頭に衝撃が降ってきて、カインは驚いて飛び起きた。何か事件かと身構えて、いつもと変わらぬ見慣れたベッドルームが目に入ってほっと息を吐く。緊急事態ではないらしいと胸を撫で下ろし、再びベッドに横になろうとして今度は足を引っぱたかれた。思わず上げた悲鳴に被せるように、地を這うような声が名前を呼んだ。反射的に背筋が伸びる。
「寝ていいなんて言ってねえぞ」
そっと顔を上げれば、ベッドサイドでは不機嫌を隠しもしないワインレッドの瞳がカインを見下ろしていた。さっきは部屋が薄暗くて見えなかったらしい。もしかしたら、恐ろしくて無意識に視界から追いやっていたのかもしれないが。
顔を顰めて腕を組むブラッドリーを前に、ベッドの上で縮こまって考える。だけど全く心当たりがない。初めてベッドを共にして、うれしくて幸せな気分のまま眠りについたことしか思い出せなかった。たぶん、ブラッドリーも同じ気持ちでいてくれた。と思う。少なくとも、ここまで怒らせるようなことはしていない。
何が悪いのか分からないので謝ることもできず、黙り込むしかなかった。俯いたカインの頭上に重くため息が落とされる。
「室温は」
「え?」
「暑いのか」
そう聞かれて、訳が分からないまま首を振る。暑がりなカインに合わせて少し低めに設定されている部屋の中は、十分に快適な温度と言えた。そう告げれば何事かを考え込んだブラッドリーが再びため息を吐く。
「場所代われ」
こっちで寝ろと腕を引かれて、窓際から移動する。入れ替わるように、あいたスペースにはブラッドリーが寝転がった。何だか疲れたような様子なのが気になったが、問いかける前に指先で呼ばれて言葉を飲み込む。胸元に頬をすり寄せると、がしっと肩を掴まれた。そのままぐるりと体を反転させられて、背中にブラッドリーの温度が触れた。
「ブラッド?」
「こっから動くなよ」
どうしてだと首を傾げれば、足は前に行くように出来てんだと返される。足?と復唱して、ふと思い出す。朝起きた時に、無残にベッドの外に蹴りだされている毛布のことだ。そういえば、今も上掛けはベッドの下の方でぐちゃぐちゃになっている。まるで誰かに蹴りつけられたかのように。
「……もしかして、ボスのこと蹴っちまってたか?」
恐る恐る問いかけた言葉には三度目のため息が返された。すまないと謝ったものの、頬が緩むのは止められそうにない。腹に回された腕に指を絡める。
蹴られて起こされても、それをカインが分かってなくても。ブラッドリーがこうして抱きしめてくれるのがうれしくてたまらない。
キスしたいと呟くと、朝までいい子にできたらなと鼻をつままれた。