試しにやってみるだけなら、とプライベート用の端末でページを開いた。現れた数々の香水瓶に圧倒されながらプランの説明を読み進める。同僚に聞いた通り、初回に五種類ほど選んで香りを試してみることができるようだ。量も一週間分と少なく、値段も安い。しかも、試した香水をそのまま購入するなら、かなり値引きされるらしい。これならカインにも手が出そうだった。
元々香水を使う習慣もなかったし、使ってみようとも思ったことがなかったのだ。だけど、やたらと香水の使い方がうまい上司ができたおかげで興味が出てきてしまった。影響されたなんて知られたら絶対にからかわれるから言わないが。
しかし、こんなにたくさんの種類の香水を選べるとは思わなかった。おすすめのブランド名を羅列されたところで、全く詳しくないカインにはちんぷんかんぷんだ。とりあえず、一番最初に出てきたものを選んでみるかと伸ばしかけた指を、後ろから掴まれた。思わず悲鳴を上げる。嗅ぎなれた香水の匂いがした。
慌てて振り向けば、今一番見たくなかった顔が見えてちょっと後ずさってしまった。
「ぼ、ボス。どうしたんだ?」
「休憩だよ、休憩」
それより、と楽しそうな瞳がカインの顔を覗き込んだ。
「女でも出来たのかよ?随分遊ばれてるみてえだな」
「はあ?!」
何でそうなるんだと問えば、こんなもの選んでるからだろとページを指さされる。そこに書かれた女性向けの文字と購入時の値段に思わず青ざめた。特に後者に。
カインの給料半年分の金額から目を背け、急いで元のページに戻っておいた。選択する前でよかったと胸を撫で下ろす。まあ、お試しの時にはこの値段は関係ないのだが、購入の際にミスしてしまう可能性を考えると選ばないに越したことはない。
「で?」
「へ?」
「女じゃなかったら、何だ?」
そう問いかけるブラッドリーの顔には、いいからかいのネタができそうだとわかりやすく書いてある。思わず視線を反らしたが、故障したアシストロイド並みにきごちない動きになってしまった。さりげなく端末を隠しながら、何となくだと答えてみる。そんなもので誤魔化されてくれる人ではないのはわかっていても、素直に理由を口には出来なかった。
へえ、と呟く声が恐ろしい。かといって、これ以上言葉を重ねる方がよくないのだとわかっているから黙っていることしかできなかった。
カインの様子を探るように見つめていたブラッドリーが、何も言わずに隠していた端末を取り上げた。反射的に取り返そうと伸ばした手をあしらい、何事か操作している。
何してるんだと上げた声に答える代わりに、再び端末がカインの手の中に戻された。画面には、決済完了の文字。
「頼んじまったのか?!」
「てめえで選べるってんなら、取り消してもいいぜ」
そう言われると文句を飲み込むより他ない。カイン一人で、あの量の香水から条件に合ったものを探し出せる気はしなかった。先程のようなことになるかもしれないと思えば尚更だ。渋々礼を言えば、届いたら知らせに来いと髪を乱して、あっさり立ち去っていく。
理由を尋問されずに済んでほっとしたが、それと同時に何だか嫌な予感もしてしまう。先程から少しも変わっていない端末の画面を見つめて、ため息を吐いた。