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    milk_tea_bu5n

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    milk_tea_bu5n

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    未完ディミレス。恋人はブルーアワー6にて展示として出そうと思っていたけれどまだ終わらないもの。
    前振り前半部分のみ以前ぽいぴくにて公開していました。

    口説く話 大広間の二階のバルコニーからは、ガルグ=マクの全てが見下ろせる。城壁に抱かれるように並ぶ街はもちろんのこと、そこから少しずつ丘を登って、大修道院を行き交う人までも。勤めから戻る修道士たち、店を構える商人たち。そこへ今年は数年ぶりに、黒い制服の少年少女が加わっている。連れ立って出かけていく生徒たちの姿に、大司教ベレスは目を細めた。
     通りがかった生徒の一人が、視線をあげた拍子にベレスに気付く。立ち止まって一礼され、ベレスも会釈を返した。本来のベレスの性質でいえば、気軽に手を挙げて応えたいところであるが、ままならないことは分かっている。お辞儀で少しずれた冠を親指の端で押し上げて、ベレスは唇をへの字にした。肩書とは重たいものだ。
    「先生」
     澄んだ声に呼びかけられて、ベレスは振り向いた。そして今度は気軽に手を挙げて応える。声の主がフレンだったからだ。大修道院に長く居るものは、未だに「猊下」よりも「先生」が先に出る。ただフレンに関しては、公の場でないかぎりは、ベレスを「先生」と呼んだ。かつての教え子たちの一人として。
    「こちらにいらしたのね。もう、風邪を引いてしまいますわよ」
    「大丈夫だよ、上衣もあるし。体が丈夫なのはきみも知っているでしょう。きみこそ、何か羽織らなくていいの?」
     ベレスの問いに、フレンはいたずらっぽく笑って首を振った。
    「さっきまでお兄様にそれはもう分厚い上着を着せていただいてましたの。でも、大修道院の中だと暑くて。今はむしろ涼しく感じるくらいですわ」
    「それならいいか。よかったらこっちに来ない? おしゃべりしよう」
    「もちろん。お隣失礼いたしますわ」
     ベレスがちょいちょいと手招くと、フレンはベレスの傍らに並ぶ。風にふくらむスカートを押さえて、フレンも階下の営みを覗き込んだ。
    「賑やかですわね! あら、先生、御覧になって」
     袖を引かれてフレンの示すほうを見やれば、ちょうど士官学校の生徒がふたり、連れ立って門を出ていくところである。ちょっとした段差を降りるのに、男子生徒が女子生徒に手を差し出せば、女子生徒はその手を取っておずおずと段差を降りていく。素敵ですわね、とつぶやくフレンの声に、ベレスも深々と頷いた。
    「もうすぐ舞踏会だからね」
     士官学校に生徒が戻った今年、かつて恒例となっていた舞踏会も開催が決定している。白鷺杯も無事に終わり、いよいよ大修道院内はその話でもちきりとなっていた。生徒たちも浮かれた様子で、誰と踊るとか、踊りたいとか、話し合っているのをよく見かける。いよいよ開催が数日後に迫った今日には、微妙な距離感の男女も増えて、何とも言えない甘酸っぱい空気があちこちに漂っていた。
    「みんな楽しそうで何よりだ」
    「まあ先生、そんな他人事のように仰って」
     フレンはぷうと膨れると、ベレスをねめつけた。
    「ディミトリさんがいらっしゃるのでしょう。先生こそ浮かれてしかるべき、ですわよ」
    「浮かれているよ。ただ……」
    「ただ? 何ですの?」
     ベレスは頬をかいた。ディミトリと会うのは一節ぶり──前節王都で行われた婚約発表以来になる。つまり、名実ともに婚約者になった彼と会うのは、婚約発表のときを数えなければ、これが初めてということだ。
     口約束として、互いの指輪を交換したのは戴冠式の前日だった。しかし、すぐさま婚約が成ったわけではない。ディミトリとベレスは、この約束を持ち帰り、二節ほど時間をかけて、王国と教団双方の上層に改めて話を通さなくてはならなかった。そうして、ようやっと前節、婚約を公式に発表し、ふたりの間柄は婚約者、ということになったのである。
     そして今節、今夜。落成を祝う式典に出席するために、王都から国王ディミトリはやってくる。式典ついでに、式典のあとの舞踏会にも顔を見せることが決まっていた。
