分かりにくいアプローチ『ショートケーキ、とっても美味しかったです〜!あら、猫ちゃんだ可愛い〜!この子の種類はなんですか?』
『雑種なんですよ〜、元々野良猫だったんですけど、2年前くらいに保護したんですー。お客さんの皆さん可愛がってくれて、立派な看板猫になりました!』
テレビでアナウンサーがケーキを紹介した後に画面に出てきた黒っぽい紺色の毛に覆われた猫。
毛が長めなそのビジュアルは、後輩の彼を彷彿とさせた。
(…恵に似てるなぁ。)
少しだけつり上がった目に、物静かそうな表情…まるで恵が猫になったらこんな感じだろうな、と安易に予想ができる容姿だった。
(場所も行けない場所じゃない…今度行ってみようかな…。)
そうして休みの日、1人での都内の喫茶店に赴いた。店のドアを潜ると、レジスターの横でお昼寝をしていてびっくりする。
「いらっしゃいませ〜、1名様ですか?」
コクリと頷くと、窓際の席に案内される。猫がいる場所から少し離れてしまったが、とりあえずなにか注文しようか…あ、そういえば、あの時のワイドショーで、番組を見たって言えばケーキセットが割引なんだっけ…?
ネットで調べてみると、やっぱりそう書いてある。うん、これを見せれば注文出来そうだ。
「ご注文はお決まりですか?」
店員さんがお冷とおしぼりを持ってきてくれた。
スマホで画面を見せてみる。
「あ、番組を見てくださったんですか?ありがとうございます!日替わりケーキセットをおひとつで大丈夫でしょうか?」
俺の意志を汲んでくれてとてもありがたい。頷くと、かしこまりました。と店員さんはカウンターに下がっていく。
「っ、わっ…!?」
当然、足首にぞわりとした感覚がした。足元を見ると、さっきの猫が俺の足に頭を擦り付けている。いつの間に。
「あら、めぐちゃんが自らお客さんのところに行くなんて珍しい。」
猫ちゃん大丈夫ですか?と聞かれて、慌てて頷く。
「良かったら抱っこしてあげてください!めぐちゃん、いつもは1人で過ごしてるんですけど…きっとお客さんのことが気になったのね〜。」
めぐちゃん…名前まで似てるんだなぁ。恐る恐る抱き上げて、膝の上に乗せてみる。ふわぁ、と欠伸をして、ゴロゴロ喉を鳴らし初めた。
か、可愛い…!!!!!
「お待たせ致しました、日替わりケーキセットです。ふふ、めぐちゃん、嬉しそうねぇ。ごゆっくりお過ごし下さいね。」
それから俺は、2週間に1度くらいの間隔であの喫茶店に訪れている。最後に行ってからもう少しで2週間経つ。もうそろそろ会いたいなぁ。
「狗巻先輩、お待たせしました。あとは補助監督さんにお願いしてきましたので、高専に戻っていいそうです。」
「しゃけ〜、ツナ!」
返事を返すと、一緒の合同任務だった恵は一瞬怪訝な顔をする。
「たかな?」
「いや今…俺の事"めぐちゃん"って言いました?」
「おっ、おかかぁ〜!」
そんな訳ないだろ!と慌てて言い返した。無意識に"めぐちゃん"と呼んでしまったらしい。頭の中でめぐちゃんを思い浮かべてたから…うっかりうっかり。
「………先輩の彼女ですか?」
「…は?」
素の声が出てしまった。彼女?何の話?確かにめぐちゃんは雌だけど…あ、恵は猫のことだって分からないのか。
「ははっ、めんたいこ〜、いく……」
「あら?もしかして狗巻さん?」
訂正しようと思ったら、後ろから聞き覚えのある声がする。振り向くと、あの喫茶店の店員さんが買い物袋を手から下げて話しかけてくれた。買い出しかな?ぺこりと頭を下げる。
「学校帰りだったかしら?引き止めてごめんなさいね。」
「先輩…?この方は…」
あぁ、狗巻さんの後輩さんだったのね!と店員さんが納得している間に、スマホのメモ帳で「俺がよく行ってる喫茶店の店員さん」と恵に伝える。
