きみは素敵な花冠の花嫁①アネット(没) 鏡台の大きな鏡には、自分でも見たことがないくらい、かわいい顔をした女の子が映っている。女の子、という年でもないか。アネットは頬を赤らめた。戦時中から伸ばしてきた赤毛は、今日は高く結い上げられて、白い薔薇の花で飾られている。少し大人びた髪型も、似合う年になったし、似合うお化粧をしてもらった。色づいた唇も、瞼の上のきらめきも、はじめてお化粧をしたときのように新鮮に見える。
「ああ、アン。とってもきれいだわ」
親友の手が肩にかかる。アネットは甘えるようにメルセデスの腕に頭をもたせかけようとして、自分が髪を結っていることを思い出した。ぎこちなく頭を動かすアネットを見下ろして、メルセデスが優しく笑う。
「緊張している?」
「ちょっとだけ、ね。皆の前で花嫁衣装の裾を踏んじゃったらどうしよう、って思うと」
「ふふ、きっと大丈夫よ。お父様が付き添ってくださるのでしょう?」
アネットは頷いた。愛を誓う祭壇の前に続く通路は、基本的には、身内の男性に介添えをしてもらって歩くことになっている。アネットは、もちろん結婚をすると報告してまもなく、ギュスタヴにその役目を頼んでいた。
「だけどあたし、父さんの顔見たら、なんだか泣いちゃいそうで……どうしてかな、悲しいわけでもないの。別に結婚したって、もう二度と会えなくなるわけじゃないのに」
メルセデスが、頬に乗った髪をはらって、耳にかけてくれる。
「ほんのちょっとだとしても、また会えるのだとしても、何かに、誰かにさよならを言うのって、さみしいものだと思うわ」
「そうかな」
「ええ。私だってそうよ〜」
ほんとうはね、と前置いて、メルセデスは続けた。
「私の結婚式のとき、あなたが控室で見送ってくれた後、涙を堪えるのが、とっても大変だったのよ」
「メーチェ……!!」
アネットは親友の両手をぎゅっと握った。大好き、と呟く声が震えてしまう。目を見開いて涙を堪えるアネットに、メルセデスはあらあら、と眉を下げた。
「ごめんなさい、私ったら……泣いてはだめという話をしないといけなかったのに」
「う、嬉し泣きだもん。ちょっとくらいお化粧が崩れてもいいよ」
「いいえ、だめよ」いつになくきっぱりした口調でメルセデスは言うと、アネットの手を解いて、鏡台の上の布を手に取った。押さえるようにして涙を拭き取ってから、化粧道具の入った箱を開ける。
「今日はあなたが世界一綺麗だって皆に知らせる日なんだもの。めいっぱい、おめかししましょう」