その対処に失敗でもしてくれれば全部俺に責任押し付けられて一石二鳥、とでも思っているのだろう。あの上層部の考えそうなことは俺も傑も口に出さなくてもわかっていたので、俺たちはここぞとばかりにガンガン等級の高い呪霊の討伐に出向いていた。おかげで順調に傑の手持ちも増えてきた頃だ。
    「今日はどこだっけ?」
    「今日は長野の山村だろう。きちんと資料に目を通しておけといつも言っているじゃないか、何のために事前に渡されていると思っているんだ」
     傑がいつものように小言を言いつつ、補助監督から受け取っていた茶封筒をよこした。最近は文句も言わずに任務に出てるから補助監督からは感謝されまくってる。そのおかげもあってか、近頃は五条さん夏油さんへ、と資料と一緒に差し入れを渡されることも増えていた。
    「あれ、今回は差し入れなしか。んだよ、しけてんな」
    「全く、そんなことに気を取られてないできちんと資料に目を通せ」
    「だって傑が読んでれば大丈夫でしょ、それに俺たちだったら何がきても問題ないって」
    「そうやって慢心していると足を掬われることになるぞ」
    「はいはい分かりましたぁ、気を付けマース」
     全くお前はいつもそれだ、と尚もぶつぶつと呟く傑をスルーして、言われたように資料に目を通す。当初は低級の呪いだったものが突如変異、現在の等級は不明、ね。
    「なぁ~今回の任務ホントに俺たち二人いるか? 傑が取り込んで得するような呪霊でもなさそうじゃん」
    「私も少し疑問だったんだ、何か特殊な出現条件かとも思ったがそうでもない。何か他に理由があるのか?」
     等級が分からないからという意味では理解できるが、万年人手不足のこの業界で明確に特級相当と判明しているわけでもない元低級に特級術師二人の派遣は少し妙だった。資料を再度見返していると、廊下の向こうから夜蛾先生が歩いてくる。
    「あぁ、悟と傑、お前たちもこれから任務か」
    「はい、今日は長野に。お前たちも、ということは先生もですか?」
    「いや、俺がというよりは硝子が呼び出されたんだ。何でも京都の方で呪霊の変異が続いて術師が多く負傷したらしい。硝子一人では狙われたときに対応できないから俺も同行せよとのことだ」
    「あ? そんな話聞いてねーけど」
     そんな大事になっているなら俺のところに情報が入ってきてもおかしくない。だが、五条の家からも何も話が来ていないのは不自然だった。
    「あぁ、確かに少しおかしいと思って向こうにも確認したんだが、極秘の任務だから関係者以外には伝えられていなかった、と言い切られてしまってな」
    「京都のほうで何かあるならウチに話来ないのはいくら何でも無理あるだろ」
    「悟は上層部の方々から毛嫌いされているだろう、それもあって情報が流れてこなかったということはないか?」
    「これも嫌がらせの一環ってこと? 俺が居ないうちに武勲でもたてようって?」
     いまいち腑に落ちない顔の俺を見ながら「硝子が不在なんだから無茶するなよ」と言い残し夜蛾先生が通り過ぎて行った。
    「何だか、腑に落ちないな……」
    「あぁ、んだよこの変な感じ……」
     形容しがたい違和感を抱えて立ちつくしていたとき、遠くからパタパタと駆けてくる足音がした。
    「夏油君、五条君ここにいたのか、早く車に乗ってくれ、任務に遅れるよ」
     黒いスーツに身を包んだ補助監督が俺たちを探しに来た。
    「あぁ、すいません、今向かいます」
    「……新顔か?」
     俺は京都での変異と今回の任務の関連を考えながら、傑の後を追って任務に向かった。

    ――俺はこの時感じた些細な違和感を放置してしまったことを、死ぬほど後悔することになる。


     ◇◇◇


     『――悪天候はこの後も続く見通しで、一部地域には大雨特別警報が発令されており、土砂災害に警戒が――』
     その日は一日バケツをひっくり返したような大雨で、窓の外は強い雨に遮られてほぼ見えず、フロントガラスのワイパーが忙しなく動いている。カーステレオからは大雨の被害を訴えるラジオが絶えず流れ、異様に高い湿度と相まって余計に神経を逆なでした。息が詰まりそうな重苦しい空気に耐えかねた補助監督が吹き出す汗を拭きながら俺たちに話しかける。
    「二人は最近勢力的に任務に赴いてるそうだね、何か心境の変化があったのかな」
     俺のイラつきを感じ取っていた傑が「特段ありませんよ」と適当な返事を返す。俺と傑を一瞥して、傑が返事を寄越したことに気を良くしたのかニヤついた嫌味な視線をバックミラー越しに寄越し言葉を続けた。
    「そうかい? 最近は五条君と一緒に任務にもよく出ているそうじゃないか。やはり、αの近くだと落ち着くものなのかな」
    ――ガンッ
     わざと運転席の背中を思いっきり蹴り上げる。ヒッと小さく悲鳴を上げて補助監督がバックミラー越しに俺の様子を伺う。
    「あぁごめん、足長くって当たっちったわ。つーかさ、くっちゃべってる余裕あんなら早くしてよ。流石にイラついてんだけど」
    「す、すいません。ですが、道が混雑していて……」
    「あ? んなこと俺にカンケーねーだろうが。お前は黙ってお前の仕事してりゃいいんだよ。それ以上無駄口きいてみろ、二度とその口きけなくしてやる」
     帰りは別の奴に迎えに来させようと、高専に残っていたはずの七海に手配するようメールを送る。こいつは速攻京都に飛ばしてやる。
     無言のまま車は走り続け、予定より一時間ほど遅れて現地に到着した。


     降ろされた廃村は数年前に最後の住人が退去してから手つかずのまま、空き家が点在するだけとなっていた。帳が降ろされたのを確認し山道に沿って奥に進むと、廃れたお堂と大木が見えた。
    「ここか、呪霊が確認されたってのは」
    「廃村が近づくにつれ管理が行き届かなくなり、祀られてた御神木が依り代となった、というところかな」
    「……でも、ここ呪霊の気配がまるでないぞ」
     サングラスを外して周囲を見回しても、報告にあったような低級の気配すら見当たらない。それどころか、不自然な程

