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    こはく

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    こはく

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    高校の教師🐑×大学生👟。
    高校を卒業して晴れて付き合ったふたりの、ある日のお話。
    楽しんでいただけると幸いです。

    #shugur

    甘い輝きのある夜に「ふーちゃん、」
    おかえり、と上目遣いでぱたぱたと駆けてきた彼を見て俺は驚愕した。
    「シュ、ウ、それ」
    彼は、控えめなフリルがあしらわれたエプロンを身に纏っていた。
    確かにそれは、同棲を始めたばかりの頃帰宅すると彼がキッチンにいてくれるのが嬉しくて、つい俺が買ってあげたもの。
    だが、問題はそこではない。
    「…あの、着てくれるのは本当に嬉しいのだが………服は着てくれ………」
    ほとんど懇願のような語尾で着地したそれに、彼は純粋な目を向けてぱちぱちと瞬かせた。
    「どうして?」
    これが正しい着方じゃないの?と言わんばかりの様子に、少しのにやにやが含まれているのを俺は見逃さなかった。
    「へぇ〜………」
    理解したよ、とでも言うかのように彼に歩み寄る。
    こういうのはつまり、心に余裕がある方が勝ちなのだ。
    案の定、彼は突然したり顔になった俺を見て一瞬、怯んだ。
    子犬のようにぷるぷる震えながら睨みつけてくる。
    その腰を優しく右手で抱き寄せた。
    「俺に、襲われたいんだ?」
    彼の細すぎる腰は、俺の平均より大きい片方の手で覆えるほど。
    色を乗せた掠れた声で、彼の右耳にそう囁いた。
    もじ、と目の前の体が動く。
    目の前の耳は真っ赤に染まっている。
    くすくす笑ってから、腰をぱっと離した。
    「冗談だよ」
    早く暑苦しいスーツを脱いでしまおうと自室へ足を向けたその時。
    とん、とぶつかるように後ろから何かがくっついてきた。それは紛れもなく彼で。
    「なに、?」
    俺のウエストに回された手は、冷たくて少し震えていた。
    たまらなく愛おしく思って、安心させるようにその手を包み込む。
    「どうして、」
    「ん?」
    「抱いてくれないの」
    は、と、思わず声が漏れた。
    「…さっきのは冗談だよ。あとできれば服は着てもらえると嬉しいかな」
    「ふーちゃんは、」
    これはおそらく顔を見て話さなくちゃいけないことだと、直感的にそう思った俺は、彼の腕に巻き付かれたままくるっと体を回した。
    彼は睨むようにこちらを見ているが、その瞳は潤んでいて頬は桜色に上気している。
    「僕じゃ興奮しないの…?」
    今にも泣きそうな顔で放たれた爆弾に、一瞬にして理性が決壊しそうになった。
    落ち着け、俺。今までちゃんと守ってきただろう。
    必死で考えるが、この密着した体勢もまた彼の甘い香りをよく感じてしまって居心地が悪い。
    「…そんな訳ないだろ」
    思わず溜め息が漏れる。
    そんな自分に気が付いて、不快な思いをさせてしまわなかったか窺うと、彼は寧ろその顔に嬉々とした表情を浮かべていた。
    「先生、僕で興奮するんだ…」
    最上に嬉しそうな声色。
    そのたったひとつの呼び方は、俺たちをそれだけであの頃まで引き戻してしまう。
    俺は、公立高校の教員として働いていた。
    つまるところ彼は、その高校での生徒だったのだ。
    流石に割愛させてほしいほどの沢山の峠を越えて、今ようやく何とかお付き合いを順調に進めているところであった。
    飛び抜けて優秀だった彼は国規模でトップの大学に進学し、春から大学生となった。
    俺は同じ今年度に7年勤めたその高校から異動となり、大学から二駅ほど離れた公立高校に勤めることになった。
    お互いの進学と異動をきっかけに、同棲しようと借りたこの家で、彼はいつも晩御飯を作りながら俺の帰りを待っていてくれる。
    「勉強も大変だろうから無理はしなくていいぞ」と心配して何度もしつこく言ってしまったのだが「先生、僕の成績忘れちゃった?」と満点の笑みで言われるのでどうやら本当に大丈夫らしい。
    確かに、はっきりと教えてはくれなかったが、彼が入学式で担当した新入生の言葉は首席の学生が行うものだった筈だ。
    何よりそれは毎日帰宅するたび感動してしまうほどの光景だったため、俺から辞めさせる理由は他にひとつもなかった。
    「もう、先生じゃないだろ、」
    愛らしすぎる恋人から目を逸らしてそう言う。
    この状況のまずさに、段々と気が付き始めていた。
    「先生〜」