    「どういう顔をして会えばいいのか、よくわからなくて。婚約発表のときは、ふたりでゆっくり話す時間もなかったから」
    「いつも通りでよろしいのではなくて? 肩書が変わっただけ、先生もディミトリさんも、大きく変わられたわけではないでしょう?」
     ベレスは目を瞬いた。重たい冠を指先で直しながら、俯く。
    「そう。それは、そうなのだけど……私たちは変わらなくても、婚約者というと、つまりいずれ結婚するふたりということだろう。結婚するならディミトリしかいないと思ったけれど、でも、私たちは別に、今までそういう関係ではなくて、だから……」
     じんわりと赤らむ頬をごまかすようにぱたぱたと仰げば、フレンは「ま!」と口元に手を当てた。まあまあまあ、とはしゃいだ声に、ベレスはいよいよ顔を覆う。広げた指の合間から、階下の景色を見下ろして、ベレスは静かに告げた。
    「うん、やっぱり、私は浮かれている」
     先程階段を降りて行った恋人たちはまだ街に出ておらず、階段の下で何やら楽しげに会話している。はにかむ少女に睦言を囁くらしい青年の後姿に、ベレスは金髪の男の幻を見た。もっとも、ベレスの婚約者は、口説き文句をすらすらと言える性質ではないけれど。
    ──いや、言っていたこともあるのか。
     懐かしい記憶を思い出して、ふと唇を緩める。顔を覆う手を下ろしたところで、かたわらのフレンが「少し安心いたしましたわ」とぽつりとつぶやいた。
    「何が? 私が浮かれていること?」
    「それはもちろんそうですけれど、ディミトリさんと先生がご婚約なさるって伺った時、私、悔しかったんですのよ。街では、戦火のさなかに愛を育んだと噂されてますでしょ? 私ったらお二人のおそばにいたのに全く気が付かなかったのかしら、って……」
     ああ、とベレスは頷いた。確かに巷ではそういうことになっている。
    「別にそういうわけではないよ。愛、ではある気がするけど」
     結婚とは愛し合う者がするらしい、くらいの認識はベレスにもある。ジェラルトの言う、「ずっとそばにいたいと思う相手」に向ける感情を、きっと愛と呼んでもいいのだということも分かっている。
    「でも別に、恋人同士というわけではなかったし。口づけだってまだ、で」
     そこでベレスは口籠った。まだ。つまり、これからするのだろうか。そんなことを思うと、ひどく落ち着かない気持ちになる。期待と、半分は不安だ。ディミトリもベレスと同じように思っているとは限らない。指輪こそ交換したけれど、彼は別に、ベレスにそういった感情を抱いている、と口にしてくれたわけではなかった。不安が膨らみかけたところで、フレンの明るい声がベレスを現実に引き戻した。
    「まだ、ということは、これからですわね! ね、先生、また感想を教えてくださいね。お兄様ったら、すぐそういった物語を私から取り上げてしまいますの。私だってもう大人だと言っていますのに」
    「いいけれど……セテスに叱られてしまうのはちょっと」
    「黙っておきますから。私だって、何の知識も持たずにいきなり実践というのは、怖いのですもの」
    「実地の予定が?」
     ベレスは目を見開いた。フレンはぽっと頬を染めると、「秘密、ですわ」と顔をそらす。今度はベレスが「まあまあまあ」と迫る番だった。しかしベレスは口に出してそう言うかわりに、かわいい教え子の肩に手を置いた。
    「私にも内緒なの? ずるいなあ」
    「せ、先生、そんな顔をなさらないで!」
     お兄様には内緒にしてくださいね、の一言とともに耳元に吹き込まれた相手の名前に、ベレスは唇を緩めた。
    「彼なら別にセテスも何も言わないのでは」
    「先生はお兄様を甘く見てらっしゃいますわ。誰を連れて行こうと反対なさるに決まっていますもの。今は作戦を立てているところなのです」
    「ふうん、どんな?」
    「直球にまさるものなし。後は向かうべき機を伺おうという作戦ですわ」
     ぐっとフレンは拳を握る。確かにそれが一番だろう、とベレスは大きく頷いた。セテスはやや過保護だが、その根底にあるのは純粋なフレンへの愛情である。誠実に向き合えば、フレンの望みを否と言い続けることはできないはずだ。ベレスは、傷心のセテスを慰めるくらいは、仕事の仲間として引き受けようと心に決めた。
    「こほん。ともあれ先生、今回の訪問は勝負! ですわよ。お二人でお話する機会もきっと巡ってきますわ」
    「うん。そうだと思う。……まずは、誕生日を祝わなくては」