     
    「……悟、ちょっと来てくれ」
     傑がお堂の方から声をかける。
    「ここ、残穢がくっきり残ってる。最近誰かが開閉した証拠だ」
    「あぁ、この呪符も新しいものだろうな、呪詛師か?」
     お堂の中にある小さな祠には厳重に印の記された札が張られており、それはどれも真新しいものばかりだった。
    「これは報告にはなかったものだ。一度補助監督と合流して確認したほうがいい」
    「あぁーめんどくせぇなぁ、こんな山奥まで来たのに振り出しかよ」
    「何があるかわからない、呪詛師が関わっているならなおさら慎重に行くべきだ」
    「わーってるよ、仕方ねぇから一回引き返すか」
     
     そう言って背を向けて歩き出したとき、呪符に亀裂が走った。

    「……ッ! 傑!!」
     強烈な爆発音とともにお堂が崩れ土埃が舞い上がる。一帯に土埃とは違う煙幕が広がりとっさに口元を覆った。毒、ではなさそうだな。
    「ゲホッ……っおい! 傑、無事か! どこにいる!!」
    「……来るな、悟!!」
     目の端で人の気配を感じ取り急いで駆け寄るが、傑の焦ったような声に足を止めた。土埃が落ち着き、視線の先に目を凝らすとそこにはうずくまる傑がいた。
    「おい、どうした、何があっ――」
     瞬間、脳の中心を鈍器で殴られたような衝撃に息を詰める。全身の血液が沸騰し猛烈に喉が渇くような、今まで感じたことのない感覚に襲われその場に膝をついた。
    「……あ? んだ、これ、何が……」
    「さ、とる、私から離れろ……今すぐ……」
    「す、ぐる、これ、何、」
     訳が分からず傑を見ると、うずくまったまま首の後ろを抑えながら身体を引きずって距離を取る。その仕草だけで、今何が起きているのか説明するには十分だった。


    「――ヒート、がき、た、」


     何で急に、傑は徹底的に管理していたはずなのに、この煙幕のせいか? どうしてこんなところで……頭の中を様々な考えが駆け巡る。だが、今最優先すべきは傑の避難だ。地面に頭を叩きつけ意識を保つ。
    「おい、傑。お前今動けるか!」
     距離をとってうずくまる傑に、残り少ない理性を引き絞って声をかけた。
    「……す、まない、無理だ、」
     荒い息遣いとともに傑の苦しそうな声がする。遠く離れているはずなのに、傑の息遣いが妙に近く聞こえて脳を掻きまわされる感覚に唇を噛みしめる。
     今すぐにでも帳を上げようと近寄るが、何か特殊な縛りがかけられているのかびくともしない。当然外界との連絡も取れない。明らかに詰んでいた。
    「ックソ、完全に嵌められた。帳も上がんねぇ」
     吹き出す汗を拭いながらこの状況を打開する手を考える。必ず何かあるはずだ、必ず。
     のぼせた頭の中に一つの声がこだまする。

     
    『簡単な解決策が一つあるじゃん』
    ――黙れ
    『最も効率的で合理的だ』
    ――うるせぇ、黙れ
    『お前も分かっているはずだ。それが行いだろう?』
    ――黙れ、だまれだまれだまれ

    『『今すぐ番にすれば良い』』

    「ッるせえ!! それだけはあり得ねぇんだよ!!」
     いきなり大声で叫んだ俺を、傑は身体を大きく震わせて伺い見る。その顔には今まで見たことのない俺に対する恐怖と動揺が浮かんでいた。違う、俺はお前にそんな顔させたいんじゃない。
    「わりぃ、ちょっとカッとなった。……帳も上がらねぇとこ見ると、たぶん仕組まれてる。硝子の任務とか、その辺からだと思う」
    「……そう、だな、油断した」
     傑がいつも通りの声色を真似て返す。その声は少し震えていた。
    「……傑、今俺のこと怖いだろ」
    「いや違うんだ、すまない。私もここまで酷いヒートになったのは初めてで、身体があまり言うことをきかないんだ」
     震える身体を自分で抱き込み身を固くしながらぎこちなく笑って見せた。俺は近場の瓦礫を避け地面に術式を描き始める。
    「おい、悟何してるんだ」
    「……お前を外に出す」
    「何言ってる、帳も上がらないんだ無理だろう。迎えが来るまで待てば、」
    「んな悠長なこと言ってられるかよ、あの補助監督もグルだ。たまたま七海に別の迎え寄越す様連絡してっけどいつになるかわかんねぇ。その間お前をずっとそのままにしておけねぇだろ」
    「っ! おい悟、お前血が!」
     俯く俺の足元にぱたぱたと鮮やかな赤い血が落ちた。つんとした感覚がして、自分の鼻から流れ落ちたものだとわかる。
    「あー反転術式でも間に合わないか、それともこの変な煙のせいで術式乱されてるかもな」
     クソ、目の焦点合わねぇ。あとちょっとだけもってくれよ。円形に陣を組みきってからそのまま傑の元に向かう。
    「な、おい、何するんだ、」
    「いいから、ちょっと黙って」
     傑の首根っこを掴んで陣まで引きずる。少し乱暴になるのは許して欲しい、今こんだけ近くにいるのも正直ギリギリなのだ。
    「まだ殆ど使ったことねーし、今俺頭全然回ってねーから失敗したら悪い!先に謝っとくわ!」
    「な、おい、何するんだ」
    「とりあえずは高専に送るから、どこに着くかわかんねーけど、あとはちょっと何とかしてくれ。こん中から出られりゃ傑ももう少し動けるようになんだろ」
     精一杯へらへらしながら傑に説明した。
    「送るって、悟はどうするんだ!」
    「俺は大丈夫だから、」
    「そんな、私だけなんてできる訳が、」
    「頼むから!……頼むから言うこと聞いてよ。俺、今でも正直、ギリギリ正気保ってんの」
     ギラつく俺の目を見て傑が息を呑んだ。ほら、お前もそんなに震えてんじゃんか。
    「前にお前が言ったんじゃん、対等でいたいって。俺も、お前とは横に並んでたいんだよ。こんなクソみたいな呪いに縛られたくねぇんだよ、だから頼む、頼むから、」
     朦朧とした頭で傑に懇願する。こんなバースごときにお前と必死に創ってきた絆を変えられてたまるか。
    「……私は、そこまで言った覚えはないけどね、」
    「ッハ、この状況でそれだけ悪態つけりゃ大丈夫だな」
     無理やり口角を引き上げた不格好な顔で笑う傑も肝が据わってて最高だ。
    「外に出られたら、ちゃんと、迎えに来てくれよ? イイ子で待ってるからさ」
    「わかってる、それまで死ぬなよ、」
     バシュッという音共に傑の姿が見えなくなる。とりあえず、何とか外には出せた、か? 殆ど根性だけで立っていた俺はそのまま後ろに倒れ込んだ。背中に衝撃が走るが指一本動かせそうにない。俺から離れて少しすればあの状態よりは動けるようになんだろ、たぶん。目の前の景色が霞み、徐々に暗くなる。あぁ、落ちる、その直前ふと浮かんだのは、最後の景色が傑の笑顔で良かったなぁなんて、どうでもいいことだった。


