極楽鳥と対談「奇怪な噂を聞いたんだが……君とアルハイゼンが恋人同士であるという流言だ」
もし虚偽なら僕からも否定するように心がけるが、神妙にそう言ったカーヴェにどう答えたものかと少し悩む。だって、恋人という関係になって数か月は経っていて、ティナリやセノは早い段階で知っていたのに、同居人である彼に知らせていないとは思わないじゃないか。
「……否定する必要は、ない、かな」
は? と間の抜けた声が落ちた。つまり、それは、と真実に至りかける彼に蛍は曖昧な笑みを返す。
「……嘘だろ!? 君と、アルハイゼンが!?」
そんな素振りは、とぼやくカーヴェの姿に、居候中のカーヴェよりも家主であるアルハイゼンよりも先にアルハイゼンの家にいるこの状況をどう解釈していたのか、と尋ねたくなる。追い打ちになるので言わないが。
目を通していた冊子を膝から下ろし、回答を得るなり蹲ってしまったカーヴェを立ち上がらせる。書斎を出て居間のソファに誘導し、それでもなおぶつぶつと何事かを呟くカーヴェを置いて、茶と茶菓子を調えた。飲杯を差し出して彼の名前を呼ぶと、やっと彼はその目に蛍の姿を映した。
「すまない、事実を受け入れるのに時間がかかった……」
「大丈夫。何回もお家を訪ねてきていたのに報告せずにいてごめんなさい」
「君が謝ることじゃない。謝るべきは、同居人に報告もなしに学生と教官という関係性を恋人に変えた挙句、君に忠告する機会さえ与えなかったアルハイゼンだ」
ふんと鼻を鳴らしたカーヴェに、蛍は忠告の内容を尋ねる。
「アルハイゼンは恋愛をするのに全く向いていないという忠告さ。人の気持ちを思いやることもせず自分勝手な行動ばかりをするあいつが恋人だなんて、君の人生を棒に振るようなものだろう」
ふむ、と蛍は口に手を当てる。カーヴェの言うことは否定のしようがない。アルハイゼンがそういう人間であることはよく理解している。
「第一、君はどうしてあんな男と付き合おうだなんて思ったんだ?」
自分の中で生じたのと全く同じ疑問を投げかけられた。どうして、アルハイゼンと付き合っているのか。なぜ、関係性を維持し続けているのか。それは。
「……一緒にいたいから?」
自らの発した言葉に蛍は内心で深く頷いた。一緒にいたいから、恋人という相手の時間を無条件に奪える関係を続けている。端的な回答が作れて喜んでいると、カーヴェは意味が分からない、と頭を振った。それならば、と今度は蛍がカーヴェに疑問を投げる。
「どうして、カーヴェはアルハイゼンと一緒に住んでいるの?」
「不可抗力だ! できることなら今すぐにでもこの家を出て行きたいさ」
予想通りの回答に蛍は敢えて首を傾げてみせた。菓子を手に取り、一口分を胃の腑に送り込んで、カーヴェの顔に視線を戻す。
「……あいつとの友人関係はとうに破綻している。友人でも家族でもない人間が一つの家に住むなんて、おかしいよな?」
目を伏せて零したカーヴェに、色々な例があるから何とも言えないけれど、と前置きして、蛍は言葉を落とした。
「それでも、あなたは『家に帰る』と言った」
カーヴェが虚をつかれたような顔をする。飲杯を手に取った蛍は、水面を眺めながら言葉を続けた。
「あなた自身もここを自分の『家』と言った。他の誰に言われても否定しなかった」
舌も喉も傷まない温度の茶を飲み、飲杯を机上に戻す。
「……それは『住居』という意味でしかない。大半の人間がそう使うように」
「カーヴェは『家』の意味をよく理解している。そのあなたが無意識に使った言葉には、無視できない意味がある」
少なくとも、私の知っているカーヴェはそう。にこ、と笑った蛍を見て、カーヴェは嘆息する。
「嫌な部分が似てきたな……」
「嫌な部分?」
ようやく茶に手をつけたカーヴェが呟いた。彼の発言に蛍が疑問符をつけて返せば、彼は肩をすくめてみせる。
「相手の発言に正しい言葉でもって即座に切り返すところだよ。なまじ社交性がある分、君の方がたちが悪いかもしれない」
随分な言われようだと思いつつ、蛍はカーヴェの飲杯に茶を注いだ。そして、ある質問を思いつく。
「……じゃあ、カーヴェは私のことが嫌い?」
「? 嫌いなわけがない。友人として好ましく――」
言葉が途切れた。意地の悪い笑みを浮かべる蛍に、カーヴェはやられた……と頭を抱える。
「……前言を撤回しよう。君とアルハイゼンが恋人同士だという事実に今は納得しかできない」
「本当? だとしたら嬉しい」
ありがとう、とにこやかに蛍は告げる。カーヴェはため息を吐いて立ち上がり、家主の秘蔵の酒を取りに歩き出した。