今日は、友達の恵くんとスイカを食べました。和室にひとり、俺は困っていた。
夏休みの宿題の、絵日記。
呪術の修行のことは書けないし…だからって家での出来事のネタも無くなってきた…
特にイベントもないし…と、ふぅ、とため息をついていたら、バスン!と勢いよく襖が開けられた。
「棘!夏休み満喫してるー???」
目の前のグラサン男はにっこりと笑っている…
「しゃ、しゃけぇ…」
「海行った?!プール行った?山は?」
悟が俺に問いかける度に「おかか、」と返事を返す。
「棘のパパとママがね、僕と一緒ならお出かけしてもいいって言ってたよ?」
「しゃけ?!」
「ほんとほんと。んで、どうする!海行く?プール行く?それとも山??」
「……お、かか、」
「え、どうしたの急に元気なくなっちゃって。」
「めんたいこ、こんぶ、」
「えー?!棘ちゃん僕との2人きりのデートじゃやなの?!」
さとるん泣いちゃう…と嘘泣きを始めた。
…めんどくさい男だ。……だって、海も、プールも、山も、2人きりじゃつまらないよ…
「…おかか」
俺別に行かなくてもいい、勉強あるもん。とそっぽを向く。
するとニヤリと笑われた気がした。
「誰が2人きりって言った?」
「……ぇ、」
「もちろん恵も一緒に決まってるじゃん!」
「なにそれ、俺初めて聞きましたけど。」
「だって今言ったからね。」
ハイハイお邪魔しマース、と悟はズカズカと入っていく。
ここは恵のお家みたい。ちょっと古びたアパート。でも家の中はとっても綺麗に整頓と掃除されている。きっと恵のお姉ちゃんが頑張っているんだろう。
「棘どうした?」
入れば?と勝手に入って行った悟を無視して、俺に声をかけてくれた。
「しゃ、しゃけ、」
今ちゃんと、返事できたかな、心臓がバクバクしてうるさい。
あの大雨の時からそんなに日にちは経っていない。
恵は覚えてないからいいけど…俺は恵にちゅーされたことをはっきりと覚えている。
ってか、なんでそれをした張本人は覚えてなくて俺が覚えてるわけ?訳わかんない。
少しむす、として、案内された座布団の上に座る。
「…なんか、機嫌悪い?」
「おかか、」
(恵のバカ、)
「あ、そうそう。恵ぃ、氷ある?スイカ持ってきたんだけど。」
「氷…器から外すやつなら……って、え、デカ、1玉持ってきたんですか?!」
「え、だってスイカって言ったらスイカ割りしてそれを食べるのがいいんじゃん!!」
「…それを冷やしきる量の氷はないですよ、」
「えー、めんどくさ…」
じゃあスイカは僕んちで食べよっか、縁側もあるし風流あるでしょ、と勝手に決めていく。
「じゃあ冷やしてくるからさ、冷やし終わったら移動しよう。」
2人とも、それまでにここで宿題終わらせること!僕はスイカ置いてくるから!!