     ◇◇◇


     ん、うるせー、なんだ。
     何かすごい騒がしい……、し、眩しい?
    「ん……」
    「! 悟? おい、聞こえるか、悟!」
    「……るせ、」
    「五条、返事をしろ、おい!」
    「聞こえてるっつーの、ちょっと、だまれ、頭いてー、から」
     重い瞼を上げるとそこには、真っ白な蛍光灯の光と、心配そうな顔でのぞき込む同級生たちの顔があった。
    「は、お前ら、すげー不細工な顔してんぞ……ってぇ! 硝子やめろ!」
    「起き抜けに悪口言えるなら大丈夫だな、お前らそろって心配かけやがって。こっちの身にもなれ」
     先生に報告してくる、と硝子は部屋を出て行った。残った傑は硝子と話している途中からベッドに突っ伏したまま何も話さない。
    「……おーい、傑? スグルクーン?」
    「……した、」
    「え?」
    「心配した、もう、悟が起きなかったらどうしようって」
    「遅くなってごめん、」
    「いい、生きてれば、それでいい、」
     何となくそうしたくなって、布団越しに傑の頭をなでるとゆっくりと顔を向けた。目の下のクマやば、酷い顔してんじゃん。
    「もしかしてずっと付いててくれたの」
    「お前が起きないからだろ」
    「俺、どれくらい寝てた?」
    「……3日、くらい、私も寝込んでたから正確にはわかんない」
    「そっか、そりゃ硝子に怒られるわな。後で何か貢がねーと」
     そっと沈黙が募る。緩く撫でていた手を取って、傑がまっすぐ俺を見つめて口を開いた。
    「……あの時、どうして私を番にしなかった? あの場ではそれが最も合理的だとお前が分からないはずがない。それにもし私が抵抗しても、あの状態の私を押さえつけることくらい簡単だっただろう?」
     ……マジ? それ聞いちゃう?
    「俺言ったじゃん、あの時」
    「……」
    「お前の横に居たいって、それだけだよ。ほんとに、それだけ」
     努めて何でもないかのように、素直な気持ちを口にする。だって本当の事だから。
     珍しく素直に言ってやったのに、傑はまた顔を伏せて静かになった。え、無視? この状況で?
    「……意味がないだろ」
    「ん?」
    「お前が死んでたら、意味がないだろう」
     顔を上げた傑の目が少し揺らいで見えて、あ、こいつが泣くのって珍しいな、なんて場違いなことを考える。
    「私だけ生き残っても意味がないだろう。お前が死んだら横に立てなくなる、そんな簡単なことも分からないのかこの馬鹿が」
    「おい、病人に馬鹿はなくね?」
    「大馬鹿だ! 悟が強いことなんて百も承知だが、お前も傷つけば怪我をするし、無茶をすれば死ぬんだぞ」
    「……」
    「頼むから、もっと自分を大切にしてくれ。悟、君がどんなに強くても生身の人間だということは忘れるな」

     無下限と六眼の抱き合わせ、生まれた時から最強で触れることすら許さない。そんな俺に"自分を大切にしろ"だなんて言えるか?フツー。

    「……お前、ほんとそーゆーとこ、」
    「ん?」
    「はぁ、俺はそのままでいいかって思ってたのに。お前が悪いんだからな」
     どうせならもっとちゃんとしたタイミングが良かった。こんな起き抜けでボロボロな状態じゃなく、もっと改まって言いたかったのに。いや、言うつもりなかったんだけどね、俺は。全く分かってない顔の傑に向き合いはっきりと言葉にした。
    「傑、お前のことが好きだ。横に並ぶだけじゃ、親友だけじゃ我慢できない」
    「……は、?」
    「お前を外に出した後、倒れ込んだとき真っ先に思ったことなんだと思う? 最後に見れたのがお前の笑顔で良かったなって思ったんだよね。もうさ、それって愛じゃね?」
    「悟……」
     あーあ、そんな明らかに戸惑ってますって顔されると流石の俺でも傷つくんですけどー。でもお前が悪いんだからな、俺がせっかく見て見ぬふりしてきたのにさ。
    「ま、別に傑とどうこうなりたいって思ってる訳じゃないっていうか、言うつもりもなかったしな。別に今まで通り仲良くやってこーぜ」
     お前が気まずくなんなければだけど、と付け加えるとそれまで神妙な顔をして聞いていた傑がまたベッドに突っ伏してしまった。あーやっぱ、起き抜けにこんな話されてキツかったかなぁ。
    「……傑?」
    「……悟がずっと目を覚まさなかった時、すごく後悔したんだ」
     ぽつぽつと話し始めた傑の言葉を黙って待つ。衣擦れの音すらやけに響くような気がして、俺は身動き一つ取れずにいた。
    「私が自分の道に迷った時、真正面からぶつかってくれて、今一度考えるチャンスを悟は私にくれたんだ。……未だに非術師の事は受け入れられないし、自身のバース性についても納得したわけじゃない。だが、それでも……それでも、悟の隣に立つことが出来るかもしれないと、君は思わせてくれたんだ」
     近くにあった俺の手を傑の手が握り込む。少し人より体温が高い傑の分厚い掌が心地良い。顔はまだ突っ伏したまま、徐々に握る手に力がこもった。
    「でも私が目覚めた時、悟の意識がまだ戻らないと聞いて酷く後悔した。何故私はあの時悟の番にならなかったのかって。あんなに嫌がっていたのに、未だに受け入れてないのに、悟が居なくなるくらいなら番にだってなんだってなれば良かったって、本気で思ってたんだ」
     俺を見上げた傑の眼は、きらきらと揺れていた。
    「なぁ、これってもう、愛じゃないか?」
    「っ……!」
     気づけば俺は腕の中に傑を閉じ込めていて、傑も俺も静かに互いの肩を濡らしていた。互いの無事を確認した安堵とか戦友や親友という言葉を超えた互いの想いを知った喜びとか、色んな感情がないまぜになっていたが、それは間違いなく俺が生まれて初めて流した"嬉し涙"だった。

