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    NASU_1759

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    NASU_1759

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    封鎖機構パイロットとフロイト
    OC名フュス
    ※OC要素強め

    やがて開くヤヌアリウス 生きるために何人の人間も殺した。どれだけ蔑まれようと罵られようとも、すべては生きるためだった。罪悪感という優しい感情を抱いたのは子どもの頃の初めての殺人の時だけで、罪も無い通りすがりの若い女を撃ち殺してからは何も感じなくなった。生きるために殺して何が悪い。この星の人間たちはそうやって他人を搾取して生きているのだから、何も問題は無いはずだ。
     そう。生きるためには金がいる。金を手に入れるには仕事がいる。仕事をするには力がいる。そのために、フュスが第二世代強化人間手術を受けたのは必然だった。
     発展途上の僻地の星に生まれたのがフュス不運の始まりで、口減らしに母親に捨てられてからはスラムの路地裏でゴミを漁り、物乞いをし、盗みや殺人もした。飢えでどうしようも無い時は、汚い男たちにパン一個分にしかならない端金で身体も売ったりもした。
     使えるものは徹底的に使った。尊厳を自ら捨てたとしても路地裏に溢れかえる、蝿と蛆に喰われる死体たちの仲間にはなりたくなかった。あの時は自分を捨てた親を恨む余裕もなく、地獄の中でただ生きることに必死だった。何も特別なことではない。周りの子どもたちも同じようなもので、自分を哀れなど思ったこともなかった。
     そしてこの地獄から抜け出す唯一の手段は、安価で、手っ取り早く力を手に入れられる旧世代強化手術を受けることだった。新世代強化手術ができる医者も設備も無かったという事情もあるが都合が良かった。大した産業もない枯れ果てた星において唯一の資源といえるものは人間で、特に強化人間は優先的に軍や企業、民間軍事会社からは今までの人生が馬鹿馬鹿しくなるぐらいの、特別良い条件でオファーを受けることができたからだ。
     しかし、とうに廃れたはずの旧世代強化手術の死亡率は高く、運良く成功したとしても多くは取り返しのつかない後遺症が残った。ハンデを抱えた人間が生きていけるほどこの世界は甘くはなく、闇医者の小遣い稼ぎのために皆苦しみながら野垂れ死んでいった。
     それでもこの腐った星から抜け出すために、分の悪い賭けに残りの人生をベットするのだ。フュスも有象無象のギャンブラーの一人に過ぎなかった。
     だが、フュスは賭けに勝った。ロイヤル・ストレート・フラッシュのカードを揃えたのだ。
     フュスは第二世代の術式と相性が良く、精神侵食に陥ることもなく、コーラルによる脳の焼き付きも緩やかだった。月に一度の酷い頭痛と耳鳴りさえ我慢するだけで、他世代の強化人間たちを精巧なスコープのレティクルに捉え、徹甲ライフル弾で地獄へ送り続けることができた。調整の甘いリミッターは、人体の安全を優先された生ぬるい新世代強化人間とは違う大きなアドバンテージだった。
     手術の成功に甘んじることなく血のにじむような努力と執念で奈落から這い上がったフュスが、封鎖機構の特務部隊に迎えられるのは時間の問題だった。封鎖機構は身元の保証が無くとも、実力さえ示しさえすればどんな人間でも歓迎した。育ちの悪いフュスを侮り見下していた小綺麗な身分の連中もいたが、その能天気な頭を全員まとめて撃ち抜いて──もちろんシミュレーションポッド内でだが──その口を黙らせた。仕事も常に命の危険がつきまとってはいたが、フュスにとってそれは今に始まったことではなかった。
     夢にまで見る、飢えと死に怯える必要の無い穏やかな暮らしのために。誰よりも昇進し、金を稼ぎ、穏やかな残りの人生を過ごすためにフュスは引き金を引き続けた。
    「お前、何世代の強化人間だ?俺の見たことがない不思議な動きをする」
     今この時までは、封鎖機構に入隊してからのフュスの人生は順風満帆だった。そしてここに来ての不運は、アーキバスのV.Iに遭遇してしまったことだ。部隊員は援護狙撃が届く前に早々に撃墜され、後方にいるフュス一人が必然的に残された。応援が到着するまでアーキバスのトップ相手に耐えろという本部からの指示はどだい無理な話であり、舌打ちを叩く余裕もない。
