主人公。 自分の上にはどこぞの懲罰厨の女がいて、胸ぐらを掴まれているという奇妙な現状から冷慈は思考を回す。今自分が一番にすべきことはなんだ。
ここは惑星アクライアにあるとある施設の倉庫である。この施設ではアブソルートの能力を人工的に他人へコピーペースト、つまり複製することを目的とした施設だ。そんな厄介な施設の倉庫に何故満田冷慈がいたのかと聞かれれば答えは単純だ。彼はこの施設での被験者である故に、この施設の所業を止めに来た。そう、そこまではよかったのだ。
彼女、ニヒツ・グリュック・リーベルノが引っ付いてきたことだけが誤算だった。
「お前だけは懲罰してやる、兄さん達と鍛え直したんだぞ!聞いているのか!」
「シーっ!」
二度目の邂逅というのに未だにあの初回を忘れらないのかくってかかってくるニヒツに思わず人差し指を立てて静止を促す。相手は厄介な連中なのだ、バレたらどうなるかなど想像に容易い。
(だって言うのにこの女……なぁにがエレガント蛮族だ、蛮族の間違いだろうよ)
面倒なのに捕まった。よりによって仕事の時に限って。と舌打ちをしながらホログラムを起動する。そこにはこの建物の見取り図が映し出されており、そのうちのひとつにピンを立てる。その部屋の映像を映す。これが冷慈が懇意にしている惑星ニューロのスーパーポール捜査官二人組から得た前回の仕事……いわゆるインターンシップの報酬だ。
「何をしようとしている?」
「……、この建物の電力源を落とす」
「なんのために」
「能力の複製を一時的に止めるために」
「の、能力の複製?派生能力者か…?」
「派生する前だ。人工的に他人の能力を貼り付けられた人間がいるのさ」
「一体ここは何が目的でそんなことをしている!許されるわけないだろう!」
「うるせぇ、しらねぇよ目的なんざ。最近その行動があまりにも著しいから一時的にでもいいから電力を落としてこいって頼まれごとだ。わかったら帰りな出る幕じゃねぇだろ。アンタらが好むような派手な懲罰はすぐにはできねぇ、根が深い組織なうえに連中は人間なんてゴミ屑のように捻り潰しやがる。死闘は俺たちみてーなガキじゃなくて大人に任せたほうが適任だ。」
淡々と戦況と己の実力、そうして自身がまだ子供の域であることをなんのプライドもなしに告げる彼にニヒツは自分との真逆さを思い知る。ブラッドとはまた違った戦い方を知っている男だと思った。ブラッドは目の前の敵を己が手で、その命の炎を燃やして倒してこそだという戦い方を好んでいるように思う。だからこそ、彼は自分に全力で応戦してくるのだ。一方で、この満田冷慈という男は自分をどついたりしてこそこないが、人の動かし方、自身の身の振りをよく知っているような、人の上に立つことを知っているような口振りをする。
「お前は一体……」
どんな境遇にいるのかと聞こうとした時、あたりの空気が一段階重くなったのを両者はほぼ同時に感じ取り、なんの打ち合わせもアイコンタクトもなしに別方向に現在地から飛び退いた。そこには一本の巨大な氷柱が突き刺さっており、一歩でも遅れていればその下で今頃鮮血を回せていたであろうことがわかるほどの巨大な力だった。
「チッ、なんだってんだよ……!」
宙返りをしながら着地した冷慈は、ホログラムは開いたままその氷柱落としの犯人を視界に入れる。視界のホログラムに浮かぶ文字はdanger。
警告の合図だった。
途端につけていた無線のイヤホンから警告音が響き出す。
『danger。第三勢力、第三勢力が出現シマシタ。直ちに退避または従属サセテクダサイ』
「はぁ!?第三勢力!?何でこんなところに……!」
