「おかわり」はまだ早い鍋島啓護
職業∶ピアノ奏者
性別:女
恋人:佐藤入間
出会いは、インタビュー。
煩わしいインタビューなど何時も通り断ろうと思っていたが、相手がバビル出版の者と聞き、背後にあの赤い悪魔の様な奴を思いだし、嫌々ながら受けたのが最初。
身長は俺より20cm近く小さく、髪も短髪、胸もなく、ズボンスタイルは小柄な男を彷彿させるが、こいつは女だ。しかも、凄い好みの。
忙しなく動き回る姿は小動物。仕事に向き合う姿は凛とした戦士。コロコロ変わる表情は様々な花が咲く。
欠けたピースを求めるように、失った翼を求めるかように、俺は入間を必ず手に入れると決めた。
じわりじわりと獲物を追い詰めるのもひとつの手だが…こういうのもなんだが、俺が惚れるほどの良い女だ。今直ぐに手に入れなければ手遅れになる、これは確信だ。
ならば取る手はひとつ
「好きだ入間。付き合ってくれ」
真っ向正面から崩すのみ。
入間も俺に好意を覚えていたようで良い返事を貰えた。
今思い出してもなかなかそそられる表情だった。
そんな入間は今俺の隣で寝ている。
一瞬どこぞのネット文を思い浮かべてしまったが事実だ。
【御褒美】は貰ったが…刺激が強かったようで解放した時には力が抜け、ぐったりと気絶した入間が出来上がっていた。
このまま再びいただくのも悪くない。が、やはり意識がある入間から貰いたい。
はやる気持ちを押さえ、ベッドへと運ぶ。
軽い。あれだけ飯も菓子も食べているはずが、何故こんなに軽いんだ?
羽根のよう…とは言いすぎだが女の俺でこうも易々と運べる身体。
謎の薄紫色の目付きの悪い鳥?か、なにかのイラストが描かれた布団を寝ている入間に被せ、小さな寝息をたてながら眠る入間の寝顔を眺める。
こんなにも心穏やかに過ごせる日が来るとはな…
幼い頃から女というだけで家業を継ぐ兄の手伝いすら禁止され、習わされていたピアノを生業とし、誰にも、男にも男には負けたくない、そんな事ばかりを考えていた人生。他者を愛し、愛される、こんなにも心が落ち着く、そんな人生が己に訪れるとは思っていなかった。
ー僕、鍋島さんのピアノ好きですー
多くの人間に幾度となく言われていたありきたりな言葉
だが、入間は
ー力強くて、他者を寄せ付けない気高さ、でも奥にあるとても優しくて、音を楽しむ素敵なピアノ。鍋島さんの奏でる音はとても素敵ですねー
音を楽しむ…。教養のなかでも一番好きだったピアノが、いつの頃からか【女】だからと嘗められないように、馬鹿にされないように、戦う【武器】になっていた。
楽しむ日々を、遠い過去へ置き去りにしていた。
過去を、記憶を掬い上げ、音を楽しむ事を思い出させてくれた。入間を好きになってから、付き合うようになってから、変わったと言われるようになった。
同じ楽団の古村には「幸せオーラが凄いんですけど本当に凄いんですけど。ビックリするくらいお花畑な音になりましたよね。あ、この場合のお花畑は馬鹿にしている花畑ではなくてキラキラしているお花畑なんで。てか、最近恋人が出来たみたいじゃないですか。なるほど、その人の影響ですか。羨ましいですね。妬ましいですね。いいです、いでででででででででで頭を掴むの止めてください」ペラペラと喋る舌を引っこ抜きたくなる。口に突っ込むのは断固拒否、黙らせるには頭を掴んで止めさせるのが一番てっとり早い。
漸く黙った古村を投げ捨て(背後でぶつぶつ言っていたが無視だ無視)熱の上がっている顔を見られないように、人気のいない方へ向かう。
喉の奥がツンと痛んだが、心は晴れやかだった。
寝ている入間の目蓋がピクりピクりと痙攣する。
早く起きろ入間。もう一度、何度でも、何十回でも、何百何千何万と数えきれない程、数える暇などないほと、俺に入間を感じさせてくれ。
入間の澄んだ空の様な瞳が見えるのと同時に、俺は再び喰らいついた。
おしまい