     その後、夜蛾先生と硝子が部屋に戻ってくるなり「寝すぎだ」と理不尽なお叱りを二人から散々受けるはめになったが、二人の顔に浮かぶ疲れと安堵の表情に俺は甘んじて受け止めることにした。そのまま当時の状況確認やらその後の処理状況の共有が淡々と行われ一気に現実へと引き戻されていく。
    「……まぁ、まだ事後処理は続いているが担当していた補助監督とつながりのあった上層部は判明している。この件は不慮の事故だと主張しているが、今回ばかりはあちらもやり過ぎた。じきに正式な処分が決まるだろう」
    「家の方からも情報入ると思うけど、また何かわかったら教えてよ」
    「あぁ、分かっている。悟、傑、お前たちは手を出すんじゃないぞ……やるとしても徹底的にバレない様にしろよ」
    「先生が言っていい台詞ですか、それは」
    「因果応報は世の理だ。それを教えるのもまた教師の仕事だろう。それに、任務中の不慮の事故は"よくあること"らしいからな、向こうも手出しできまい」
     珍しい夜蛾先生の言い分に、この人も自分たちを心配し憤っているのだと感じると温かい気持ちになる。夜蛾先生に迷惑をかけぬよう、きちんと下準備を行ったうえで臨むとしよう。
     どんな目に合わせると楽しいか考えていると、硝子が「それ、いつまでやってんの」と呆れた調子で指をさした。
    「なに?」
    「だから、、いつまで繋いでんのって言ってんの。隠してないならいいけど」
     硝子の視線の先にはしっかりと握られた俺と傑の手があった。電流が走ったみたいに勢いよく手を離すと慌てて言い訳を並べる。
    「……? あ! や、これはなんでもねぇよ」
    「そうだよ! ちょっと悟が倒れそうになったから支えただけで!」
    「いや、ベッドに寝てたやつがどうやったら倒れそうになんのよ」
     いいんじゃない色々丸く収まったみたいで、と言い残し硝子と夜蛾先生は部屋を後にした。硝子の指摘より、去り際の夜蛾先生から発せられる生暖かい視線の方が何ともいたたまれない気持ちになったが仕方ない。丸く収まってしまったのは事実なのだから。また二人きりになった室内で、俺たちは互いの体温を確かめるみたいに優しいキスをした。


     ◇◇◇


     念のための検査やらなんやらに加え、働きすぎな俺たちを心配した夜蛾先生のファインプレーもあり俺たちは束の間の休みを満喫することになった。それから約一週間後には俺も傑も通常任務に戻れることになり、俺たちは今まで通り膨大な任務をこなしていたが、以前のように共同で任務に赴くことは少し減った。前回の事件を踏まえ、特級が同じ場所にいては何かあった時の対処が難しくなると判断されたようだった。
     通常運転に戻ってから数か月、しっかりとお礼参りも済ませた頃、俺と傑はこれからについてきちんと向き合うことを決めた。
     任務を早々に片付け寮に戻り、どこか緊張したまま終始無言で夕食を取る。互いに汗を流し部屋着に着替えてから俺の部屋で待ち合わせた。

    「……改まって話すとなると、何だか少し緊張してしまうな」
    「まぁ、そうだな……」
     いつものようにベッドに背中を預け横並びに床に腰かけた。互いに相手の考えを探るような間に息が詰まる。想いを共有して以来、俺たちは自分たちの関係性について触れられずにいた。なぜなら、そこに触れるということは互いのバース性について対話することを避けては通れないからだ。この数か月、俺は冷静に自分の考えを整理する時間に充てた。口に出してはいないがきっと傑も同じだろうと、今日その顔をみてはっきり分かった。一つ深呼吸をしてから口を開く。
    「まずは、お互いの考えてきたことを共有したほうがいいよな。……じゃあ俺から」
     傑の喉がごくりと上下する。
     
