寝つけない日は眠気を感じてベッドに向かったはずなのに、横になったとたんにどこかへいってしまう眠気。頭は寝なきゃと叫ぶけど、目はぱっちりと冴えてしまった眠れない。羊を数えてみたけど、消えてしまった眠気は戻ってきそうにない。1時間以上横になっているのに眠れなくて、どうしてなんだろうという思いと眠たさの限界で涙がぽろぽろ出てくる。ああ今日はもうダメだなと思って、ベッドを抜け出してある部屋に向かう。きっと部屋の主はまだ起きているはずだ。
コンコンと控えめに叩かれたノックの音に、集中が途切れる。気づけばもう深夜の2時。こんな夜中に僕の部屋に訪れる人物はたった1人だ。
「入って大丈夫だよ」
声をかければ、おそるおそるといった様子で顔を出すミスタ。その腕には枕があって、ああ今日は1人で寝られなかったんだなと察する。手招きすれば、トテトテとやってきたミスタは幼子のようだった。
「寝られないの?」
「うん」
「そう。じゃあ、本を読んであげる」
彼を自分のベッドに寝かせて、彼のためにそろえた絵本を開く。ミスタもれっきとした大人だけれど、やはり読み聞かせをするなら絵本だろうという僕のポリシーだ。嫌がられるかなと思ったけど、文句を言われたことはないし最後まで読み終えるまでに彼が寝てしまうことも多いからこれでいいかと思っている。今日読むのはシュウが教えてくれた、日本の絵本。女の子がお気に入りの狐のぬいぐるみを持っておばあちゃんの家に行く話。いつもよりゆっくりとを心がければ、限界だったのかミスタの瞼はすぐに落ちてくる。うつらうつらとしながらも最後まで聞こうとする彼に、ぽんぽんと一定のリズムでお腹の辺りを叩いてやればスーッと眠りについた。
いつからこの習慣が始まったのかは忘れてしまった。ただこの家で5人で暮らすようになって、たまたまアイクが眠れないと静かに涙を流すミスタをリビングで見つけたのがきっかけだ。ほおっておくことなんて出来なくて、そっと手を引いて自分の部屋に連れて行った。
それで、たまたま目についた本を読んでやったのだ。穏やかな顔をして眠るミスタに心底ほっとしたのを覚えている。きっとミスタは、自分でもなんで眠れないのか分からないのだろう。僕の部屋にやってくるときの顔は、道に迷ってしまった子供と同じだ。本人に分からないのなら、僕が分かる訳もないしアレコレ推測するのも違う。ならば、彼が眠れるように手伝ってやればいい。
今日の執筆は進みそうもないし、僕も寝ようと部屋の明かりを極限まで落とす。真っ暗闇にしないのは、もしミスタが夜中に起きてしまっても怯えることがないようにするため。穏やかな寝息をたてる彼の横に、静かに潜り込む。彼の体温で温められた布団は心地よく、すぐに眠りにつけそうだ。ミスタが良い夢を見れていたらいいのにと思いつつ、僕も眠りの世界へ旅立った。