     残弾数発となったところで若い男の声が機内のスピーカーに割り込み、一瞬手が止まりかける。混線ではなく、敵ACパイロットからの狭域オープンチャンネルからの通信。
     今まさに殺し合いをしている相手に返事をしてやるお人好しでもないし、わざわざ教えてやる義理もない。なによりも交戦中の敵機に通信を繋げるなど正気の沙汰では無い。フュスは喋る余裕も無いというのに、敵パイロットの落ち着き払った態度に腹が立ち、通信を切断する。
     相手の動きについていけている。だが、確実に詰められている。数発は当てはしたが、こちらのほうが損傷は遥かに大きい。相手の間合いで呑気に撃ち合いを続けていれば状況は悪くなる一方で、レーザードローンを避けながらの狙撃も分が悪い。おそらく、ACとLCの機体の性能差だけでもない。勝敗を決するならまだ損傷が深刻でない今のうちだ。
     狙撃体勢を解きスコープを外す。右腕にラッチされたブレード以外の余計な武装をすべてパージし、ブーストシステムのセーフティを解除する。はぁ、とひとしきり長い息を吐き覚悟を決め、フュスはリミッターが振り切るまで操縦桿を押し上げペダルを床を突き抜けるまで踏み込み機体を突進させた。前触れなく身体がシートに強く押し付けられる。赤く染まる計器の甲高い警告音の悲鳴がコックピット内に木霊する。苦痛を伴う高負荷Gに耐えようと奥歯が割れるほど食いしばった。ブースターの振動がコアを伝いパーツが空中分解しないことだけを祈りながら、なお加速し続ける機体に目を見開いてるにも関わらず視界が狭まりはじめるのを感じながら敵ACを追い続けた。
     高負荷Gにも耐えられる強化人間であっても、ブラックアウトの危険がある速度を超えた数値をモニターでちらりと横目で確認したが、今更止める気はなかった。
     ライフルの弾丸が機体に穴を開けていくが被弾は覚悟の上だ。急所さえ避ければいい。レーザーブレードを振らせる暇は与えず、敵ACに肉薄する。ここまで接近すればドローンは無用の長物だ。スナイパーライフルをグリップから銃口側に素早く持ち変え、最低限の動きで振り上げACの脳天に叩きつけた。
     ぐしゃり、とACの頭部がモノアイを圧縮しながらひしゃげていく。狙いはコアである必要は無い。いくら人間性をすり減らした強化人間であっても人間である以上視界を奪われればほんの一瞬でも怯み、恐怖し、パニックに陥った脳は意識に反して思考は停止する。その隙さえあればコックピットを破壊するには十分な時間だった。右腕のブレードでコックピットを貫く。そのはずだった。
    「封鎖機構にこんな戦い方をする奴がいるとは知らなかった。あいつらは行儀が良すぎてつまらないんだ。例えるなら……そうだな。美味くもないコースメニューを食わせられてる気分だ」
     フュスの捨て身の特攻に何ともないというように愉快そうに笑う声。ぞわりと背筋を震わせた。なぜ今まさに死ぬという時に笑っていられるのか、フュスには理解しがたかった。パイロットの異常性を認識した時には頭と胴体の隙間に手をかけられ、ヘルメットのスピーカーを通さない、間近に生々しく焼ける音。機体の右腕が切断され落ちていくのを眺めた。
    「それに比べてお前は面白い。馬鹿真面目に立ち回っていると思えば癇癪を起こした子どものような戦い方をする。俺には分からない。なぁ、教えてくれないか?どうしたらそんな考えになる?どう生きればお前のような人間になる?」
     男はそう言い放つとコックピットを容赦なく蹴り、機体は重力のまま数十メートルの高さから落下していく。フュスは慌てて足の間の脱出レバーを掴むが、不安定な体勢でうまく引くことができない。
     内臓が縮むような浮遊感のあと、道路に強く叩きつけられた衝撃で身体を強く打ち意識が一瞬だけ遠のく。敵はまだそこにいるんだ。しっかりしろ!暗くなる意識を唇を強く噛んで現実に引き戻す。こめかみから冷たい液体が流れる。後頭部にも濡れた感触があった。血だ、と認識する前に、蜘蛛の巣のようにひび割れたモニターのすぐ目の前にACが降り立つ姿が映った。何をする気かと恐怖がよぎると、器用に動くACのマニュピレータが遠慮なくコックピットに手を伸ばし、ハッチをこじ開けようとしていた。足元が押し潰され、右足が挟まれているせいで自力での脱出はできない。まずい、と手当り次第にスイッチを押したり操縦桿や左ペダルをがちゃがちゃと乱暴に操作するが、衝撃でほとんどの機能を失ったのかぴくりとも動かない。その間にもコックピットにヒンジの軋む音が響き、それはまるでひたひたと死神が近づく足音のようだった。