    「俺たち、番になるのはやめないか」
     
     俺の答えが予想外だったのか、傑は目を見開き言葉を失ったまま動かない。やっと言葉の意味を飲み込んだのか、小さな声で俺に問いかける。
    「えっ……と、それは……悟は私とは一緒に居たくない、と、そういうことか……?」
    「違う違う! そうじゃない、俺は傑が好きだし一緒に居たいよ」
    「じゃあ、どうして……」
    「俺たちが一緒に居るために、番うことは必須じゃないって思ったんだよね。俺たちはたまたまαとΩだったけど、きっとΩ同士でもβ同士だって一緒に居たと思うんだ。俺たちはこのバース性が無い世界にはいけないけれど、そんなものが無くたって俺は傑と親友になってたし、お前のことがこの世で一番大切になってたよ。これだけは確信できる」
     傑の眼を真っすぐ見つめて素直な気持ちを言葉にする。こればかりは証明のしようがないが、自分の事だ、自分が一番分かるに決まっている。どんな世界線でも、俺の一番は傑に間違いない。
    「あとは……これは意地みたいなもんだけどさ、なんかこのまま番になったら神様の思うツボって感じがしてムカつかね?」
    「なんだそれ、そんな子供じみた話あるか?」
    「いーじゃん! 俺たちの愛はバース性になんか左右されませーんって見せつけてやりてぇんだよ」
    「見せつけるって誰に?」
    「んー全世界に?」
     馬鹿だなぁと笑う傑の表情は先ほどとは打って変わって柔らかいものになる。「傑は? どう考えてた?」と促すと、少し笑いながら口にした。
    「私は、番になるだろうと思っていた。Ωであることはまだ完全には受け入れていないけれど、あの時言ったように悟を手放す方が嫌だったから。でも、悟が番わなくていいというのなら、私もそうしたい。ただ……」
    「ただ、何?」
     言い淀んだ傑をせっつく。
    「……他のΩとも、番わないでほしい。悟の立場では難しいことも、私の我儘に付き合わせていることも分かっている。だが、悟の隣に他のΩが座ることを想像しただけで、正直おかしくなりそうなんだ。だから、」
    「んなの当たり前だろ……。傑以外に一緒に居たいと思う奴なんて現れない、絶対。それに、家のことなら心配いらねーよ、うち完全に実力主義だし」
    「実力主義?」
    「そ、六眼はこの世にたった一人。いくら俺の子供だったとしても俺が生きている間は絶対に生まれてこない。だから、俺の血筋に固執する意味ないんだよ。ま、もし何か言われても全部ねじ伏せるけどな」
     だから俺の隣に居て、と言外に滲ませると嬉しそうに傑が微笑む。……そんなに可愛い顔をしないでほしい、傑のことが好きだと自覚したからなのか、何気ない仕草までも可愛く見えるのだから恐ろしい。
    「あ、でも俺もその代わりといっちゃなんだけど、お願いがあって……傑、つけてくれない?」
    「お守り?」
    「そ。番にならないと傑のヒートは定期的に来るだろ? それにこの前みたいに襲われた時もし別のαが近くに居たらって考えると、俺も気が気じゃないんだよ。だから、俺がどこに居ても傑を助けられるようにしたい。別に、傑が弱いとか、俺が守ってやらなきゃとか思ってるわけじゃないんだ、これは云わば……虫よけ、みたいな」
    「虫よけ……」
     頼むから頷いてくれ、と祈る気持ちで考え込む傑を見つめる。無理強いはしたくないから傑が嫌だと言ったら別の方法を考えるまでだが、四六時中傑の傍にいるのは現実的ではない。もし断られたら、そん時は俺の分身みたいな人形でも作ってソイツに守らせるか? 何か俺ならできそうな気がしてきたな、と代替案を考えていると「いいよ」と傑の声がした。
    「マジ?」
    「うん、その代わりさ、その虫よけ悟もしてよ」
    「え、俺も?」
    「そう、私も一緒に居ない間に他のΩが悟に言い寄ったりしたら嫌だからね。しっかり牽制したい」
     先程の可愛い笑顔とは全く違うにっこりと含みを持った笑いに傑の独占欲を感じて、不覚にもぞくぞくしてしまった。やば、これハマりそう。
    「わかった、する」
    「ん、いいね。虫よけ、名案だ」
     思いのほか傑が"虫よけ"を気に入ってくれたようで胸をなでおろす。これで相談すべき事項はすべてクリアだ。
    「じゃあ、これで晴れて……」
    「まって、ちゃんと言いたい」
     こほん、と姿勢を改め俺に正対した傑が恭しく咳払いをした。
    「……悟、君のことが何よりも大切なんだ。私と付き合ってくれないか?」
     あの時と同じように、傑が俺の手を強く握りながら芯の強い眼差しで真っすぐ俺を射抜く。
    「っ……俺も、傑が大切だから一緒にいたい」
    「ふふ、ありがとう。じゃあ、晴れて恋人同士だ」
     いつもの柔らかい表情に戻った傑に、カッと赤く染まりそうな顔を隠すため咄嗟に抱きつきそのまま噛み付くように唇を重ねる。俺の彼氏、引き出し多すぎてどんどん深みにハマってくんだけど、こわ……さすが百戦錬磨の人誑し……。
     正式に恋人同士になれたことが嬉しく少し照れた顔で見つめ合いながら今度は啄むような軽いキスを繰り返した。徐々に互いの視線に湿度が混じる。息がかかりそうな距離で傑が囁いた。
    「あのさ、悟が嫌じゃ無ければ……もう少し触りたい、んだけど」
     付き合ったばかりなのにがっついててごめん、と傑にしては珍しく照れた表情で俺の様子を伺ってくる。
    「俺も……触りたい、から」
    「……いいの?」
     遠慮する様に優しく俺の脇腹に手が触れる。その触り方がくすぐったくて身を捩りながら、傑の首に抱きついた。
    「あの、さ……俺も傑とこーゆーことしたくて、その、少し準備したって言ったら……ひく、?」
    「えっ」
     首に巻き付いた俺の腕を掴んで身体を起こされる。顔見られたくなくて近づいたのに、しっかり覗き込むなよ、恥ずいだろ。そのまま何も言わない傑に耐えかねて、隙間を埋めるように言い訳を並べる。
    「いや、俺番にならないって言ったじゃん? でもお前とこーゆーことは、したいし……もし俺が傑のこと、その抱くとさ、万が一があると嫌だと、か、思って……だったら俺が、あの、やるしか無い、じゃん」
     頼むからなんか言ってくれよ、と、どんどん声量の落ちた声で呟きながらひたすら思う。何か口を動かしていないと恥ずかしさで消えてしまいそうで、ペラペラと勝手に言葉が出てきた。
     表情が見たくて、でも反応を知るのも怖くて薄目でちらりと見ると……傑の目は、完全にキマっていた。
    「引くわけない、嬉しい。あの悟がそこまで考えてくれてたなんて」
    「は? あのってどういう、」
    「絶対大事にする、痛いことや嫌がる事はしないから、抱かせて欲しい。私も男相手は初めてだけど、悟が許してくれるなら、抱きたい」
     がばりと抱き込まれた勢いそのままに早口で捲し立てられる。傑の勢いに気圧されていると、耳元で「おねがい」とダメ押しに囁かれた。だから、お前、その誑し込みやめろって……。
    「いい、よ……つか、俺もそのつもりだった、んぅ」
     最後の言葉はそのまま傑に呑まれてしまった。傑の手がするすると俺の身体に触れ服が脱がされていく。手慣れてんなぁ、と自分のスウェットがベッド脇に捨てられるのを見ながら他人事のように考えていると、そのまま傑の手が俺のボトムスにかかる。
    「あ、ちょ、待って」
    「何? やっぱり、今日辞めとく?」
    「いや、そうじゃなくて……その、電気消さね?」
     互いの裸なんてこれまで何度も見てきているが、いざこうなってみると途端に恥ずかしいものになるのが不思議だった。それに、青白い電球の光に照らされた俺の身体を見て、傑が正気に戻るのが怖かった。俺はその恐怖心を悟られないように、へらりと笑う。
    「うーん……嫌だ」
    「え、嫌だって……おま」
    「だって、こんなに綺麗な悟、ちゃんと見たい」
     曝された俺の身体に傑の熱い手が遠慮がちに触れる。鎖骨をなぞり、そのまま胸の間を滑り降りた手が臍の周りをくるりと撫でた。さわさわと撫でる手つきが何だかくすぐったくて身をよじる。そんなにまじまじ見るなって、そんなに見たら、おまえ、
    「……萎えちゃうかもしんないじゃん、傑」
    「は?」
    「上は見慣れてるだろうけどさ、下よく見たら、やっぱ違うってなるかもしれないし。別にフェロモンにあてられてるわけじゃないし、するから」
     だから電気消そうぜ、という俺に「馬鹿だな悟は」と、とびきり優しい顔で笑った傑が俺の手を掴み自分のものを触らせる。
    「なっ」
    「ほらね、服の上からでも分かるくらいなんだから萎えるわけないだろ。今だって速攻押し倒してやりたいの我慢してるんだから」
     だからもういいよね、と部屋の明かりはそのままに行為が再開された。俺は傑が興奮してくれていることへの安堵と少しの期待と緊張で、傑の動きについていくので精いっぱいだった。そりゃそうだろ、だって俺初めてだし、何かこいつ手慣れてるし。