     先日のディミトリの誕生日には、大司教としても、ベレス個人としても、祝いの言葉と贈り物を贈っている。ただ、やはり顔を見て告げたかった。ベレスがそう言うと、「そうですわね」とフレンも大きく頷く。
    「口づけも頑張ってみる」
     そう、直球にまさるものなし。ディミトリにその気がないなら、その気にさせればよいのである。
    「ひとまず、なんだっけ……嬉しそうな顔で出迎えるのは効果があると思う?」
    「思いますわ。 ふふ、ディミトリさんを計略にかけるおつもりですの?」
    「これでも一応、最強の軍師とか呼ばれていたことがあってね」
     頬にかかる髪を払って、ベレスは目を細めた。フレンから視線を外し、遠く、風が呼ぶ方角へ視線を向けて、「ほら」と声をあげる。
    「来たようだ。出迎えなくては」
     ガルグ=マクの裾、街の端のほうに、青い旗が翻る。黄昏の光に黒く浮かぶ一団を認めると、ベレスは白い衣裳の裾を翻した。国王ほどの来賓は、大司教自ら迎えるのが決まりだ。

     ◇◇◇

     公人というのは窮屈なものだ。冠をいただくようになって、ベレスも知った。
     ささやかなため息は、楽団の奏でる音楽と、踊る生徒たちの足音にかき消されてしまう。常には並べられている長机と椅子も姿を消して、広間はそのほとんどを踊るための場所として開けていた。壁際に立つ生徒たちは、次の約束をしたり、壁際に移された机に並べられた食べ物を飲み食いしたりと、和やかな語らいに興じている。楽しげに笑う子供らを見ていると、自然とベレスの口角は上がったが、しかし心中を喜びばかりで満たしてもおけない。数日前からの気がかりは、未だ解決していなかった。
     フレンの前で大見得を切ったものの、結局ディミトリが到着してから、一度も私的な会話ができないまま、舞踏会を迎えてしまったのだ。今も、広間の奥でふたり並んではいるけれど、ディミトリのかたわらにはドゥドゥーが、ベレスのそばにはセテスが控えており、ふたりの間にあるのは、あくまで国王と大司教の距離だ。「良い夜ですね」「その通りです」と当たり障りない会話を続けるばかりで、たまに沈黙が落ちれば、それぞれに腹心と会話をする。
     広間の方を見つめるディミトリは、何やらドゥドゥーと小声で談笑している。朗らかな笑顔は、頭上に燦然と煌めく照明の加減か、記憶よりも鮮やかにベレスの目を惹きつけた。舞踏会に合わせての礼装が彼によく似合っているのもあるだろう。服飾に疎いベレスにも、さりげない柄や布地の切り替えが、均整の取れた体つきをより優美に見せるために仕立てられているのが分かった。長い髪も戦時のように適当に流すのではなく、きちんと櫛を入れられて、軽く額を出すように束ねられていた。全体は学生時代のように整えられていながら、その顔つきや立ち姿には確かに重ねた年月による深みが覗いている。ベレスは感慨に浸った。今ここで、王として立つ彼が、何より誇らしい。
     ベレスの視線に気づいたのか、ふとディミトリがこちらを向いた。見過ぎたか。誤魔化すための微笑みを浮かべかけたところで、ディミトリから雑談を振ってくれる。
    「皆、楽しんでいるようですね。学生時代を思い出します」
    「そうですね。懐かしい気分です」
     ベレスは心から言った。踊る学生たちを眺めながら、ベレスの心に浮かぶのは、もう何年も前の、あの舞踏会の光景だ。雪の結晶のような美しい幻。戦火の熱に耐えきれるはずもなく、むなしく溶けてしまった。それでも、広間のまばゆさも、皆の笑う顔も、差し出された掌のひとつひとつでさえ、ベレスの瞼の裏に住み続けている。残念なのは、あの日の声を思い出せないことだった。『お別れ』のときの叫びで、上書きされてしまったから。
    「あなたは舞踏が上手でしたね」
     すべてを飲み込んで、大司教がそう告げると、国王はさわやかに微笑んで首を振った。
    「御冗談を、ベレス様。稽古をつけて下さった貴方が、私の腕前を一番よくご存知のはずですよ」
    「ええ、知っていますとも。白鷺杯で優勝するほどですもの」
    「それは貴方の指導が素晴らしかったからこそです」
    「私が教えることなどほとんどありませんでしたよ」
     ベレスは世辞に肩をすくめた。
     思い返しても、ディミトリは幼い頃から教養として仕込まれているだけあって、ベレスよりはるかに舞踏が上手かった。星辰の節直前にマヌエラから仕込まれただけのベレスには、助言らしい助言もできなかったのを覚えている。しかし、ベレスの返事に、国王は青い瞳を細めると、「記憶に相違があるようですね」と前置いた。
