Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    milk_tea_bu5n

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 9

    milk_tea_bu5n

    ☆quiet follow

    口説く話、前振りが終わらないので途中まで。ガールズトーク回です。
    最後まで書き終えたらここも画像化します(私が見たいからです)。

    口説く話 大広間の二階のバルコニーからは、ガルグ=マクの全てが見下ろせる。城壁に抱かれるように並ぶ街はもちろんのこと、そこから少しずつ丘を登って、大修道院を行き交う人までも。勤めから戻る修道士たち、店を構える商人たち。そこへ今年は数年ぶりに、黒い制服の少年少女が加わっている。連れ立って出かけていく生徒たちの姿に、大司教ベレスは目を細めた。
     通りがかった生徒の一人が、視線をあげた拍子にベレスに気付く。立ち止まって一礼され、ベレスも会釈を返した。本来のベレスの性質でいえば、気軽に手を挙げて応えたいところであるが、ままならないことは分かっている。お辞儀で少しずれた冠を親指の端で押し上げて、ベレスは唇をへの字にした。肩書とは重たいものだ。
    「先生」
     澄んだ声に呼びかけられて、ベレスは振り向いた。そして今度は気軽に手を挙げて応える。声の主がフレンだったからだ。大修道院に長く居るものは、未だに「猊下」よりも「先生」が先に出る。ただフレンに関しては、公の場でないかぎりは、ベレスを「先生」と呼んだ。かつての教え子たちの一人として。
    「こちらにいらしたのね。もう、風邪を引いてしまいますわよ」
    「大丈夫だよ、上衣もあるし。体が丈夫なのはきみも知っているでしょう。きみこそ、何か羽織らなくていいの?」
     ベレスの問いに、フレンはいたずらっぽく笑って首を振った。
    「さっきまでお兄様にそれはもう分厚い上着を着せていただいてましたの。ですけれど、大修道院の中だと暑くて。今はむしろ涼しく感じるくらいですわ」
    「それならいいか。よかったらこっちに来ない? おしゃべりしよう」
    「もちろん。お隣失礼いたしますわ」
     ベレスがちょいちょいと手招くと、フレンはベレスの傍らに並ぶ。風にふくらむスカートを押さえて、フレンも階下の営みを覗き込んだ。
    「賑やかですわね! あら、先生、御覧になって」
     袖を引かれてフレンの示すほうを見やれば、ちょうど士官学校の生徒がふたり、連れ立って門を出ていくところである。ちょっとした段差を降りるのに、男子生徒が女子生徒に手を差し出せば、女子生徒はその手を取っておずおずと段差を降りていく。素敵ですわね、とつぶやくフレンの声に、ベレスも深々と頷いた。
    「もうすぐ舞踏会だからね」
     士官学校に生徒が戻った今年、かつて恒例となっていた舞踏会も開催が決定している。白鷺杯も無事に終わり、いよいよ大修道院内はその話でもちきりとなっていた。生徒たちも浮かれた様子で、誰と踊るとか、踊りたいとか、話し合っているのをよく見かける。いよいよ開催が数日後に迫った今日には、微妙な距離感の男女も増えて、何とも言えない甘酸っぱい空気があちこちに漂っていた。
    「みんな楽しそうで何よりだ」
    「まあ先生、そんな他人事のように仰って」
     フレンはぷうと膨れると、ベレスをねめつけた。
    「ディミトリさんがいらっしゃるのでしょう。先生こそ浮かれてしかるべき、ですわよ」
    「浮かれているよ。ただ……」
    「ただ? 何ですの?」
     ベレスは頬をかいた。ディミトリと会うのは一節ぶり──前節王都で行われた婚約発表以来になる。つまり、名実ともに婚約者になった彼と会うのは、婚約発表のときを数えなければ、これが初めてということだ。
     口約束として、互いの指輪を交換したのは戴冠式の前日だった。しかし、すぐさま婚約が成ったわけではない。ディミトリとベレスは、この約束を持ち帰り、二節ほど時間をかけて、王国と教団双方の上層に改めて話を通さなくてはならなかった。そうして、ようやっと前節、婚約を公式に発表し、ふたりの間柄は婚約者、ということになったのである。
     そして待ちに待った今節、今夜、式典と舞踏会に参加するために、王都から国王ディミトリはやってくる。
    「どういう顔をして会えばいいのか、よくわからなくて。婚約発表のときは、ふたりでゆっくり話す時間もなかったから」
    「いつも通りでよろしいのではなくて? 肩書が変わっただけ、先生もディミトリさんも、大きく変わられたわけではないでしょう?」
     ベレスは目を瞬いた。重たい冠を指先で直しながら、俯く。
    「そう。それは、そうなのだけど……私たちは変わらなくても、婚約者というと、つまりいずれ結婚するふたりということだろう。結婚するならディミトリしかいないと思ったけれど、でも、私たちは別に、今までそういう関係ではなくて、だから……」