生憎と現在の時刻は、まだお天道様の登る真っ昼間。冷慈が自身の能力、一夜の祭を使うには早すぎる時間である。文字通り夜に解除することで自身の筋力を底上げし、車一台余裕で鉄屑にするその特殊な能力は昼に無理に使えば即刻使用過熱に陥り、そもそも戦闘も退避さえも厳しくなる。だから今、使うわけにならない。よって彼の中での決断は一つ。勝てそうに無ければ逃げる。これが相手が同じ人間であり、年も近けりゃ話は変わってくるが、相手はそもそも能力の具現化した姿のいわゆる力の化け物。
もちろん自身もA-G-E-N-Tという第三勢力を味方につけてはあるから呼べばいいのだが。
(今日そういや……デートがどうのって……浮かれてたなぁ……)
あの色恋野郎が。と心の中で舌打ちをし冷慈はニヒツへ声を飛ばす。
撤退の合図を。
「ズラかるぞ!蛮族!」
「な!?逃げるっていうのか!?」
「あぁそうだ!」
嗚呼どうしてこの女と俺は悉く価値観が合わないものか。
「自分よりも強い相手を前にして逃げる理由などあるか!立ち向かえ不良野郎が!」
「馬鹿か!実力不足だっつってんだよ!テメェも俺も!」
「本当に実力不足かどうかなんてためしてみないと、分からないだろう!そこで指を咥えて見ているといい!……抜刀!!」
「あっ!?この馬鹿……っ」
そうしてニヒツ・グリュック・リーベルノは落ちてくる数多の氷柱を的確に見極め避けながら標的へと狙いを定め距離を詰めに駆け出した。握りこめた愛刀で時たま飛んでくる氷柱片を斬り弾き飛ばす。この手に感じる恐ろしいほどのAPのエネルギーが腕さえをも痺れさせてくる気がした。それでも、やはり引き下がるなどという真似は出来なかった。
何故なら彼女もまた、この創造主の作り出した主人公、ブラッド・ベロニカというダークヒーローと同じように、戦闘狂であるからだ。だからこそ、彼女と彼は真っ向勝負が成立する。ブラッド・ベロニカがダークヒーローであり、満田冷慈がお人好しヒーローであると仮定するならば、ニヒツ・グリュック・リーベルノはさながら折れることのない正義のヒロインなのである。
さて話を戻すとしよう。目の前にいる氷の能力を持つらしい第三勢力は頭を抱えるように絶叫をあげ、その声に反応するように巨大な氷柱は次々と無造作に冷慈やニヒツへと降り注いでいる。相変わらずそれをとんでもない集中力で見切り、避けては駆け出しを繰り返すニヒツは、未だに何故かその第三勢力の元へ辿り着けないでいるのだ。
(何故だ……ッ!これだけ走っているのに距離が縮まらないだと…!?)
まだ息は切れていない、幸いなことに集中力も切れてはいない。いや、切らしたら死ぬだろう。そんな無様な死に方をよりによって満田冷慈に見られるなど言語両断なのである。だが、あまり気の長い方ではない彼女の苛立ちが表情に出てきだした頃だった。ふと横に走る姿を捉え振り向けばそこにはいつの間にきたのか冷慈がおり、ニヒツの方を向かずに喋り出す。
「あの第三勢力は、多分ここで複製されて自我ごと乗っ取られてるぞ」
「はぁ!?なんだそれは!」
「……能力が複製できるなら、第三勢力だって複製できるだろ、あいつらは能力そのものなんだから。どうせそれを兵器に変えて量産して使う気だぜ、あの連中の考えそうなこった」
「なっ……!」
「さしずめ俺たちはそのテストプレイとやらに選ばれたのさ。侵入者の排除には都合がいいだろ。どうせ能力のせいでこれ以上は近寄れねぇんだから今は諦めて精々氷柱に潰されねぇように逃げるんだな。……どこぞのヒーローが来るまでの辛抱さ。あぁあと、ここでは能力を使うなよ。使った側からコピーされてそっくりそのまま他人に移植されんぞ。実力一つで生き延びな」