と悟は言い残してシュン、と姿を消した。
そのうちまた戻ってくるだろう。
「じゃあ、宿題やるか…棘はどのくらい進んだ?」
「いくら…めんたいこ、」
「…小6算数………え、棘って俺より年上?」
「…こんぶ?」
「…俺は小5。1個下だよ。」
驚いた、同い年だと思っていたのに…
「いくら…?」
「…棘は俺をなんだと思ってんの、そんなにいい子じゃないよ、俺。」
喧嘩ばっかするし、とポツリと呟いた声が聞こえた。
「…たかな、」
「そうは見えないって?……きっと棘の前だけだよ、こんなに心が穏やかなのは。」
「穏やかってー?」
何の話?と悟が戻ってきた。
「…なんでもないです、」
棘、宿題やろ。と悟を無視して宿題をやり始めた。
…まって、それどころじゃないんですけど。
恵が年下?…なんか、めちゃくちゃ可愛く見えてきた。
そっかー、年下かぁ、とニコニコしながら恵の頭を撫でる。
べし、と手を叩かれてしまった。
ぐー、がー、と五条さんはいびきをかいて寝てて、…隣でさっきから、棘がページをめくったり、戻したり、鉛筆を弄ったりしている。
「ツナマヨ、めんたいこ?」
「ん?あぁ、修行進んでるかってこと?」
そう聞き返すと棘はコクコク、と頷いた。
やっぱり、宿題に飽きたらしい。
「…1ページしか進んでないじゃん。」
「こーんーぶ!」
「いいからって…うーん、」
玉犬は何回も見せてるし…鵺はここだと狭いし…じゃあ、
『大蛇』
ズルン、と影から大きめの蛇が現れる。
大蛇はなんで顕現されたのか分からないように、キョロキョロと辺りを見渡す。
「しゃけ!!!」
大蛇がビクッ、と体を震わせてしゅるしゅる、と舌を出す。
「大蛇、大丈夫だよ。」
スリ、と頭を撫でると大蛇は安心したように俺を見つめ返した。
「しゃ、しゃけ?」
「ん、大丈夫そう。」
棘が腕を伸ばすと、大蛇はそのままスルスル、と腕に絡みついた。
「め、めんたいこぉ?!」
「あぁ、それよく俺もされる。」
噛むとか締め付けるとかしないから大丈夫だよ。と棘を安心させる。
徐々にゆっくりと棘の顔に近づいていって、首に巻き付いていった。
「…しゃけぇ、」
「可愛いよな!…五条さんは嫌がるけど。」
「めんたいこすじこ!!」
この可愛さが分からないなんてもったいない!!と棘は大蛇の頭を指先でくりくりと撫でている。
…良かった、怖がられないで。
「あっれー、面白いことしてるじゃん。」
「…五条さん、」
「あ、して欲しくて言ったんじゃないからね!僕は勘弁。」
五条さんは目を覚まして、横になりながら頭を片手で支えてる体制で、欠伸をひとつした。
「さてぇ、そろそろスイカ冷えたかな。2人とも宿題終わった?」
「し、しゃけ!」
「棘は終わってないですよ、1ページしかやってません。」
「おかかぁ!」
「んー、まぁ1ページやってあればいいんじゃない?まだ夏休みに入ったばっかでしょ、時間は沢山あるし。」
「しゃけしゃけ!」
「あ、え…絵日記?」
「お、良かったねー、棘。描くことできたじゃん!」
じゃ!!早速行くよ!!と五条さんは俺と棘を抱えて時空を飛んだ。
「ほらー!せっかく五条さんが割ったスイカだよ?」
「…切って欲しかったんですけど、」
「すじこ?」
「だって食べづらいじゃん…」
「たかなー?」
豪快さがあっていいじゃん、と棘はぼこぼこに割れたスイカを嬉しそうに頬張っている。
首に巻きついた大蛇も心做しか嬉しそうだ。
(ちなみにスイカは五条さんが正拳突きで割った。あの人ゴリラだ。ぶっちゃけあんな風にはなりたくない。)
「大蛇重くない?影に戻そうか?」
「おかか!!」
棘は大蛇の首巻きが相当気に入った様子だ。
まぁ、俺の呪力量が多くなれば必然的に大蛇も大きくなって、今みたいに首に巻くなんてこと出来なくなるし…まぁ、いいか。
俺もぼこぼこ割れたスイカにかぶりついた。
五条さん家の縁側ではことん、と鹿威しが鳴る。
水の音も相まって涼しく感じた。
「はい、スイカの種ここに捨てな。」
五条さんがビニール袋を用意してくれた。
「ありがとうございます。あの、津美紀にもスイカ、あげたいんですけど、」
「しゃけしゃけ!」
「あー、津美紀にはこれでもいいと思うけど…棘のパパとママにもこのスイカでいいの?」
「こんぶ!」
「えぇー、僕のせい?まぁ確かにそれはホントのことだけど…うーん、じゃあ包んで来るから2人ともここで待ってな。」
「しゃけ!」
………なんか、五条さん棘に甘くない?
