あれはどこだと聞かれて、そういえば今日ブラッドリーが来た目的はそれだったなと思い出した。来年の必修で使う教科書代わりの本。必ず購入するようにと言われるものの大学生にとってはかなり痛い出費だ。担当教授の著書なので買わないで済ますという選択肢も取れず、それ故、先輩から後輩へと資料が引き継がれるのが慣例だった。
カインが在籍していたころから変わらぬ習慣にうれしくなって、ブラッドリーに譲る約束をした。家に取りに来ると言うから、それなら連休を取るから二人で過ごそうとも言った。まさかベッドから起き上がれなくなるとは思わなかったけど。
ぐずぐずに蕩けたままの頭と体では本を取り出すことさえ難しくてクローゼットを指さすことしかできなかった。いつも通りの足取りでベッドから降りる背中に何か言いたいのに、当たり前みたいに差し出されたペットボトルに言葉が詰まって黙り込むしかできなかった。冷蔵庫から取り出されたばかりの水が汗だくの体に染み込んでいく。シャワーを浴びたいなと思ったが、さすがにまだ無理そうだとため息を吐いた。
ごちゃごちゃとしたクローゼットに文句を言うブラッドリーをぼんやり眺める。用意はしていたからすぐに見つかるだろう。そう思っていたのに派手な傷の残る背中はずっとクローゼットの前から動こうとはしなかった。
「……ブラッドリー?」
掠れた声で名前を呼べば、振り向いたブラッドリーがぴらりと紙の切れ端を差し出した。何だ、と考える前に理解する。慌てて起き上がろうとして、力が入らずベッドに沈み込んだ。枕に呻き声が吸い込まれていく。見たのか、なんて聞かなくてもわかる。
あれは全部、ブラッドリーからの手紙だった。正確に言えば書置きか。鍵はどこに置いてあるとか、次はこれが食べたいだとか。ルーズリーフの端に書かれた些細な言葉を捨てるのは何となく嫌で、全て取ってあったのだ。そういえば、本を探す時に奥から引っ張り出したかもしれないとようやく思い出す。
「全部取ってあんのかよ」
「……いいだろ、別に」
悪いとは言ってねえだろと笑われて物凄くいたたまれない。ばれたらまずい秘密じゃないはずなのに、顔を覗き込まれてしまうと何だか居心地が悪かった。視線を反らせばシーツに着地した手が映る。ぎし、とスプリングが鳴って慌ててしまった。その意味がわかってしまうくらいには頭は働いている。
「待て! 待ってくれ、もう無理……」
「聞けねえな」
「んんっ」
熱い手のひらが頬を包み、唇を塞がれる。これ以上は本当に、と腕に爪を立てても、逆にシーツに縫い付けられてますます身動きが取れなくなってしまう。
甘えるように唇を食み、舌を擦り合わせ、頬の裏側を撫でる。
「ぅ、んっ……ン、ッ、ブラッドリー……」
「なあ……また、書いてやろうか?」
「は、……っなに」
「手紙」
今度はラブレターにでもしてやるよとからかうようなことを言うくせに、語尾がうれしそうに弾んでいるから何も言えなくなる。キスだけだぞと念押しして、そっと首に腕を回した。