油断すると痛い目に合うとは本当の事だ23時58分
あと2分
あと2分後が決戦。
23時59分
スマホの画面を何度したか分からない程、上から下へスクロールを行い、ネットを更新し続ける。
それなりに熱を持っている機械を触っているせいか、水分を失い始めてた指は6回に1度スクロールの邪魔をする。
煩わしさを覚えながらもスクロールの指は止めない。
そしてー
0時00分
パッと画面が切り替わり急ぎ狙っていた本を1冊、カートに入れ購入ボタンを押し決済画面へとすすめる。
既にクレジットカードの情報も配送先の住所等も登録済み、この決済が完了すれば…
クルクルと廻る丸を見ながら、画面を食い入るように見つめる。
画面が更新され…
ーご購入ありがとうございます。発送が完了次第メールにてお知らせいたしますー
かった…
勝った、買った、買ったのだ、俺は勝ったのだ、勝利した喜びをじわりじわりと実感しながら、購入完了画面のスクリーンショットをした。
この喜びの記念を形に残す為に。
「【ピーチの樹】さんのカルイル新刊…楽しみだ」
俺は、りゅうのあなのHPを静かに退出した。
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鍋島啓護
職業:ピアノ奏者
性別:男
恋人:なし
趣味:片想い相手(男)に似た漫画の主人公(受け)の同人誌を購入すること
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「これ面白いから読んでみてよ」
切っ掛けは学生時代の友人であり腐れ縁の七郎から薦められた一冊の漫画から始まる。
これまでの人生、漫画とは全くとは言い難いが読まない人生を歩んでいたことは七郎も知っているはず。それを理解した上で薦めると云うことは
「そんなに面白いのか」
「そう啓護君があんまり漫画を読まないのは知っているけど、全然読まないわけでも、わざわざ避けていたわけでもないでしょ?」
「避けていたわけではない。興味をそそられるような漫画に出会わなかっただけだ」
「うんだから、この漫画は絶対興味を引く物だから本当にオススメだから、特に『僕達』はきっと驚くし、面白いと思うよ」
「面白いは分かるが、驚くとはなんだ?」
「まあまあ、騙されたと思って読んでねはい、取り合えず1巻貸すね」
そう渡されたのは、大きく豪華な椅子に座った少年が表紙の本。
タイトルは
「『魅入りました!入間くん』か…」
名前と表紙の少年が最近頭を占める彼と重なった。
『魅入りました!入間くん』作者:獅子田美
本名か?ペンネームか?勇ましい名字と美とは…。まあ、どちらでもいいか。
内容は…人間に売られた悪魔『入間くん』が悪魔とバレないように人間界で様々な困難や試練を友達や教員と乗り越え成長する物語。と、まとめればそれまでだが、正直
「面白いじゃないか…」
屑オブ屑キング屑な両親に金目的で売られながらも絶望せずに自分が出来る精一杯の事を成し遂げようとする姿勢、悪魔の癖に驚くほどの『お人好し』始めての友達に歓喜する姿。他にもあげだせばキリがないほど、主人公の『鈴木入間』が好ましい。なによりー
「笑顔が、入間に似ている…」
そうなのだ、表紙を見たときから似ていると思っていたが、読み進めていくうちに鈴木入間=佐藤入間と錯覚してしまうほど似ていてー
「続きが気になる」
七郎から借りたのは1巻のみ。だが、続きが気になってしかがない。
なればこそ、思い立ったが吉日
本屋の通販サイトを開く。
「38巻まで発売されているのか…速達にしよう」
そうして、俺は『魅入れました!入間くん』を気に入ったのだった
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あの日から俺の生活は『入間』中心の生活になった。
呟きサイト『ツビュヤイター』に登録し作者の獅子田先生をフォロー。過去の先生の呟きを読み『入間』の本編に載っていない小さな設定等はすかさず『イイネ』メディアを見ては、画像を『イイネ』
ここ最近で気に入っているのは去年のハロウィンに『入間』が女装した『バンパイアイルミ』だ。
当日あまりの可愛さに思わず『イイネ』を何度も押してしまい、ハートが付いたり消したりを繰り返すという奇行に走ってしまっていた…。
すまない、獅子田先生。
