束の間の、再会夏の暑さも落ち着き、昼間でも心地よい気温となった秋のある晴れた日。
ウォロは、ホウエンのとある公園にいた。
「久しぶりにこちらへ来ましたが、元気そうで何よりですね」
目的は、転生したかつての伴侶──シマボシの様子の確認だ。
この辺りの地主である一族の分家の長子として誕生したシマボシは、現在三歳。
信頼出来る伝手からの情報では、両親からは厳しくも愛情を持って育てられているという。
シマボシがこの地に転生した事を突き止め、彼女のお宮参りに確認した後、ウォロはこの辺りから離れていた。出来る事なら彼女のすぐ側に居続けたかったが、それには自身の長寿という特性が仇になる。
ただでさえ見目が良く目立つウォロは、他人の記憶に残りやすい。
そして、見た目の変わらぬ男が同じ土地にずっと居続けると、不思議がったり怪しむ人間は少なからず出てくるものだ。
幸い、彼女の家族や周囲は真っ当な人間で構成されている。時々は会いに行って、シマボシが年相応になったら迎えに行こう、とウォロは考えていた。
「娘達を思い出しますね」
かけっこで父親を追いかけたり母親とおにぎりを食べるシマボシを見ながら、ウォロは彼女との子供達を思い出して、頬が緩んだ。
己とは異なり通常の人間と同じ寿命の彼ら彼女らは全員この世を去っているが、自分達の血は今日も脈々と受け継がれている。
「…と、いけないいけない」
育児で大変だったが幸せな日々を思い出していたウォロは、本来の目的を思い出す。
両親と楽しそうにはしゃいでいたシマボシの方へ、彼は視線を戻した。
しかし──…。
「……いない?」
先程まで家族三人でボール遊びをしていたはずだが、目の前にいるのは両親だけである。
その両親は、心配そうな表情で周りをキョロキョロしているた。
「一体、何が……」
「おろ」
「え?」
少し舌っ足らずな声が下から聞こえ、ウォロはそちらに視線を移す。
もちもちとした小さな手でズボンの裾をぎゅっと握っていたのは、シマボシだった。
「シマボシさん⁉」
「はなしがしたい」
「って、親御さんには⁉」
「キミがみえたから、きた」
「言わずに来たんですね…。こんな所を見られたら、ジブン誘拐犯になっちゃいますよ…」
ウォロが頭を抱えると、シマボシはしばし考えてポンと手を打った。
「……そうか、そうだな。おもいつかなかった」
「そのあたりは年相応なんですね…」
前世の記憶があるとは言っても、三歳児。
後の事を考えて行動するところまでは、考えが及ばないらしい。
「都合はつけますから、今はご両親の所に戻って下さい」
ウォロがそう言うと、シマボシはじっと彼の目を見る。
「それはいつだ」
「……具体的には考えて無いですけど…」
シマボシは不満そうにぷぅっと頬を膨らませる。
「……」
「そんな顔しないでくださいよ…ジブンだって辛いんですから……………ぐふっ⁉」
じんわりと目に涙を浮かべるシマボシをどう宥めたものか、ウォロが困惑していると後頭部に衝撃が走った。
「ケェ!」
ウォロにシャドーボールをぶち当てたケーシィは、シマボシを庇うようにぎゅっと抱き締める。
「ケーシィ⁉」
「ケェ」
シマボシに名前を呼ばれたケーシィは、嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振った。
「わたしのこと、わかるのか……?」
「ケェ」
「そうか……」
ケーシィがこくこくと肯くと、シマボシは嬉しそうにぎゅうっとケーシィを抱き締める。
なんとなくケーシィに全てを持っていかれて不満な表情を隠しきれないウォロだったが、この状況が使える事に気づいてぽんと手を叩いた。
「シマボシさん、このままケーシィのテレポートでご両親の所に戻って下さい。迷子になっていたのをケーシィが助けてくれたと言えば、この子と一緒にいられるでしょう」
「!」
「そうしたら、ジブンもシマボシさんと連絡を取りやすくなりますし。どうですか?」
「わかった」
かつての相棒と再会出来ただけでなく、ウォロと連絡を取る手段も確保出来たため、シマボシは納得した表情を浮かべる。
「ケーシィ、シマボシさんを頼みますよ」
「ケ」
ケーシィは『何を言ってるんだ、当たり前だろ』と言いたげな表情でウォロを睨みつける
「……相変わらず、可愛げの無い…」
「シマボシー‼」
「どこだー⁉」
遠くから聞こえる彼女の両親の声に、娘が全く見つからない焦りと恐怖の色が濃くなる。
「……急いだ方がいいですね」
「おろ」
別れを感じたシマボシが、ウォロの左手の薬指にはめた結婚指輪をぎゅっと握り締める。
「はい、約束しますよ。明日、ケーシィ経由で手紙を送りますからね」
ウォロはシマボシの背に腕を回してぎゅっと抱き締め、そして離した。
涙をぐっとこらえたシマボシは、ケーシィに向き直る。
「……ケーシィ、たのむ」
「ケェ!」
ぐにゃりと空間が歪むと、彼女達の姿は消えた。
シマボシの両親がいた方を見ると、彼女の母親に抱きつかれたシマボシと、父親にまじまじと見られるケーシィの姿。
シマボシがおそらく事情を説明したのだろう、両親はケーシィに笑顔を向ける。
そして、父親の持っていたモンスターボールにケーシィが収まった。
「……首尾よく行ったみたいですね」
ポンッ!
「ほわぁぁん」
ウォロの持つ、ヒスイのモンスターボールから現れたのはトゲキッス。
トゲピーだった彼女は、シマボシが亡くなった後に進化を遂げたのだ。
「……」
「ほわぁぁ?」
黙りこくってしまったウォロの正面に回ると、彼は静かに涙を流していた。
「ああ、大丈夫です。痛いとか苦しいとかじゃないです」
「ほわ?」
「彼女が亡くなる直前に、また逢おうと約束はしましたけど…そんなの保証も何も無いですから」
その言葉に、トゲキッスはシマボシが亡くなった直後を思い出す。
彼女を失った絶望感は想像以上だったらしく、しばらくはシマボシの後を追おうとするウォロをケーシィと二人で引き止めていた。
あまりにも頻繁に死に急ぐものだから、トゲピーのままでは彼を守れないと進化したのである。特性がてんのめぐみだった事も幸いし、エアスラッシュでウォロの体を傷つけず怯ませる事も、今ではお手の物だ。
様々な神話や伝承などから死者の魂が再び生を得る可能性はあり得たが、前世を覚えているという者はごくわずかだし、第三者が確かめるすべは無い。そもそも人間に転生してくる保証だって無い。
だからシマボシが再び人間として生まれ変わり、ウォロの事を覚えていた時には、トゲキッスもケーシィもホッと胸を撫で下ろしたものだ。
「…生まれ変わったら、他の人と添う事だって出来るのに……変わらずワタクシの事を好きでいてくれて……嬉しかったんです……」
「ほわぁん」
良かったね、と言いたそうな笑顔を浮かべたトゲキッスは、ウォロの額に優しく自分の額を押し付けた。