     
     そこから先は、正しく"未知の体験"の連続だった。自分でするより他人に触られる方が何倍も気持ちがいいこと、それよりもナカを擦られる方がもっと気持ちがいいこと。自分の声が別人みたいで気色悪いこと、でもその声を聴いて嬉しそうに笑う傑の顔は好きなこと。耳元で聞く余裕のない傑の声、汗で湿った筋肉質な傑の身体、俺とおんなじくらい早い傑の鼓動。恥ずかしさや気持ち悪さは早々に消え去り、俺の頭の中は新しい傑の顔でいっぱいになった。
     なんだこれ、すげー。今俺絶対幸せホルモン出てるわ、どっぱどぱだわ。俺が未知の体験に浸っている間に傑は立ち上がり、冷蔵庫の冷えたお茶に手を伸ばしていた。俺の部屋のなんだけど、お前の方が把握してるの何でなんだよ。飲みかけで入れていたお茶のペットボトルを直接飲む。
    「……おい、勝手に口付けて飲むなよ、腐るじゃん」
    「いいじゃん、もう飲み終わるよ。悟も飲みな?」
     ちゃぷん、と音を立てたお茶のペットボトルが渡される。受け取るために体を起こすと、それまで無かった違和感を感じた。
    「うわ、」
    「どうした? 腰痛い?」
    「いや、痛くはねーけど、なんつーか……異物感がすごい……まだここにあるみたいな感じする」
     言いながら自分の腹を撫でると傑が思いっきりむせた。きたなっ、こぼすなよ。
    「悟それ、わざとじゃないよな?」
    「は? 何がだよ、つーかこぼしたのちゃんと拭けよ」
     なんか傑がさっきより心なしか疲れて見える、お茶変なトコに入ったのか? 傑の手からお茶を受け取りそのまま口付けた。一口飲み始めると思っていたより喉が渇いていてそのまま一気に飲み干してしまった。
    「っは、あーお茶うま、めっちゃ喉渇いてたわ」
    「あれだけ声出せばねぇ」
     忘れかけていた情景が一瞬で蘇り、ぶわりと肌が粟立って反射で後ろを締め付けてしまった。そのせいで自分の顔がみるみる熱くなるのが分かる。
    「あ、思い出しちゃった?」
    「るせーまじで」
     顔を背けた俺の横に傑が腰かけ、すり、と肩を摺り寄せる。「私は気持ちよかったけど、悟は?」と耳元で聞いてくる傑に、自分は経験あるからって余裕ぶるなと怒ろうとして、言葉に詰まる。振り返った先にあった傑の顔には、さっきまでの余裕さなんかどこにもなかったから。「俺も良かったよ」と気づけば素直に口にしていた。