「実は、狗巻さんが来ていない間にもう1匹猫ちゃんが増えたのよ。良かったらまたお店に来てね。」
それじゃあまた、と店員さんは離れていく。
もう1匹?!なにそれ見たい!時刻はちょうどお昼を回った頃。ランチタイムで訪れてもいいかもしれない。
「ツナマヨこんぶ?!」
「え、昼ですか?俺は別に構いませんけど…」
「しゃけー!」
恵に、お昼ご飯はそこでいい?!と確認をとって、スマホで文字を打ち込む。離れていく店員さんの背中を急いで追いかけた。
∇∇∇
「わざわざこのまま来てくださってありがとう、学校の用事は大丈夫だったかしら?」
「あ、はい、今日はこのまま放課だったので、特に用事も無いです。」
俺がフォローしなくても恵がすぐに受け答えをしてくれた。しかも平然と嘘を…まぁ一般人である店員さんに任務終わりで、なんて言えるわけもないのでとても助かった。
「良かったわぁ。それにしても、狗巻さんいつも1人で来られるから…少し心配してたの、でもこんなに優しい後輩さんがいらっしゃるなら安心ね。」
こくりと頷く。きっと俺が一言も喋らないから、なんとなく感じるものがあるんだろう。事情に踏み込んでこない優しさもある、だから俺はここの喫茶店が好きなんだ。
「……まぁ、そうですね。」
それに対して、恵の表情は少し暗い。…疲れてたかな、無理矢理連れて来てしまったから…少し申し訳ないことをしたかもしれない。
「えっと、ご注文は…狗巻さんはいつものミルクティーと、ハムチーズトーストにタバスコの用意でいいかしらね?後輩さん…ってずっと呼ぶのは失礼ね、良かったらお名前を聞いても?」
「あ…伏黒って言います。」
「伏黒さんね!注文は何にしますか?」
「あ…じゃあホットコーヒーのブラックと…先輩と同じトーストを…」
「畏まりました!ごゆっくりどうぞ。」
店員さんが離れていったのを見計らって、「ごもく…?」と店員さんに聞こえない音量で恵に話しかけた。
「疲れ…?まぁ、任務帰りなので多少は…なんでですか?」
「すじこ、ツナ、めんたいこ…」
「…いや、違いますよ。狗巻先輩が常連さんだって聞いて、驚いてただけです。ハムチーズトーストが美味しい店なんですか?」
「しゃけしゃけ、すじこ…、」
それはもちろんだけど…1番の目的は…
すると、チリン、と高い鈴の音が聞こえた。
「ツナ!」
この間まで付けていなかった首輪の鈴を鳴らしながら、看板猫のめぐちゃんは俺の近くに来てくれた。
「めぐちゃん…って、まさかさっきの…」
「ツナツナ〜、こんぶ!」
そうだよ〜、この子がめぐちゃん!
めぐちゃんの脇の下に手のひらを添えて、そのまま抱き上げる。膝の上に載せれば、あっという間に丸くなって喉を鳴らし始めた。
「……猫、っすか、」
心做しか、恵の表情が安堵したように見えた。ん?なんか俺、心配されてた?
「失礼します、ミルクティーとホットコーヒーです。めぐちゃんの首輪似合ってるでしょ〜、狗巻さんが選んでくれたおかげね。」
こくこく、と頷き返す。
「へぇ、先輩が…」
「そうなの。カタログを見てたんだけどね、どれも可愛くて選べなくて…最終的に狗巻さんに選んでもらったのよ〜。あ、そろそろトーストの準備をしなくちゃ!」
パタパタと店員さんは再びカウンターに戻って行った。
「…どうしてこの色にしたんですか?」
え?選んだ理由?うーん、
「たかなツナマヨ!」
「その猫が俺に似ていて、だから首輪の色も俺の瞳の色に?……どうして、そんな、」
「めんたいこ〜、いくら?」
「…確かに、似てるかもしれないですけど、うん、そうっすね…。」
なんだか、恵がどう思ってるのか読めない。どうしてそんな、苦しそうな顔をするの?
