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    ヒロ・ポン

    支部ないです。ここに全部ある。

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    ヒロ・ポン

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    門弥/かどくらさんが重症負ってたり処置の上で痛そうな表現があります

    あなたの名前はごぼ、と湧き出る血は噴きこぼれる鍋のようだと思った。
    自分の姿を俯瞰して見ているわけではないのに今どのような格好をしているのかはわかった。無様だと言う事もよくわかる。
    弐號立会人として復職してからの期間、あまりにも短くはないかと思う。
    腕を折られようが脚を折られようがどうにでもなったが、呼吸はさすがにまずい。
    ごぼ、ごぼ、ごぼ、と血泡が湧く音は耳の内部にも至り、鼓膜のすぐ前で蠅の羽音がする。それと同時に心臓の脈打つ音が脳を直接揺らす。

    あー、だる。いて~。うるせえ~。
    そんな取り止めもクソもない事が頭の中をぐるぐるとめぐる。発語できたらいくらか和らぐのかもしれないが血の泡を噴くばかりで何も出ない。

    「門倉」
    おう、南方か。おい、なんで人のポケット漁っとるんや。火事場泥棒かって。弥鱈はどうした。今さぞかしウケとるんやろうな、この無様を見て。
    そんな事を考えていたらチン、と耳慣れた愛用のジッポのフタの音が聞こえた。
    最後の一本、吸ったらやっぱ死ぬんじゃろか。
    死に向かう道に珍しくも脚を載せ、己の首に何か強い衝撃を受けたそこで意識は途切れた。

    *
    ま~たこれかい!と言おうとしたが声が出ない。
    握らされているのがナースコールであるというのももう慣れたもので、腕の神経の無事を体感するとそのままさっさとボタンを押した。

    立会人たるもの、怪我をしないのが一番いいが怪我くらいはする。門倉雄大は歴は長いが病院の世話になるような重篤な怪我を負う頻度は低かった。
    しかしごくたまにあるその一回の損傷が重たく、今回がそのたまにある一回であった。
    目が覚めたなりの様々な処置を受ける。怪我をしているということ以外に以上がない事がわかればそこから先はいつも通りであり別段何かするような事も無い。
    一番大きな怪我でもちょっと太腿が1/3程度切断され大腿骨が折れた程度だったので、そこが治れば後は易いものだった。
    試しに動かした脚の五指は問題なく動き、シーツの皺を掴んでみてもすんなりと持ち上げられた。
    ただ一つの不便は声が出ないことだった。やろうと思えば出るが、医者に止められた。なんでも首に穴が空いているらしい。
    ああ、とすぐにわかった。意識が途絶える寸前に受けた衝撃はこれか、と鏡ごしに見てガーゼを撫でる。馬乗りになった南方がこちらを見下ろした図が思い出された。

    「御目覚めですか、門倉さん」
    あれ、とつい目をしぱしぱとさせた。声が出ないので出迎えの挨拶もなかったが、訪問者はずかずかと入って来て荷物を雑に椅子の上に放った。
    「近くにいたもので持たされました…自分の世話は自分でしてくださいよ。黒服だって忙しいんですから」
    弥鱈は座りもせずただ物言わず自分を見ているだけの部屋の主を見下ろして楽し気に話す。
    「大変良い物を拝見しましたよ。喉からボールペンの軸が生えている様、なかなか見れる物ではないですから」
    喉、と言われてまた自分の首のガーゼを触る。感じたのは刃物の感触だった。おそらくその後、弥鱈のいうところの「ボールペンの軸が生えた」のだろう。
    南方の応急処置の判断に感心したのもつかの間、よりにもよっての相手の前で無様を晒してしまったというのも後の祭りで、文句を言おうにも声がうまく出ない。
    「記念品にどうぞ」
    ビニールバッグに入れられて差し出されたのは件のものであろうボールペンの軸で、心底いらないと思った。突き返したかったが渡された方の腕は肘が固定されていて動かない。
    はあ、とも、ふう、ともつかない大きなため息を出すしかできない。ここまでの色々なものを載せたものだったが、ため息ひとつ出すにも首がひきつれて煩わしい。
    表情にこそ出さないが弥鱈は見るからに楽し気で、ビニールバッグに入ったそれで門倉の脇腹を突いて遊ぶ。
    やがてその先はついと上りあばらから胸へ鎖骨へ、そして首に触れた。
    「…まあ、そのうち、黙れと言っても勝手にしゃべるんでしょう、ここは」
    ガーゼを指の背で撫でられる。痛みがない程度の接触を受けて弥鱈を見やると、不意に顔が近づいた。

    「…次までに唇も治しておいてください」
    ぺろ、と皮膚を撫でた舌先には剥がれた血の塊が載っていた。弥鱈は口元を手の甲で拭い、やりたい放題してさっさと出て行った。
    何やあいつ、という事もできず、とりあえず今にも椅子から落ちそうになっている袋をどうにかしてくれとナースコールを押した。

    胸の上で転がるブツを指でつまむ。重たい金属製の、それでいて薄い軸。確かに喉に刺して切開後を保持するにはいい形だろう。
    胸に置いていかれたビニールバッグをああ忌々しいと思いながら持ち上げる。が、その姿の細部を認めたとたん、それは門倉の中で確かに記念品になった。
    刻印されたYとMの文字。
    それを持つこのペンが誰のポケットにあったのか、誰のデスクにあったのかまで、この壊れた脳でもはっきりと思い出せる。表稼業での貰い物を惰性で使っているのまでちゃんと知っている。
    早く喉の穴が塞がって、いつもの声が出るようにならないだろうか。
    できるかぎりの大声で「このガキ」と言ってやりたい。



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