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そんな『入間』中心の生活に変化が訪れた。
ある1つのファンアートを見たのだ。
今までもオススメに流れていくるファンアートは、素晴らしいものが多く『入間』の可愛さや凛々しさ愛らしさが全面に描かれているもの全てに『イイネ』を押していた。
そして、その作品もまた『入間』の愛らしさを描いた作品だった。ただ他のとは違うのは『入間』だけではなかったのだ。今までも『入間軍』と呼ばれる仲が良い3人を描いたものや『入間家』と呼ばれる養祖父と秘書の3人を描いたもの等見てきた。だが、その作品はそのどちらとも異なり、教員カルエゴと仲睦まじく描かれていたのだ。そう、まるで…
「恋人の、ようではないか…」
ツビュ主は【ピーチの樹】さん
プロフィールには『カルイルに萌、カルイルに捧げる我が人生』
メディア欄には先ほど見掛けたカルエゴと『入間』が仲睦まじく描かれている沢山の作品。
これは…どういうことだ?教員のカルエゴは『入間』の担任のカルエゴは陰湿で厳粛な教師だ。本編で『入間』と恋仲になったような描写はなかったはずだが…
だが、何故だろうか…凄く、心惹かれている自分がいる。正直な話、このカルエゴと云う担任は同族嫌悪のようなものを覚えていたが、こう実際に描かれているものを見るとまるで俺と入間が恋仲のように描かれているような…そんな気持ちを覚えた。
そもそも、この作品は七郎が驚くと言ったように登場人物が著名人をモデルにしたのではないか?と疑うほど、見覚えがある連中が多く出ている。
このカルエゴ・ナベリウスは俺、鍋島啓護。アスモデウス・アリスは小説家の明日ノ宮。バラム・シチロウは顔を公表していないが友人で絵本作家の野薔薇七郎。他にも多くの著名人に似た人物が数多く登場している。
解く鍵は…出版社がバビル出版だと云うこと、だろうか。
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「そうです。私が許可いたしました」
「アンタ、なにを考えているんだ」
翌日、謎を解く鍵バビル出版に赴いてみれば、悪縁である平尾先輩が現れ、俺が赴いた理由を根掘り葉掘りと聞かれ、どうせ答えられないとタカを括って聞いてみれば、上記の回答。
犯人は貴様か。
「何故許可を出したのですか?」
「面白い、と思ったからです。入間様の周りにいる関係者を描いた作品であれば絶対に面白いと確信していましたので。現に先生は我が社の稼ぎ頭の御一人です」
「私は許可した記憶がないのですが」
「断られると思っていましたので」
「当たり前じゃないか。自分が漫画に登場するなど」
「だから、私が代わりに先生に回答をしたのです。『是非鍋島君をモデルにしてください』と」
「俺は断っているじゃないか」
「ですが、現に今まさに良い思いをしているのではないのですか?」
「ぐっ…」
そう、どんなに嫌だと思っていたとしても既に出版されているものを回収する事は容易ではないうえに、そもそも既に先生のファンになっている俺に『訴える』という選択肢等は遥か彼方へと投げ捨てられている。仮に先輩を訴えたところで…何故か勝てる気が起こらないのは、学生時代の数々の仕打ちのせいだろうか。
それに、漫画の中といえど実際に俺をモデルにしたキャラーカルエゴーと入間をモデルにしたキャラー入間ーが現実より会話をしたりしている姿は悪くないと思ってしまっているのもまた事実。
「そもそも、何故佐藤、君が主人公なのだ。先生と佐藤君は知り合いなのか?」
「ええ。先生は入間様の学生時代の後輩ですよ。当時、先生は入間様と同じ部活動に所属していたのですが、ある時を境に美術部と兼任し絵を描く傍ら入間様を主人公にした作品、今回の作品の試作漫画といえばいいのでしょうか、を描き記念に入間様へプレゼントしたのが最初ですね。その後、先生は漫画家を目指していた様ですが、少々行き詰まっていたようでして」
行き詰まった先生は、自分の原点へと戻るために入間に声をかけ当時プレゼントしたお宝レア原稿正直とても欲しい読みたい何とかして読む機会はないだろうか、を読み直し、再びこの作品を描きたいと思ったそうだ。
そこからは正式に入間へモデルの許可、他にも個性豊かな入間の周りの人間へや他のイメージに合う著名人へと声を掛けモデルの許可を取り、描いていくにつれ描く楽しさを思い出した先生は描き進め…