    ◇◇◇


     番にならないと決めてから数か月、俺たちは四年の夏を迎えていた。傑と俺はあれから八割親友、二割恋人くらいの割合で付き合っている。(正直、付き合いだす前から互いの部屋を行き来したり一晩中映画見たりしてたから、恋人になって追加されたのはキスとセックスぐらいだ)
     傑は未だに非術師の事は受け入れられない様子ではあるが、アイツなりに折り合いをつけながら何とか術師を続けていた。あの事件以降も傑がΩであることをどこかで嗅ぎつけた呪詛師もどきが無理やり手篭めにしようと襲ってきたり、上層部の横やりがあったりと術師側の腐敗を同時に目にすることになったことも、幸か不幸か傑をつなぎとめる要因になっていた。
    「おい聞いてるのか悟。お前らも一応、進路調査の用紙を出しておけよ」
     傑もだぞ、と夜蛾先生が俺たちに睨みを効かせて教室を後にした。久しぶりに三人呼び出されたと思ったらそんなことかよ、俺たちに自由に選べる進路なんてほとんどない癖にさ。
    「硝子はもう出したのかい?」
    「あぁ、私は医師免許取るつもりだからな」
    「そうか、じゃあこれからは一般の大学に行くんだね」
    「そうなるな、久々にたくさんの同級生に囲まれてくるよ」
    「……変な男に引っかかっちゃ駄目だからね?」
    「お前らのおかげでヤバい男耐性ついちゃってるからな、センサーぶっ壊れてるかも」
     私が変なの引っかけたらお前らのせいだからな、って別に俺ら悪く無くね? つーかホントにヤバそうだったら俺らのとこ連れてくればいーじゃん、一発で消すから。
    「まぁ、最悪私たちで何とかできるとは思うけど」
    「いちいち物騒なんだよお前らは」
     ま、何かあったら頼むわ、と言い残して硝子も教室を出ていく。あんなこと言ってても結局硝子は上手くやるんだろうけど。残された傑と二人、机の上の進路希望調査書と書かれた紙に視線を落とす。
    「これに『呪詛師』とか書いたらどうすんだよ」
    「んーあれじゃない、進路指導室?に呼び出されるんじゃないの」
    「ウケる、『呪詛師なんて食べていけないんだからやめなさい!』とか言われんのかな」
    「『もっと安定した仕事にしなさい!』って? バンドマンと同じ括りなの」
     このままいけば俺も傑も高専に籍を置きながら呪術師としてこれまでと何ら変わらない(何なら任務は増えるだろう)日々を送ることになる。文字通り、多分死ぬまで。傑はここで呪術界から足を洗うこともできたけれど、非術師に嫌悪感を覚えてしまった時点でその選択肢はほぼなくなっただろう。……傑がもし一般人に戻っていたら、どんな仕事に就いていたんだろうか。
    「傑さ、小さい頃の夢とかあったの?」
    「え、私か、何だろ……まぁありきたりだけど、警察官とかサッカー選手とかカッコいいなと思っていたんじゃないかな」
     もっと小さい時はバスの運転手とか、恐竜とか思ってたけどね、と懐かしそうに笑う。確かに正義感に溢れたコイツならきっと警察官は向いていただろうな。
     あ、と傑が言葉を続ける。
    「私、もう一つあるかも、なりたかったもの」
    「なに?」
    「学校の先生」
    「は? あーでもぽいかも」
    「ふふ、本当? ……私の父がさ、中学の教員だったんだ。部活の顧問もしてたからほとんど家に居なかったけど、でも子供心に何となく、カッコいいなって思っていたと思う」
     父はすごくモラリストだったからさ、息子がこんなんになっちゃったって知ったら、卒倒しちゃうかもな。軽口を叩いて笑う傑の横顔は痛そうに歪んでいた。
     あの事件以来、それまでは一定の頻度で帰っていた傑が実家に一度も顔を出さなくなった。必要最低限の連絡はしているようだけど、ほとんど関わりを断っているに近かった。非術師の事を憎く思うと同時に、自分の両親のことは憎みきれず、その矛盾を抱えた自分自身に苦しんでいる節があった。非術師の事が許せないくせに、自分の両親を大事にするのは許されないみたいに。
     
     ……もし、傑が、親父さんと同じ仕事に就いたら。傑の親父さんは喜ぶだろうか。

    「……俺、先生やろっかな」
    「は? 悟、何言ってるんだ、疲れすぎておかしくなった?」
    「ちげーよ! 俺は本気で言ってんの」
    「……ますます分からない、実際私たちが教員に何てなれる訳ないだろう」
     付き合いきれないとかぶりをふり、傑が不機嫌になる。自分の中に踏み込まれて嫌がっているときの顔だ。
    「なれるだろ、高専の教師ならさ」
    「悟、本気なのか? あれだけ嫌っている上層部との繋がりが、より強固になるんだぞ」
    「本気、本気になってきた」
    「なってきたってお前……」
     付き合いきれないよ、と席を立つ傑を引き留める。
    「俺は別に、傑の思い出に乗っかってやったわけじゃない。一番合理的だと思ったんだよコレが」
    「は?」
    「今の上層部は腐りきってる。俺が一気に消しちゃってもいいけどさ、それだとなんも変わんないじゃん。別の腐ったやつがあそこに座るだけ。だったら中から変えてやればいいんだよ。俺たちが、俺たちの手で聡い術師を育てる。腐った爺共から守って育てる、強く」
    「……そんなこと、」
    「できないって? 確かに並みの術師じゃ無理かもな。でも俺たちならできるだろ、だって俺たちは最強じゃん」
     なぁ、そうだろ? 傑の腕を掴む手に力を込めると、暫く考え込んでいた傑が大きく息を吐き眉間を掻いた。
    「……夜蛾先生に呼び出されるぞ、きっと」
    「えぇー真面目に答えても呼び出されんのかよ、ウケる」
    「教師になるなら、せめて一人称と口調くらいは治しな」
     その日傑と二人で夜蛾先生の所に書類を出しに行ったら、信じられない顔で三度見くらいされた後、疲れているのかと心配された。失礼過ぎじゃね? でも、俺たちの顔を見て冗談言うな、と言わなかったところは流石だなと思った。


    ◇◇◇


    「という訳で! 僕と傑は晴れて、高専の教師になったって訳よ~」
    「はぇー! 五条先生から夏油先生の事誘ったんだね、俺てっきり夏油先生が言い出しっぺかと思った」
    「んんー? 虎杖悠仁クン、それはどういう意味かなー?」
    「や、意味とかは全然! 何となくね!」
     悠仁誤魔化すの下手すぎでしょ。こんなにいい先生なのに酷くない? 二人で話しながら高専の廊下を歩いていると悠仁のポケットで携帯が鳴る。
    「あ、俺伏黒たちと任務だったわ! 五条先生もこれから任務?」
    「いや、僕はもう今日オフだよ」
    「え! 先生休みとかあんの⁉」
    「ひどっ! 僕だって休みくらい欲しいよ⁉ 今日から三日、ほんとーっに緊急以外は連絡しないよう伊地知にも丁寧に伝えてあるから」
     まぁ恒例だから伊地知も分かってるとは思うけどね。ここ最近は七海が戻ってきてくれたりしたのもあって呼び出されることはほとんどない。みんな口では色々言うけどさ、結局は優しいよね僕らに。そこへ廊下の向こうから、聞きなれた足音が近づいてくる。
    「あ、夏油先生!」
    「悠仁、さっき恵たちが探していたけれど、行かなくていいのかい?」
    「あ! やべ、怒られる、夏油先生ありがと!」
     じゃあね、二人ともゆっくり休んで! と言い残し悠仁がすごい勢いで走り去る。相変わらずすごいスピード、あれで術式使ってないんだからやっぱり身体からしてバグってるよなぁ。
     ん? あれ、悠仁さっき"二人とも"って言った?
    「うーん、悠仁は妙に勘が鋭い時があるよね」
    「悟が分かりやす過ぎるんじゃないか?」
     自然な動作で僕の腰を引き寄せる傑に「なに傑、がっついてんの?」と嫌味を返す。
    「いや? ただ、私のヒート期間に寂しい思いをさせた恋人がもう耐えきれないんじゃないかと思って、ね」
    「おわっ」
     無遠慮に僕の尻をわしづかみにされて変な声が出る。僕の反応を嬉しそうに見た傑が「期待した?」と煽り返す。くそ、余裕ぶりやがって。そのままわざとゆっくり時間をかけて傑の脇腹に手をまわしてやった。
    「当たり前でしょ? あんなの見せつけられてさ、気が狂いそうだったよ」
     奥が疼いて。傑の耳元でダメ押しみたいに囁くと、傑の眉がぴくりと持ち上がった。いいね、盛り上がってきた。
    「ね、早く部屋帰ろ、マジでもう待てない」
    「ん、私も」
     腰に回された手に僕の手を添えると、左手に鈍く光る"お守り"が、かちりと鳴る。校内で許されるぎりぎりスキンシップと言い張れる程度のキスをして、家路を急いだ。
     正真正銘、恋人同士の"愛の巣"へ。