    「私としては、いつかのようにまたご指導いただければと思ったのですが。ご迷惑になるでしょうか」
     ベレスは目を瞬いた。意図を解した彼女が答える前に、ディミトリはベレスの隣のセテスに向き直る。
    「セテス殿。ベレス様をお借りしてもよろしいですか?」
    「どうぞご随意に。天上におわす女神も、このような夜に大司教自らが祝いの場を楽しむことを、咎めはしないでしょう。私個人としては、女性を舞踏に誘うのであれば、まずは本人の了承をとるべきかと思いますがな」
     セテスははっきりとそう告げた。ディミトリは「確かに。礼を欠いていました」と眉を下げてから、改めてベレスに向き合ってくれた。胸に手を当て、一礼する。手袋をはめた手が、ベレスの前に差し出された。
    「この私に、今宵初めて貴方と踊る栄誉をお与え下さいますか、ベレス様」
    「喜んで」
     ベレスは微笑むと、差し出された手に、手を重ねた。
     手を握られて、大広間へと進み出る。主賓と首長の組み合わせは、それだけで生徒たちの目を惹いた。曲が止まりかけるが、すぐに元の拍子を取り戻す。セテスが何か合図をしたのだろうか。気を取られていると、繋いでいないほうの手が、ベレスの腰に回される。はっとしたベレスは、慌てて曲に合わせて一歩を踏んだ。
    「ごめん、気が散って」
    「いや、俺こそ突然誘ってしまってすまなかった」
     返事をしようと顔をあげて、青い瞳の近さに戸惑う。言葉に迷って、奇妙な間が落ちた。
    「嬉しかったよ」
     零れた返事が、常の通りの声で出せているか、自信がなかった。足で拍子を踏みながら、体を揺らす。
     手袋越しに見知った手のかたちを思い出すにつれ、少しずつ音楽が耳に流れ込んでくる。決まった動きをなぞりながら、ベレスは小さく笑った。ディミトリの舞踏は、音楽を聴いて合わせるというよりは、動きの正しさを音楽の拍子に載せている、といったほうが正しい。節をとるのが得意ではなくて、と頼りなげにつぶやいていた青年の姿が思い出される。動きは良くなったが、そういう部分は変わらないものだった。
     ベレスの顔を見下ろして、ディミトリも穏やかに微笑む。ベレスの華奢な背に手を添えて、低い声が囁いた。
    「お前を誘えてよかった。五年前は、結局本番では誘えなかったから」
    「きみの前には行列ができていたからね」
    「自分のことは棚に上げるのか、先生。あの夜、他の誰より多くの生徒と踊ったのはお前だと思うぞ」
    「そうかもしれない」
     ベレスは苦笑した。最初は、踊るつもりなどほとんどなかったのだ。音楽を聴くのは好きだし、人が楽しそうにしているのを見ているだけで、ベレスは満たされてしまう。眺めるだけで満足だった。そこへ、クロードに誘われてしまったのを皮切りに、次々と生徒が押し寄せて、「踊ってください」と申し込まれたのだ。女子も男子も関係なく、出された手を取って踊ったのを覚えている。立場上踊らなくてはいけない相手が多くいる生徒もいたから、流石に全員と踊るというわけにはいかなかったけれど、いい思い出だ。
    「クロードのおかげだよ。最初に誘ってくれた」
    「そう、だったな」
     眉を下げて、ディミトリが微笑む。少し寂し気な様子に、ベレスは動揺した。
    「どうかした?」
    「いや、ただ──」
     腰を支えられたまま、体をのけぞらせる。音楽に合わせた動きのせいで、声も顔も遠くなった一瞬ののち、身を起こしようやく顔が近づいたと思えば、ディミトリは常と同じ笑みを浮かべている。話の続きを求めようとしたとき、ベレスは一曲が終わろうとしていることに気が付いた。こんなに短いものか、と驚く間に、掌が腰から離れていく。名残惜しさに驚きながら体を離し、ベレスも胸元に手を当てた。二人でお辞儀をしあえば、方々から拍手が巻き起こる。皆に笑顔を返しながら、しかしベレスの心は晴れなかった。せっかく二人きりで話す良い機会だったのに、ろくに会話ができなかったからだ。
     再び最初と同じように、それぞれの腹心の横に並んで会場を眺めながら、ベレスは内心で頭を抱えた。嬉しかったのに。話したかったのに。どうして、これほど慣れ親しんだ顔を前に、うまく言葉が出ないのだろう。我がことながら、もどかしくて仕方がなかった。



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