「現在にいたると云うわけです」
「納得はしました。では、私の他にも先輩が勝手に許可をしたモデルがいると云うわけですね」
「そんな勝手な真似するわけないじゃないですか。貴方だけですよ」
「本当になんなんだアンタ」
「断られた方は中にもいましたが、無理にモデルになって欲しいなど言えるわけないじゃないですか。ただ、貴方には登場していただく必要があったので登場していただいただけです」
「随分と意味深な物言いですね。では、その必要性を教えていただきたい」
「ですから、先程から申し上げているではないですか『面白い』からですよ」
「…」
もう、コイツになにを言っても無駄か…
たが、改めて理解した、コイツはー
「悪魔め」
「おや、光栄ですね」
悪魔が光栄とは、本当に変わった奴だ。
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「え?啓護君今更気づいたの?遅いね」
「貴様は早く言うべきだ」
バビル出版から七郎の作業部屋に寄ってみれば、カチャガチャと茶を用意する七郎から上記の回答。
結局、本当に知らなかったのは俺のみで、うちの楽団の古村もモデルの一人だった。一時期俺を見ては、ふざけた顔をしていたのを覚えているが、思い返してみればその時期は『入間くん』が発売され始めた時だ。全て知った上で何も知らない俺を小馬鹿にしていたのだろう。明日の練習が楽しみだな、古村よ。
ーその頃、悪寒を感じた古村君ー
更に、俺には兄上がいるようにカルエゴにも兄がいた。兄ナルニアは、35巻で漸く容姿等が明らかになったが、どう見ても兄上。確実に兄上がモデル。連絡し事実確認をした結果ー
「『彼』は、面白いからな。許可した」
あっけらかんと話す兄上。我が兄上ながら、何を考えているのか全く判らない。
平尾が面白い。とは…兄上、一度病院に行くべきです。
面白いから、と許可をだすなど、まるで…
ー○○のようではないかー
思考の渦にのまれそうになっていると、盆に用意した茶を乗せた七郎が戻ってきた。
「だって、1巻でカルエゴ先生が出てきた時に、自分に似てるって気づくと思っていたから」
「俺はあんなに陰湿ではない。平尾が異様に俺を悪く先生へ伝えているに決まっている」
「えぇ…君、自覚してないの?」
「あんなに陰湿ではない」
「あっそ…まあいいや、んで?他に僕に聞きたいことがあったんじゃないの?」
「ああ。実はな…」
そう言いながら俺は【ピーチの樹】さんのアカウントを七郎へと見せる。
俺の知らないところで実は恋仲になった二人のスピンオフ作品があると思い、本屋で検索してみたが『カルイル』でヒットする作品は出てこず、1巻から追っている七郎ならば正式な作品名を知っていると思い聞きに来たのだ。
「なかなか、その、気になってしまってな。いや、気に入っている作品のスピンオフ漫画ならば読んでみたいと思うのは仕方がない事だと理解して欲しい。なに、俺と入間がそうなればいいと思って読みたいと思っているわけではない。断じてない」
「色々突っ込みたいところは盛り沢山だし、啓護君そんなに早口出来たんだってビックリだし、なによりそれスピンオフじゃなくて『二次創作』だよ」
「『二次創作』?」
「そう。好きな作品の好きなキャラで妄想する作品のこと。因みにカルイルは『カルエゴ×入間』のカップルの略称。つまり、公式で付き合っているとかじゃなくて一般人の、えっと今回は【ピーチの樹】さんが妄想したカルエゴ先生と入間君のカップル作品ってこと」
「なるほど?」
「理解が追い付いてないね。え~っと、これ」
七郎は自身のスマホのアプリを俺へ見せてきた。
「この『ポクシブ』ここに二次創作の作品が沢山掲載されているの。検索で読みたいカップルを検索すると…ほら」
馴れた手付きで検索結果を見せてくる。
「なになに、バライル…貴様がモデルのキャラと『入間』の作品ではないか」
「そりゃそうでしょなんで、僕の検索欄に他のカップルの履歴を入れなきゃいけないのさ」
「今俺に説明しているのだから、そこはカルイルで見せるところだろうが」
「いーやーでーすー」
その後も七郎と年甲斐もなく騒ぎ、様々な事を知った。
左に来るキャラが『攻め』男役。右に来るキャラが『受け』女役。
男同士だと突っ込む方と突っ込まれる方だそうだ。…間違ってはいないのだが、学生時代でも七郎とこういった話をしていなかったせいか、とても疲れた…。七郎は「学生時代にしなかった、遅めの青春って感じだね~」なんて楽しそうではあったが。