    end.
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    おはぎ

    DONE呪宴2の展示作品です。

    以前ポイしたお宅訪問のお話のワクワク!夏油家お宅訪問~!Verです。
    いつも通り180%捏造ですが、幸せになって欲しい気持ちは本物を詰めてます。
    傑さんや、君にこれだけは言っておきたい!!

    ▼特に以下捏造が含まれます
    ・教師if
    ・夏油、五条家メンバ(両親、兄妹、ばあや、その他)
    ・五条、夏油両実家に関する事柄(所在地から全て)

    上記楽しめる方は宜しくお願いします!
    恋人宣言「ねぇ傑、スーツと袴、どっちがいいかな?」
     コンコン、と開いた扉をノックしながら悟が声をかけて来る。明日の任務に関する資料に目を通していたからか、一瞬反応が遅れる。え、なんて?
    「ごめん、上手く聞き取れなくて。なに?」
    「だから、スーツと袴、どっちがいいかなって。今度実家寄ってくるとき用意お願いしてこようと思ってるから、早めに決めとかないとね」
     今日の昼何食べるかーとか、どっちのケーキにするかーとか、悟は昔から私に小さな判断を任せてくることがよくあった。自分で決めなと何度も言っているのだが悟の変な甘え癖は今も治っていない。だが、服装を聞いてくることは珍しい。(何でも、私のセンスは信用できないらしい。あのカッコよさが分からない方が不思議だ)しかも、選択肢はばっちり正装ときた。何か家の行事に出るのだろうか。それか結婚式とか?
    29607

    おはぎ

    DONEGGD.NYP2の展示作品です。

    以前冒頭を少しポイしていた作品をお正月仕様に少し手を入れて完成させました!
    ドキドキ!五条家お宅訪問~!なお話です。
    180%捏造ですが、幸せになって欲しい気持ちだけは本物を詰め込みました。

    ▼特に以下捏造が含まれます
    ・教師if
    ・五条家メンバ(悟両親、ばあや、その他)
    ・五条、夏油両実家に関する事柄(所在地から全て)

    上記楽しめる方は宜しくお願いします!
    猛獣使いを逃がすな「……本当に大丈夫なのか?」
    「だーいじょうぶだってば! 何緊張してんの」
    「普通緊張するだろう! 恋人の実家にご挨拶に行くんだぞ!」
     強張った身体をほぐそうと悟が私の肩を掴んでふるふると揺すった。普段なら制止するところだが、今はじっと目を閉じて身体をゆだねていた。されるがままの私を悟が大口開けて笑っているが、もはや今の私にとってはどうでもいい。この胃から喉元までせり上がってくるような緊張感を拭ってくれるものならば、藁でも猫でも悟でも、何でも縋って鷲掴みたい。現実逃避をやめて、大きく深呼吸。一気に息を吸い過ぎて咳き込んだが、緊張感が口からこぼれ出てはくれなかった。
    「はぁ……帰りたい……高専の寮で一人スウェットを着て、日がな一日だらだらしたい……」
    27404

    おはぎ

    DONEWebイベ展示作品③
    テーマは「くるみ割り人形」 現パロ?
    彫刻と白鳥――パシンッ
     頬を打つ乾いた音がスタジオに響く。張りつめた空気に触れないよう周囲に控えたダンサーたちは固唾を飲んでその行方を見守った。
     水を打ったように静まり返る中、良く通る深い響きを持った声が鼓膜を震わせる。

    「君、その程度で本当にプリンシパルなの?」

     その台詞に周囲は息をのんだ。かの有名なサトル・ゴジョウにあそこまで言われたら並みのダンサーなら誰もが逃亡しただろう。しかし、彼は静かに立ち上がるとスッと背筋を伸ばしてその視線を受け止めた。

    「はい、私がここのプリンシパルです」

     あの鋭い視線を受け止めてもなお、一歩も引くことなく堂々と返すその背中には、静かな怒りが佇んでいた。
     日本人離れしたすらりと長い手足と儚く煌びやかなその容姿から『踊る彫刻』の異名で知られるトップダンサーがサトル・ゴジョウその人だった。今回の公演では不慮の事故による怪我で主役の座を明け渡すことになり、代役として白羽の矢がたったのが新進気鋭のダンサー、スグル・ゲトーである。黒々とした艶やかな黒髪と大きく身体を使ったダイナミックなパフォーマンスから『アジアのブラックスワン』と呼ばれる彼もまた、近年トップダンサーの仲間入りを果たした若きスターである。
    1086

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    「悟?どうした?目、覚めちゃた?」
    肩口に頭を乗せて、うなじから傑の香りを確かめる。くすぐったいよ、と頭を優しく撫でられると、少し落ち着いた。
    「まだ早いよ。どうしたの。」
    「…ヤな夢を見た。」
    「どんなの?」
    「言いたくないくらい、ヤなやつ。」
    5月の月のない夜は、虫の声もせず、ひどく静かでなんだか仄暗い。
    「そっか。でも、夢でよかったよ。」
    そう、傑はポツリと言う。
    「なんで?」
    「夢は『夢』だからさ。良い夢見たときは、いい夢見られてよかった。悪い夢の時は、夢でよかった。現実じゃなくてよかった、ってこと。」
    煙草を消して、携帯灰皿をポケットに仕舞うと、正面から抱きしめられる。Tシャツ越しに伝わる傑の体温が自分より少し低いのに気付いて、なんだか切なくなる。
    「身体、冷えて 573