どうしようかと考えて、零れそうになる唸り声をグラスを傾けて飲み込んだ。夜中にこうしてブラッドリーの部屋に入れて貰えたのは良かったが、話を切り出すタイミングを計りかねている。いくらカインが大雑把だとは言え、内容が内容だけに乾杯してすぐというわけにもいかないだろう。
かと言って、このままのんびりと酒を嗜むことも出来そうになかった。グラスで揺れる琥珀色に弱り切ったような自分の顔が映る。何だか随分余裕がない。
「それで?」
「え?」
隣から聞こえた楽し気な声に顔を上げた。弧を描くワインレッドと目が合う。さっさと吐けとからかいまじりに告げられて思わず苦笑してしまった。空になったブラッドリーのグラスに酒を注ぎながら小さくため息を吐いた。
「気づいてたのか」
「気づいてほしかったんだろ」
隠す気あったのかと笑われて、そうかもしれないと頷くしかできなかった。いつ切り出すかとじりじりしていたのだ、ブラッドリーから尋ねてくれて助かったのは確かだった。
「なあ、明日は何か用事があるのか?」
「特にねえな」
賢者にも北の国への依頼がないのは確認済みだ。ブラッドリー個人の用もないのなら、明日の心配はしなくてもよさそうだとほっと息を吐く。その様子に笑い声をあげたブラッドリーが上機嫌にカインの肩を抱いた。
「何だよ、俺様に抱いてほしいとでも言うつもりか?」
「何でわかったんだ?!」
そこまで外に漏れていたのかと思わず頬を隠してしまった。さすがにここまで知られているのは恥ずかしい。それともこれは、ブラッドリーが鋭いだけか。きっと得意げな顔で笑っているんだろうと見上げた顔は、だけど随分微妙な顔をしている。どうしたんだと尋ねようとして、はっとした。
「もしかして、相手がいたか?」
ブラッドリーなら確かにそれでも不思議じゃないが、囚人という立場上特定の相手はいないのだとばかり思っていた。だけどそうでないなら悪いことをしたなと思う。無理を強いる気持ちは全くないが、相手がいるのに誘われるのはあまり気分がいいものじゃないだろう。
すまないと眉を下げると、肩に回っていた腕が緩んで体温が離れていった。
「相手なんているわけねえだろ」
呆れたような声に、よかったと胸を撫で下ろす。
「なあ、だったら……」
相手してほしいと続けるはずの声は、顎を掴んだ指に阻止されてしまった。ワインレッドの瞳が何かを煽るように細くなる。口元から覗いた犬歯が牙のように見えた。
「盗賊なんか相手にしちまっていいのか?」
中央の騎士、と呼ばれて思わず眉間に皺が寄ってしまった。若造だと侮られることはよくあるが、さすがにこれは許容できない。
カインは誰でもいいからブラッドリーに声をかけたわけではないのだから。
「俺が相手にしてほしいのは、盗賊でも囚人でもなくて、あんただ」
ブラッドリーと名前を呼ぶと、目が丸くなった。
例えブラッドリーが盗賊でも囚人でも賢者の魔法使いでもなかったとしても、彼が彼であるならそれだけが理由になる。慣れていそうだからということも確かにあったが、ブラッドリーを覆うものだけ見て相手を決めたと思われるのも心外だった。カインが触れてほしいのは、盗賊団の首領じゃなくてブラッドリーだ。
そう告げても、ブラッドリーは黙り込んだままだった。首を傾げてふと気づく。もしかしてこれは、ムードを作るためのただの言葉遊びだったのかもしれない。ここまで力いっぱい否定するべきじゃなかったような気がして視線が泳ぐ。
「えーと、……騎士らしくした方があんた好みか?」
「……何でそうなんだよ」
「違うのか」
違えと返したブラッドリーが、大きくため息を吐いた。顎を掴んでいた指先が頬に滑る。ワインレッドが近づいて、思わず口元が緩んでしまった。
覚悟しておけと呟く声に答えるように名前を呼んで、腕を伸ばした。