    からかうようにそう言って手をわきわきと動かした彼に追いやられる。とん、と背中が壁に触れた。
    とりあえずは満足するまでやらせてあげようと、俺は主導権を彼に委ねた。
    「じゃあ尚更いいでしょ。抱いて」
    堂々と言われたその言葉にまたフリーズする。
    それもその筈、彼からこんなにも直接的な言葉で、しかも何かを強請られたことすら、文字通り初めてのことであったからだ。
    「…シュウ、お前そういうこと言うタイプじゃなかっただろ…」
    途端に彼の強い光の宿っていた瞳が翳り、俺は自分が選択を間違えたことに気付いた。
    優しい彼はそんな自分を拗ねたように尖った口をして茶化そうとするも、その表情にはやっぱり隠しきれない悲しさが浮いていた。
    そっと離れていく腰にまた手を回して、ぎゅっと強く抱き締めた。
    「ごめんな。大丈夫だから、安心して何でも言ってくれ」
    そう言って彼の細く、艷やかな黒髪を優しく撫でた。
    彼は暫く俺の胸に顔を寄せてじっとしていたが、やや緊張が解けたのかやがてゆっくりとこちらを向いた。
    「ずっと、先生とくっつきたかった」
    遠慮がちな小さな声で、それでもはっきりと言われたその言葉は他の何よりも真実として俺の胸に届いた。
    「でも、僕、本当に先生が好きだったから。振り向いてもらえただけで、奇跡だと思ったから」
    常に沢山の会話をしながら日々楽しい時間を過ごしているものの、そんな話を聴くのは初めてで俺はとても驚いた。
    「だから絶対に、先生を困らせちゃだめだ、って。卒業まで、真っ当にいこうって。思ってたんだ」
    彼はさらさらと零れる髪をそっと耳にかける。
    逸らされていたその瞳が、俺の姿を映した。
    「ふーちゃんは、純粋そうな僕が好きなのかもしれないけど、僕だって………」
    俺は消えていったその息ごと、掬うようにして唇を奪った。
    彼の一瞬強張った体からは、安心したのかみるみる力が抜けていく。
    啄むように何度かしたそれに、彼は蕩けたような顔を見せた。
    「……シュウの努力のお陰だな。学校でこんなことにならなくて本当によかったよ。その顔、もう誰にも見せたくない」
    目の前の人は、それだけでまた顔を真っ赤にした。
    やっぱり本人が何と言おうと、彼はとてもピュアだ。
    「折角第一志望の大学に入って、もう後ろめたいことは何もないって、そう思ってたのに。同棲してから毎日、どんな気持ちで同じベッドで眠ってたと思ってるの」
    いじけたような彼の口からはまた話が続く。
    思い返すとやっぱり急に腹が立ったのか、ぽかぽか殴られる。全く痛くないが。
    「それは悪かったよ。本当に、ゆっくりやっていこうと思ってたんだ。俺は君が世界で一番大事だし、何より、そんなふうに思ってくれてたとは少しも考えていなかったから」
    彼はぴたっと手を止めて、行き場のないその手をそのまま降ろした。
    それでもまだ抵抗はしたいようで、身長差で自然となる上目遣いで睨み付けてくる。かわいい。
    「ふーちゃんのばーか。意気地なし」
    「………俺だって君が良いなら早く抱きたかったよ」
    「じゃあ、もう、いいでしょ」
    彼の瞳にうっすらと熱が灯った。
    おおよそ初めて見る色気のある表情に目を見開く。
    「………わかった。でも今日は、まだ最後まではしないよ。負担が大きいからな」
    そう言いながら彼を所謂、"お姫様抱っこ"した。
    「あ………えっと、」
    目を泳がせる彼。何故だかお姫様抱っこに関してはこれまで3回も経験があるので、おそらく今更これに照れているわけではないのだろう。
    「なんだ?」
    問いかけても、彼は口をもごもごさせている。
    「自分で、結構したから、割と入ると思う…けど………」
    またしても消え入るような声で告げられた、爆弾発言。
    「………」
    いつからだ。どうして教えてくれなかったんだ。
    というか俺がしてあげたかったのに。そしてそれなら全部見たかった。
    年上の恋人として決して口にできる筈もない、むき出しの欲望だけが頭をぐるぐると回る。
    俺は無言で、寝室のベッドまでただひたすら揺れないように意識しながら彼を運んだ。
    「………無理だったら、今日は潔く諦めような」
    その時になれば無理にでも迫ってきそうな彼を危惧して、先にそう言っておく。
    彼はその本気度合いが伝わったのか、こくりと頷いた。
    唇が重なる。
    漏れる吐息に混じった声が、おかしくなりそうなくらいに愛おしい。
    自分の理性を信じながら、その白くて柔らかい肌に手を滑らせた。
    重なった肌は、燃えるように熱く、僕らを幸せにして。
    月明かりとベッドライトが、曖昧な色の光を宿していた。
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