     じんわりと赤らむ頬をごまかすようにぱたぱたと仰げば、フレンは「ま!」と口元に手を当てた。まあまあまあ、とはしゃいだ声に、ベレスはいよいよ顔を覆う。広げた指の合間から、階下の景色を見下ろして、ベレスは静かに告げた。
    「うん、やっぱり、私は浮かれている」
     先程階段を降りて行った恋人たちはまだ街に出ておらず、階段の下で何やら楽しげに会話している。はにかむ少女に睦言を囁くらしい青年の後姿に、ベレスは金髪の男の幻を見た。もっとも、ベレスの婚約者は、口説き文句をすらすらと言える性質ではないけれど。
     ──いや、言っていたこともあるのか。
     懐かしい記憶を思い出して、ふと唇を緩める。顔を覆う手を下ろしたところで、かたわらのフレンが「少し安心いたしましたわ」とぽつりとつぶやいた。
    「何が? 私が浮かれていること?」
    「それはもちろんそうですけれど、ディミトリさんと先生がご婚約なさるって伺った時、私、悔しかったんですのよ。街では、戦火のさなかに愛を育んだと噂されてますでしょ? 私ったらお二人のおそばにいたのに全く気が付かなかったのかしら、って……」
     ああ、とベレスは頷いた。確かに巷ではそういうことになっている。
    「別にそういうわけではないよ。愛、ではある気がするけど」
     結婚とは愛し合う者がするらしい、くらいの認識はベレスにもある。ジェラルトの言う、「ずっとそばにいたいと思う相手」に向ける感情を、きっと愛と呼んでもいいのだということも分かっている。
    「でも別に、恋人同士というわけではなかったし。口づけだってまだ、で」
     そこでベレスは口籠った。まだ。つまり、これからするのだろうか。そんなことを思うと、ひどく落ち着かない気持ちになる。期待と、半分は不安だ。ディミトリもベレスと同じように思っているとは限らない。指輪こそ交換したけれど、彼は別に、ベレスにそういった感情を抱いている、と口にしてくれたわけではなかった。不安が膨らみかけたところで、フレンの明るい声がベレスを現実に引き戻した。
    「まだ、ということは、これからですわね! ね、先生、また感想を教えてくださいね。お兄様ったら、すぐそういった恋物語を私から取り上げてしまいますの。私だってもう大人だと言っていますのに」
    「いいけれど……きみのお兄さんに叱られてしまうのはちょっと」
    「黙っておきますから。私だって、実地が初めてはちょっと怖いのですもの」
    「実地の予定が?」
     ベレスは目を見開いた。フレンはぽっと頬を染めると、「秘密、ですわ」と顔をそらす。今度はベレスが「まあまあまあ」と迫る番だった。しかしベレスは口に出してそう言うかわりに、かわいい教え子の肩に手を置いた。
    「私にも内緒なの? ずるいなあ」
    「せ、先生、そんな顔をなさらないで!」
     お兄様には内緒にしてくださいね、の一言とともに耳元に吹き込まれた相手の名前に、ベレスは唇を緩めた。
    「彼なら別にセテスも何も言わないのでは」
    「先生はお兄様を甘く見てらっしゃいますわ。誰を連れて行こうと反対なさるに決まっていますもの。今は作戦を立てているところなのです」
    「ふうん、どんな?」
    「直球にまさるものなし、機を伺おうという作戦ですわ」
     ぐっとフレンは拳を握る。確かにそれが一番だろう、とベレスは大きく頷いた。セテスはやや過保護で、ややフレンへの愛情が過激なところはあるが、その根源にあるのは父心である。誠実に向き合えば、フレンの望みを否と言い続けることはできないはずだ。傷心のセテスを慰めるくらいは、仕事の仲間として引き受けようと心に決める。
    「こほん。ともあれ先生、今回の訪問は勝負! ですわよ。お二人でお話する機会もきっと巡ってきますわ」
    「うん。そうだと思う。……まずは、誕生日を祝わなくては」
     先日のディミトリの誕生日には、大司教としても、個人的にも、祝いの言葉と贈り物を贈っている。ただ、やはり顔を見て告げたかった。ベレスがそう言うと、「そうですわね」とフレンも大きく頷く。
    「口づけも頑張ってみる」
     そう、直球にまさるものなし。ディミトリにその気がないなら、その気にさせればよいのである。
    「ひとまず、なんだっけ……嬉しそうな顔で出迎えるのは効果があると思う?」
    「思いますわ。 ふふ、ディミトリさんを計略にかけるおつもりですの?」
    「これでも一応、最強の軍師とか呼ばれていたことがあってね」
     頬にかかる髪を払って、ベレスは目を細めた。フレンから視線を外し、遠く、風が呼ぶ方角へ視線を向けて、「ほら」と声をあげる。
    「来たようだ。出迎えなくては」
     ガルグ=マクの裾、街の端のほうに、青い旗が翻る。黄昏の光に黒く浮かぶ一団を認めると、ベレスは白い衣裳の裾を翻した。国王ほどの来賓は、大司教自ら迎えるのが決まりだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💖💖💖💖👍👍👍👍😍💖👏😍💖💒
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works