カインはしっかりと、ネロにもらったメモをにぎりしめた。今日の任務は、ブラッドリーにメモの中身をおしえることだ。
日曜日のスーパーにはたくさんの人がいる。すごいなと見ていたら、後ろから名前をよばれてあわてて返事をした。離れちゃいけないって言われていたんだった。カートをとりだしたブラッドリーのズボンをつかむ。
「一つ目は?」
「えーっと……こ、ま?つ、な。……こまつな!」
「野菜かよ」
「ちゃんと食べないとダメなんだぞ」
そういうと、いやそうな顔をしてわかってるとため息をつく。おおきな手が緑の野菜をかごの中に放りこんだ。
カインだって野菜よりお肉の方が好きだけれど、ネロのつくる料理ならなんでもおいしいのだ。だから、野菜うりばにいたってわくわくしてしまう。この野菜がどんな料理になるんだろうとかんがえると、なんだかよだれが出てくるみたいな気持ちになる。
ブラッドリーはそうじゃないのが、いつも不思議だなとおもう。
緑がいっぱいの棚をみていると、上から、次はと声をかけられてはっとする。
「つぎは……とー、ま、と。トマト!」
また野菜かよと文句をいいながら、ブラッドリーはちゃんとトマトをかごに入れた。次は、と聞かれて、じゃがいもだとおしえた。じゃがいもはまだ食べてもいい野菜みたいで、今度は文句を言わなかったのが少しだけおかしい。
そのあと、何個か野菜をかごに入れて、次の品物をみる。わっと声をあげてしまった。
「ベーコンだ!!」
「声がでけえ」
「あっ」
そうだ、お店の中ではあんまりおおきな声を出さないようにと言われていたんだった。あわてて手で口をふさぐと、メモが床におちてしまった。ネロが書いてくれた大切なメモだ。なくしたらこまるし、きっとネロもかなしむ。向こうに飛んでいってしまったメモを追いかけた。しょう油の棚の近くでとまっていたメモをひろって、よごれたりやぶれたりしていないのを確認して安心する。よかった、とおもって顔をあげて、そこにはだれもいないのに気がついた。
ちがう、人はいっぱいいる。だけど、ブラッドリーはいなかった。そこでやっと、メモを追いかけてブラッドリーのそばを離れてしまったのに気がついた。
「ブラッド……?」
名前をよんでも、答えてくれる声はない。途端にこわくなってしまった。このまま、ブラッドリーと会えなくなったらどうしよう。そんなのいやだ。
足がうごいた。ブラッドリーはとても目立つ。保育園でもよく先生にうわさされているぐらいだから、きっとスーパーでもよくみえるはずだ。きょろきょろとまわりをみながら、ブラッドリーを探した。
大丈夫、きっとすぐみつかる。ブラッドリーは大きな傷があってこわいっていう友だちもいるけど、本当はすごくやさしいのをカインはよく知っている。だから、カインのことを置いていったりしない。
だけど、いくら探しても、あのめずらしい白と黒の髪はみつからなかった。ぐす、と鼻をすする。ガマンしても目の前がぼやけてきてしまった。かっこわるいと首をふって、ごしごしと目をこする。大丈夫、まだ探してないところがあるだけだ。
次はこっち、と歩きだそうとして、ぎょっと手をつかまれてびっくりしてしまった。先生が、悪い人につかまっちゃうかもと話していたのをおもいだす。にげないと、と手をひっぱろうとして、その前に体をぐいっと持ちあげられてしまった。かいだことのあるにおいがした。
「おい、坊主。離れんなっつったろ」
「ブラッド……」
ごめんなさいって言わないといけないのはわかってるのに、安心して涙が出てきてしまった。おおきな手が目をこする。ちょっといたいのがいつも通りのブラッドリーで、ますます涙が出てしまう。汗をかいた首にぎゅっと抱きつくと、ぽんぽんと背中をたたかれた。
「ごめ、っなさい」
「……次からは離れんなよ」
うんうん頷くと、やさしく頭をなでてくれた。