∇∇∇
恵に似てたから、だからほら、首輪の色は瞳の色と一緒にしたんだ!
嬉しい気持ちと同時に、胸が苦しくなる。だってそれは、先輩が一瞬でも俺の事を考えてくれた証拠で。それが無性に嬉しくて、嬉しすぎて、苦しい。
すると、にぁん、と甲高い鳴き声が聞こえた。先輩の膝の上にいる猫ではない。声がした足元を見ると、灰白色の猫が俺を見上げていた。
「もう1匹…?」
「しゃけ!すじこ!」
その子が新入りだ!と先輩は目を輝かせる。
「塩むすび、たらこ?」
手が空いてないから抱き上げて欲しい、とお願いされたので、手を伸ばして抱き上げる。思ったよりも小さくて軽い。下手したら潰してしまいそうだ。
(…?口元が、なんか赤黒っぽい…?)
まるで…子供がご飯を夢中で食べて、口元をベッタリと汚したような…
「おまたせしましたー!ハムチーズトーストです。あ、ベリーちゃんの口元、やっぱり気になる?」
どうやらこの猫は、ベリーちゃんという名前らしい。
「はい…だけど、怪我…してる訳じゃないみたいですね…?」
「そうなの。保護する前までね、近所にブルーベリーの木があるご近所さんがあって、そこのブルーベリーを好んで食べてたみたいなの。シミになっちゃってどうしても口元の汚れだけ落ちなくて…まぁ、それも愛嬌かなって、ブルーベリー好きのベリーちゃんってお名前にしたの。」
ちなみにめぐちゃんは、偶然巡り会えたからめぐちゃんね!と店員さんは自分のことのように嬉しそうに話す。
するとその子猫は離せと言わんばかりに、少し暴れだしたので膝の上に乗せると…急に大人しくなった。
「ベリーちゃんもお膝の上が好きなのよ〜。ん?えーとなになに…首輪?えぇ、もちろんベリーちゃんにも用意しようと思ってるわよ!あ、またカタログ見てみる?ベリーちゃんには何色が似合うかしらね〜。あ、トースト冷めちゃうから気にせずに食べてね!」
狗巻先輩のスマホの画面の文字を読んだ後、店員さんはお店の階段を登っていく。どうやら2階が自宅らしい。お言葉に甘えて食べようか…と、思ったら、狗巻先輩からタバスコを渡される。
「ん!」
「あ、ありがとうございます。」
「こんぶ〜」
どういたしまして、と言った後に、先輩は大きく口を開いてガブリとトーストにかぶりついた。…とても美味しそうだ。俺も数滴かけて、同じように食べる。
「ふな、ふぇんふぁいほ?」
「………。」
「?、ふぁけ?」
別に、頬が膨らんでリスみたいで可愛いとか、そんなこと思ってねぇし。
「話聞いてますよ。……そうですね、」
正直、何色の首輪が似合うとか、俺にはセンスがねぇから分からない。ただ、ひとつ言うなら。
「…紫、ですかね。」
「…んく、…いくら?」
「そう、紫。……毛の色と、口元のシミと…あんたによく似てるでしょ。あとそいつよりちっちゃいし。」
「ツナマヨ?」
紫は俺の瞳の色?とズバリ言い当てられて少し恥ずかしくなる。
「…悪いですか、」
…先輩も、こうやって少しは俺の事意識すればいいのに。
その後、店員さんがカタログを持ってきてくれて、結果的に先輩は紫色に決めた。
帰ってからも先輩の態度は至って普通だった。結局、俺のアプローチは不発に終わったらしい。
まぁ、あの時先輩の口から、「俺に彼女なんかいるわけないじゃん!」という言葉を聞けただけでも大収穫だろう。
数ヶ月後、「え、あれアプローチだったの?!全然分かんなかったww」とめちゃくちゃ馬鹿されたので、乱暴なキスで先輩の口を塞いでやった。