酒を飲むのは楽しい。大勢の仲間に囲まれた場なら尚更だ。皆と楽しく話して笑って、しこたまアルコールを摂取して。そうして待っているのは二日酔いだ。げっそりしながらベッドから起き上がり、鈍く痛む頭を抱えながらため息を吐く。ブラインドの隙間から漏れ出る光でさえも、今のカインにとっては毒でしかなかった。
昨夜の飲み会に参加したことは後悔していないが、もう少し酒量を押さえておくべきだったと心からそう思う。やっぱりテキーラを頼むという同僚を止めておくんだったと後悔したところで、頭痛がよくなってくれるはずもない。もう一度ため息を吐いて、とりあえず水を飲もうと顔を上げたところでぽかりと口を開いてしまった。
広い。めちゃくちゃに部屋が広い。しかもどこもかしこも高そうな品物で埋め尽くされている。安い家賃だけが取り柄のカインの部屋とは似ても似つかない、全く知らない部屋だった。
「どこだここ?!」
声を上げてしまってから、はっとして口を塞ぐ。カインにこんな部屋に来た記憶はない。つまり何者かがここに連れ込んだのだ。ただベッドに寝かされていたことを考えるとそこまで警戒するべき相手ではないだろうが、大人しくしておくに越したことはない。
口から手を離して深呼吸する。すぐに動けるように身構えて、先程の声に反応して近づいてくる足音に耳をすませた。
相手は一人。歩幅とスピードから考えるに、カインが起きていることに驚いてはいなさそうだ。足音は小さめだが、特に押し殺しているようには感じられない。近づいているのを知られては困る、ということでもないらしい。
足音が止まり、ドアが開く。その向こうには、
「ボス?!」
見慣れた上司の顔があって再び声を上げてしまった。顔を顰めたブラッドリーがボリュームを落とせとジェスチャーする。慌てて声を飲み込んだ。
「ま、それだけ元気がありゃ問題ねえな」
投げつけられた水のボトルをキャッチしながら、そういえば昨日の飲み会にはブラッドリーも参加していたなと思い出す。仕事が残っているからと途中参加だったのでほとんど話すこともなく、すっかり忘れてしまっていた。改めて部屋の中を見渡す。
黒を基調にしたベッドルームは、言われてみれば確かにブラッドリーの部屋としか思えないこだわりに満ちている。無駄に警戒してしまったことが恥ずかしかったが、見知らぬ相手ではなかったことにほっと胸を撫で下ろした。安心したせいか忘れていた頭痛がぶり返し、のろのろと水のボトルに口を付けた。
冷たい液体が喉を通るとすこしだけすっきりした気分になる。冷静になった脳みそが今の状況を正確に把握していた。つまりブラッドリーは、泥酔して家に帰れなくなったカインを部屋に連れ帰って、泊めてくれたのだ。
「ボス、すまない。ありがとう」
泥酔した成人男性をへやに連れてくるのは骨が折れただろう。同僚も手伝っていたのかもしれないが、それでも迷惑をかけたことに変わりはない。何かしなかったかと聞くと、そうだな、と笑ったブラッドリーが近づいてくる。顔を覗き込まれ、影がかかった。
「ほら」
弧を描く唇を指されて目が丸くなる。ただ単に口元を示しているわけではないだろう。何を強請っているのか、とは聞けなかった。
「なんだよ、てめえが言ったんだぜ?」
「へっ?!」
慌てて記憶を探るが全く出てこない。そもそもがブラッドリーと会話をした覚えがないのだ。何を言ってしまったんかと血の気が引いていく。目の前の顔が見れなくて視線を反らした。
「仕方ねえな」
呟く声と共に、顎を掴まれる。強引に引っ張られ、抗う間もなくキスされた。呆然とするカインを満足そうに見てブラッドリーが離れていく。
言葉が出ないのは同意がなかったからでも、上司とキスしてしまったからでもなく。何故かひどく体に馴染んだ感触だったから、だ。昨夜の抜け落ちた記憶の断片を見たような気がしてしまう。
どういうことだと言っても、答えが返ることはなかった。