     意味の無い抵抗を続けている間にハッチが剥がされ、ルビコンのつまらない景色が広がる。太陽に反射した雪原の眩しい白さが目を焼き思わず目を細め、冷気と粉雪がふわりと入り込み無意識に眉を寄せる。寒いのは、嫌いだ。
     フュスに巨大なACの影が落ちる。開け放たれたハッチから見上げた先にはそびえ立つ機体は逆光のせいで黒い輪郭が浮かんでいた。頭を潰された衝撃でモノアイは本来あるべき場所から飛び出しているものの、かろうじてケーブルに繋がれてぶら下がっている明滅する光がこちらを捉える。そのACは無防備なフュスをいたぶるでも殺すでもなく静止したままだ。
     フュスはしばらく呆然と見上げていると、ACのハッチが空圧音とともに開き、パイロットがコックピットから出てきた。予想外の行動にフュスは目を丸くする。捕虜にでもするつもりだろうか。それとも封鎖機構内で噂になっているアーキバスの趣味の悪い再教育センターとやらに連れて行くつもりなのか。
     フュスは静かな怒りと闘争心が湧き上がった。ここまでどんな手を使ってでも自分一人の力で生きてきたのだ。名誉の戦死を遂げるつもりもないし、黙って言いなりになってやるつもりもない。いくつか内臓がやられているであろう重い身体でどうにかシートベルトを外し、手探りでサバイバルキットから拳銃を取り出して震える腕で持ち上げる。いつでも撃てるように人差し指をトリガーに掛けた。
     思い通りにいくと勘違いしてるおめでたい頭を撃ち抜いてやる。朦朧とした意識の中で反抗心だけが拠り所だ。
    「おい、生きてるか」
     ハッチの縁に手が掛けられ乗り込んできた侵入者に対してトリガーを引こうとしたが、男はコックピットに素早く滑り込みフュスの手首を掴んだせいで拳銃が手から滑り落ちる。
    「う、ぐっ」
     思ったより頭の打ちどころが悪かったようで反応が遅れ、そのまま手首をひねり上げられ、シートに押し付けられた体勢を固定される。男の反対の手がヘルメットの顎に掛けられ無理やり脱がされると、冷えた空気が肺に流れ込み思わず咳き込んだ。
    「おい、実力に合わないつまらない機体なんかに乗るな。そいつにはもう乗らせないぞ。心配するな。新しい機体はスネイルに持ってこさせる。怪我はどうだ?うん……死にはしなさそうだな。まだやれるだろう?早くやり合おう。早く殺し合おう」
     目と目が合う。無邪気に光る瞳で男はフュスを見ていた。大抵のACに乗る人間は誰もがどこか外れていた。いくら言葉を重ねても理解しえぬ感覚。だからこそ、純粋で一片の曇りもないこの男は異常だった。
    「死ね、クソ野郎」
     好き勝手にべらべらと喋る男がとにかく不愉快で、血混じりの唾を吐き出す。べったりと泡立った唾を頬につけ、きょとんと呆気にとられた男の整った顔がどうにも滑稽で、小さく喉を鳴るような笑いが自分から零れる。最期の抵抗としてちっぽけなものだが、フュスは満足した。そのせいで肺がずきりと傷んだが気にならなかった。
     そんなフュスに男は何が面白いのか、つられるように口を開いて大声で笑う。ひねられた手首の拘束を外し、フュスの両頬をグローブに包まれた手のひらで固定する。ぐい、と強く引き寄せられ、互いの吐息を感じるぐらい近づいた。唇が触れ合いそうで、身を引こうとするがそれも許さないとばかりにがっちりと捕えられている。強引に視線が合わせられた。布越しでも分かる、分厚い男の手の熱。
    「ますますお前を暴いてやりたくなった。なあ、女。俺と一緒に来いよ」
     何を言うと思ったら。ダウンタウンのロマンス詐欺師でも言わないような最低で、恋人へ送るには甘さの微塵も感じられない口説き文句に全身の力が抜け、フュスは両手を挙げてとうとう白旗を振った。呆れてものも言えない。早く迎えなりなんなり寄越して、さっさと再教育センターとやらにさっさと連れて行ってくれと、フュスは心の底から願った。
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