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そこから先は石が坂道を転がっていくような様であった。
帰宅早々に『ポクシブ』に登録しカルイルを検索し、多くの神作品を時間の許す限り漫画も小説も読み進めた。読んで読んで読んで読み続け、そして、知ってしまったのだ。
『同人誌』を…
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その日、ポクシブで新作のカルイルが出ていないか検索を行い、検索結果でヒットした新作を読んでいた時だ。投稿されていた作品は完結しておらず、続きモノかと思い説明欄を確認してみると
ー○月✕日☆★イベントのサンプルです。✕日以降りゅうの穴さんにて通販を行う予定です。よろしくお願いいたします。ー
イベント?二次創作はイベントが行われているのか?サンプルということは、この作品は未完ではなく、この先もあると云うことか…。つまり、今見ることは出来ないと。それは、辛いな。サンプルの作品は少々、いや大分過激なR-18で、この後『入間』がどう啼かされるのか…非常に興味がある。もし近場で行われるのであれば是非購入しに行きたいものだ。
【○月✕日 ☆★イベント】 検索
場所は…関西だと?イベントの翌日はコンサートだ。コンサートを考えると行くのは厳しいな。
当日以降は通販サイトでも購入可能だとすると無理に行くのは控え、通販購入へ切り替えよう。
【りゅうの穴】 検索
…こんなに沢山のカルイルの作品があるのか?
今回の購入したいと思っていた【裸色夢】さんの作品以外にも多くの方の作品が山のように…ここは、楽園なのか?
気がつけば、りゅうの穴で在庫されている全てのカルイル作品を全て1冊づつカートへ入れていた。
数日後ー
りゅうの穴から届いた多くの同人誌を前に俺は歓喜に震えていた。
部屋の床を埋め尽くすカルイル。全年齢向け~成人向けの素晴らしきカルイルの神の作品達。
今まで電子媒体でしか触れることしか出来なかったカルイルが、俺の手元に、紙で、本で、漫画で、小説で、ある。神絵師が、神書きが創りし至高の作品達が、カタチとなり俺の手元に…。
「生きてて、良かった…」
人生で始めて拝んだ日だった。
他にも素晴らしき作品はないのかと、りゅうの穴で検索をしてみると『入間中心』が俺の心を撃ち抜いた。
この『入間中心』はカップルがなく、ただただ『入間』の愛らしさを書かれているのが主だ。
特に【頭文字はA子】さんの『入間』は愛らしく凛々しく勇ましく全てが俺好みだった。
まるで、『入間』を見続けている様な、そんなありもしない、出来もしない事を行っていたような…そんな書き方だ。想像力豊かな方なのだろう。
その後も【メガネの2位】さんの友情を中心とした作品や【狗帝】さんの過激監禁作品。過激なうえにリアリティがあり、監禁をした事があるのではないかと思ってしまう程だ。監禁か、悪くない。
そして【絶望似非関西】が書く『入間』が泣かされている作品…。いや、俺は泣かされている『入間』が見たいのではなく、見たくないと言えば嘘になるが、泣かせたいわけではなく、その、コイツの作品はどうにも少々新たな扉を開きそうな、そんな作品だ。…悪くない。
数々の素晴らしき作品を読み充実した毎日。
そんな毎日に、浮かれていた。
そう、俺は浮かれていたのだ。自分と入間を書いたような多くの神作品に、俺は浮かれていた。
だから、なのだ。久しぶりの本物の入間に少々舞い上がり『入間くん』のファンだと言ってしまったのも、入間自身もファンで話が弾み、俺の部屋の高画質テレビでアニメのBlu-rayを見ることになったのも、今や部屋の本棚の8割りが『カルイル』1割が『入間中心』(残り1割は本編『入間くん』)なのを忘れ入間に本棚を見せてしまったのも、入間が赤面しながら同人誌と俺を交互に見ているのも、全て全て
浮かれていた俺が悪いのだ
だから、悪魔でも、なんでもいいこの状況の打破する方法を教えてくれ
******
「そろそろカルエゴ君、いえ鍋島君が面白い事をしてくれている頃でしょうね」
そう、呟く赤い秘書の影には、猫の耳のようなものと靭やかな尾が楽しそうに動いているように見えた。
******
おしまい…かも?