俺との会話の時はそんなすぐに承諾してくれねぇのに。
「いくら?」
「…なんでもない。」
いや、五条さんが棘に甘いのが納得いかない訳じゃなくて、棘がそれに甘えてるのがなんか、モヤモヤする。…気がする。
なんでこんなこと考えるんだ、わかんない。
俯きながら、しゃりしゃりとスイカを食べ進める。
すると、大蛇のひんやりとした胴体が自分の頬を掠めた。
「え、おろ…わっ!」
「お、かか?!」
2人で大蛇に引き寄せられて、こつん、と棘とおでこが当たった。
少し時間差でべしゃ、と何か落ちた音がした。
「お、大蛇、どうした…?」
大蛇の様子を見ると、喧嘩しないで、仲良くして、って訴えているようだった。
どうやらモヤモヤしてた気持ちが大蛇に伝わってしまったらしい。
(…ごめん、怒ってるわけじゃないよ。)
頭を撫でて、棘を見返す。
「棘、だいじょ、」
額をくっつけたまま、棘は顔を真っ赤にしてスイカを膝の上に真っ逆さまに落としていた。
「お、おか、こ、んぶ、」
な、なんでもない、気にしないで、とスイカで濡れた手のまま、腕で顔を隠す。
なんで、なんでそんなに、照れてんの、
もうこの際膝の上に落としてしまったスイカはどうでもいい。
ズボンもスイカの汁でびしょびしょだけどもうそれどころでは無かった。
思い出しちゃった…舌が触れ合って、唾液を吸われた時のこと。
もう今の距離はいつキスができてもおかしくない距離だった。
言い訳をして急いで赤くなった顔を隠す。
恥ずかしい、見られたくない、
俺ばっかり、心臓がバクバクして、なんだよ、もう、
「…棘、」
「え、わっ、」
ぐい、と腕を退かされて顔が顕になった。
恵の食べかけのスイカも、ポロリと地面に落ちる。
「…なんで、顔隠すの、」
「おかか、」
「おかかじゃない、なんで。」
「たかなめんたいこ!!」
恵を変に意識しちゃって、恥ずかしいからだよ!!
とヤケになって叫んだ。
もう、どうにでもなれ。
「…俺…今、棘のこと可愛いって思った。」
「…?!」
「俺、間違ってる?…棘は、俺の気持ちと一緒だから、恥ずかしく思ってるってこと?」
俺と、同じ気持ち?
ほんと?それがほんとなら、
「…いくら、ツナマヨ?」
俺と同じ気持ちなら、キスできる?
「こんぶ、すじこ、いく、らっ…?」
俺は恵のこと、そういう目で見てる、でも違うならっ…?
肩と腰に腕を回されて、引き寄せられた。
…あれ、俺…恵に抱きしめられてる?
「うん…棘と、キスしたいくらい、可愛いって、思ってる。」
いつの間にか、首に巻き付いていた大蛇は俺たちのそばを離れていた。
今こんなに近いのは、大蛇のせいではなく、正真正銘、恵が俺を抱きしめてるからであって。
俺も、おずおずと恵の背中に腕を回した。
「…………お楽しみ中のところ悪いんだけどぉ、」
突然の頭上からの声に、2人してびっくりして離れる。
「ごめんねぇ、邪魔しちゃって。スイカ包み終わったからさ。」
「あ、あぁ、ありがとうございます…」
「しゃ、しゃけ…」
「あー!棘のズボンべしゃべしゃじゃん!」
熱い抱擁を交わすのはいいけどさぁ、仕事増やさないでくれるぅ?と悟はブツブツ言いながら後片付けをしてくれた。
地面に落ちた恵のスイカは、蟻が群がって列を成していた。
今日は、友達の恵くんとスイカを食べました。
恵くんと、気持ちが通じ合ったような気がしました。