フッと一瞬笑ってそれだけ告げれば冷慈は別方向へと舵を変え、氷柱を避けながら消えていく。全く高弁ばかり垂れる男はこれだから好きじゃないんだと思わずニヒツまで舌打ちをする。走っても走ってもやはり原因の元へは辿り着かず、こんな命懸けの長距離マラソンは授業でさえもごめんだと悪態をついた瞬間だった。前方上空からの極寒の冷気を吹き飛ばすような熱気が後方から迫り上がって、目の前の氷柱を溶かしていくのが視界に入る。
「待ってたぜ!ヒーロー!」
「人使イガ、荒いンダよ、アニキはヨ」
見慣れない骸骨のような男から発せられた煉獄の炎は全てを溶かして辺りを灼熱地獄へと一変させてくれる。
「今だ!ニヒツ!走れ!お前が叩け!!」
突然現れたダークヒーローに気を取られた彼女に指示を飛ばしたのは、ご高弁垂れてくれたあの不良男だった。だが確かに恐らくは、あの氷の第三勢力の能力が切れた今のこの一瞬、一番近くまで来ていたのは紛れもなく自分であった。
(やっぱり、愚直に追いかけるのも間違っていなかったな)
彼女は再度その愛刀を握りなおし駆け出した。相手が化け物であろうと関係ない。今この瞬間、誰より強く誰よりも、主人公であるのは、彼女ニヒツ・グリュック・リーベルノだ。
「はぁ。だりぃ。まさかこんな端役で呼ばれるとは思わなかったぜアニキ」
「悪ぃ悪ぃ!贅沢なヒーローの使い方しちまったな。いやー、電源落としに来ただけで狙われると思わなくてよ。帰ってから一戦本気でやっから許してくれよ」
「言ったな?」
「おうよ」
「ハァ……ッ、は……っ、斬った!斬ったぞ!!」
倉庫内に響いた彼女の声に冷慈とブラッドは軽く笑ってすげぇすげぇだの適当な褒め言葉を告げながら歩いてくる。
「よぉ蛮族、だいぶ苦戦してたじゃねぇか」
「うるさいぞ俗物、結果として勝ったんだ。そこの不良野郎!今回は私の勝ちだな!」
「だとよ、アニキ」
「言ってろ。蛮族」
軽く笑って冷慈はそのまま歩みを進めニヒツから斬られた第三勢力へと近寄る。
流石は能力の具現化なだけあって死んでいるわけはなく、自我を取り戻したのか酷く怯えた顔で三人を見ていた。
「……。大丈夫か?」
氷の能力を最大出力で出してきたその化け物は真っ白な幼女の姿へと形を変え、じわじわとその氷のように透き通った目に涙を浮かべるがそれが流れ落ちる頃には、既に氷の粒になっている。
「ニンゲン、コワイ、ワタシで、ジッケンした」
「……あぁ、あの連中はそういう奴だ」
「あなたも、あのひとたちも、ジッケンする」
ポタポタと泣き出した第三勢力を見て、なんだか謎に居た堪れない気持ちになりながらも冷慈の後ろではブラッドとニヒツが頭をかいている。
自分達が、溶かして斬ったその瞬間は確かにどちらかというと雪女のようなそれはそれは恐ろしいビジュアルをしていたものだから、討伐対象であったが、こうして見ているとあの第三勢力もただの被害者にしかすぎないのだ。
「あの二人は、お前を助けたヒーローだよ。……価値観が違っても、性根から腐ってるわけじゃない。大丈夫だ」
「ホントウ?」
「おう」
そうして幼女の姿になった雪女は冷慈に片腕で抱えられて二人の前へとやってくる。
「……ワタシ、サンニンこまったら、おてつだいする。よんでくれたら、氷柱、おとせる。」
「俺と相性悪くねぇか?」
「呼んだ側から溶かしちまうなブラッドは」
「……私の手伝いを?」
「ウン」
「やめとけやめとけその女は蛮族だぜ?」
「俗物が何を言うか」
「誰が俗物だと?」
「……なぁあの二人氷漬けにできるか?」
「アニキ!?」
「貴様ァ!」
後輩と厄介な同級生の真剣勝負が今にも始まりそうな空気を察し水を差し倉庫から外へ二人と新しい第三勢力を連れて出たたところで冷慈は本来の任務を思い出す。そうだ、電源を落とさなければならなかったのだ。
(あっ、ヤベェ忘れてた)
後日一人で電源装置ごと破壊しにきた話はまた今度。