邂逅「落としましたよ」
ぼんやりと明るい世界に、その声は突然響き渡った。
「感謝する」
淡々とした低い声は父。
「すみません、ありがとうございます」
少し控えめな、落ち着いた母の声。
「いえ、気づいて良かったです」
そして『知らないけれど、知っている』男の声。
私は、彼を知っている。
遥か昔。
ここではない、寒さの厳しい過酷な…美しいヒスイの大地。
私達は出逢って、新しい命を育み、そして朽ちた。
そう、私の最期の時──キミと約束をしたのだ。必ず、何百年かかっても、また逢おうと。
「今日は、お宮参りですか?」
「そうなんです。この子、今日が初めてのお出かけで…」
昔と変わらない声で彼が話しかけ、母が返答しているようだ。
悔しいかな。生まれて一ヶ月程度の目では、周りが明るいか暗いかしか判断できない。
「……ぶぶ…」
彼がいるのに、その名前すら呼べない。私はここだと、彼に主張する事もできない。
「……ふぇ……っ」
自分の無力さに心が押し潰される。せっかく、せっかく、彼に逢えたというのに。
「ふえぇぇぇ……」
「ど、どうしたの⁉ お腹すいたの?」
「こら、泣き止まんか!」
「びえええええ‼」
普段はあまり泣かず、手のかからない子だと言われている私が突然泣き出したものだから、両親がひどく狼狽える。
「びゃあぁああぁぁぁぁ‼」
大声で泣きながら、私は目的の人物の声が聞こえた方へ必死に手を伸ばした。
どうか、どうか気づいてほしい。聡いキミなら気づいてくれるんじゃないか、と一縷の望みに賭けて懸命に腕を振る。
「お腹も空いてない、おむつも濡れてない…さっきまで眠っていたし…」
「これから祈祷なのに…急にどうしたんだ…」
両親の困り果てた声が聞こえた。
私も極力迷惑をかけない方法を取りたかったが、赤子の状態では無理である。
せめて少しでも早く目的に気づいてもらえるように、彼の声が聞こえた方に首を向けて、手足をジタバタさせた。
「……まさか……。このお兄さんに、抱っこしてもらいたいの?」
「あー」
先程から泣いている原因を私に聞いていた母がついに正解にたどり着いたので、私は泣き止んで腕をジタバタ振ってアピールした。
不自然な流れかもしれないが、知ったことではない。この機会を逃したら、もう二度と逢えないかもしれないのだから。
「…とはいえ、大事なお子さんを得体の知れぬ男に預けるのは不安ですよねぇ」
「ぇうっ⁉」
困ったような彼の声が聞こえ、私はショックを受ける。
せっかくここまでたどり着いたのに、キミがそれを言ったら台無しじゃないか!
「うぅー…」
『大丈夫ですよ』
不満そうに唸る私の脳内に、彼の声が響き渡った。
「……ぅ…?」
『やっと…やっと見つけたアナタを見失うようなヘマを、ワタクシがするはずないでしょう?』
両親に聞かれたら疑われそうな言葉が放たれたというのに、私の両親に変わった動きは無く、抱っこした私を優しく揺すって声をかけ、ご機嫌を取ろうとしている。
どういう理屈かは分からないが、実際に彼の口から発された声では無くてテレパシー的なもののようだ。
『信じていいんだな? ウォロ』
『ええ。必ず、逢いに行きますから』
私が彼に向けた言葉は、ちゃんと届いているようだ。
……色々と尋ねたい事は山程あるが、今はこれで良しとしよう。
「んぶ…」
私が抵抗するのをやめて大人しくなると、周りの大人達は安堵のため息をついた。
「落ち着いたようですね」
「この子ったら…ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえいえ、こんなに熱烈な歓迎をされるのは嬉しいものですね」
母がウォロに向かって頭を下げたらしく、視界が少し暗くなる。
「あまり、ご両親を困らせてはいけませんよ。シマボシさん」
長身の男は泣き止んだ赤ん坊にそう言うと、ではと笑顔で一礼して去っていった。
「そろそろ時間だ。行くぞ」
「ええ。……あら…?」
父に促されて歩き出した母の足が、ぴたりと止まる。
「どうした?」
「私、さっきの方にこの子の名前を言ったかしら?」