お題:「閉じ込められた」「赤点」12/11「はあ……、好き、好きだよ、……好きだ」
日付が変わる頃に帰宅してそのまま玄関と廊下、脱衣所まで待てずに脱ぎ散らかした服もそのままにシャワールームへ入っていったその数分後にまだ髪も濡れたままリビングへ入ってきたルークは、何のスイッチが入ったのかソファに寝転がっていたアーロンの上に倒れ込むと額、鼻の頭、頬、唇にキスをして好きだ好きだと連呼した。顔中をルークの唇が這いまわるものだからなかなかものを言うこともできずアーロンはしばらくルークのしたいようにさせていたが、いよいよその手があらぬところへと入ってきたので、いいかげんにしろとばかりにその顔を手で押し退けた。
「……おい、髪ちゃんと拭いてこい。俺までびしょ濡れになっちまったじゃねえか」
酔っているのかと思ったが酒の匂いは少しもしない。熱があるわけでもなく体温も正常だ。シラフでこんなことが出来てしまうのがルークという男だが、それでも少し様子がおかしい。アーロンはルークの目のおくをのぞき込む。自分とおなじ色をした瞳は、朝露に濡れた草原のようにひかって、その草原の真中には、自分が在た。
「……ルーク、」
アーロンの声も少しづつ、あまくなってゆく。ルークの口吻けの雨に濡れてとかされて、溺れて、自分からその唇を強請りはじめる。
「アーロン、好き、大好き、こんなに好きでどうしよう。もう朝も昼も夜も、ずっとこうして愛したい。君のことを閉じ込められたらいいのに」
「……閉じ込めてどうするんだよ」
「こうやってずっとくっついて、身体中にキスをして、好きっていっぱい言って、君のなかにはいりたい」
獣の、発情期にはまだ少し早い季節の頃、それでも暖房器具はもう必要ないほどに空気は生ぬるく、そして今は服を着ているのも疎ましいほどに熱くなった部屋で、アーロンは、腹に押し付けられたルークの器官が寝衣越しでもわかるくらい膨張して硬くなっているのを感じると、それだけで反応してしまう自分自身を忌々しく思いながらもルークに愛されることを憶えてしまった自分の肉体はどうしようもなく疼いて、もうその情動に抗う術は無く、アーロンは足を開いた。しかし、ルークは熱い股間をこすりつけてくるだけであいかわらず好きだ愛してると譫言のように繰り返しては口吻けをしてくるばかりだ。それはそれで悪くはないが、すっかりルークを受入れる気になっていたアーロンの肉体は、中途半端に熱を孕んだままその熱の遣り場をもてあましていた。
「……おい、ドギー、犬みたいにじゃれついてるだけかてめえは。……さっさと、」
まるで、獣だな。アーロンは自嘲した。はやく、おまえのものが欲しと強請って自分から足を開く。獣のようだ。でも、それでも、どんなにあさましく、淫らでも、おまえが欲しい。だから、はやく、
「俺を抱けよ、」
「……うん、でも、ちゃんと準備しなくちゃね。あ、寝室へ行く? 此処でもいいけれど、そのうち寒くなってきちゃうぞ」
「…………いきなり正気に戻るんじゃねえよ。何なんだてめえは」
「何言ってるんだ僕はずっと正気だよ」
ルークの指がアーロンの頬を撫でる。その指が唇を割って口中に侵入する。口中の内壁を擦り、指の腹でぶ厚い舌を翻弄する。アーロンが口を閉じると、尖った白い歯がルークの指に喰い込んだ。痛くはなかったが、それは、どうしようもないほどの快さでルークを痺れさせた。
「正気な奴が閉じ込めたいなんて言うかよ」
散々、口中でルークの指をしゃぶりつくしたアーロンはようやくルークの指を解放すると呆れたように言った。
「君のことを閉じ込めたいなんて、ずっと思ってるよ。閉じ込めて、僕だけのものにして、誰にも見せたくない。もちろん、そんなことは出来ないなんてわかっているけれど」
「……たまに恐えわ、おまえのことが」
えー、なんでだよ、僕は恐くないぞ、鼻を鳴らしてあまえる仔犬のようにじゃれついてくるルークを、監禁罪で逮捕されろ、アーロンが制止する。
「……でも、何かあったんだろ」
酔っぱらっているわけでも正気を失っているわけでもなかったが、ルークに何かあったことだけは確かだと確信していたアーロンは自分の胸に額をこすりつけているルークの髪を撫でた。
「……赤点を、とってしまって」
何。アーロンが訊き返す。ルークはアーロンの胸に顔を押しつけたまま黙っていたが、勢いよく顔を上げた。
「僕は優秀なんだぞ?! なのに、なのに……この前の試験で、まさかの赤点を。ううう……僕は何て情けないんだ、……国家警察になろうと思ってずっと勉強してきた、そして念願の国家警察になってからいくつか試験を受けてきたけど……、赤点なんてとったの、子供の頃に研究所で君と一緒に受けた算数のテスト以来だよ」
突然、想いでの片鱗に触れられると、胸がしめつけられそうになる。研究所の大人が定期的に試験問題をつくり、自分と、“ヒーロー”は一緒にその試験を受けた。そんなこと、“ヒーロー”は忘れていると思っていた。そんな些細なことなど、もう思いだすこともないだろうと。どんな、小さなことでも、自分にとっては大切な“ヒーロー”との想いでだ。何ひとつ、忘れたことなんてない。だから、ルークが失った記憶のなかに自分との想い出を見つけてくれるたびに、たまらなく嬉しくて、そして泣きたくなる。でも、“ヒーロー”、それは、違う。その記憶は、間違いだ。
「……算数だけじゃないだろ、国語も歴史も赤点だったじゃねえかてめえは」
「……っ、そこは省略してくれないかな?!」
俺の記憶力と、お前のことに関してはどんな些細なことだって全部憶えているこの愛の深さと重さを侮るなよ、と、絶対に口にはだして言わないけれど、顔を真っ赤にして慌てているルークの様子があまりにも愛おしくて、アーロンは微笑う。
「だって仕方がないだろう。研究所へ来るまで学校へも行ったことなかったし勉強なんてあまりしたことがなかったんだから……でも! だからいっぱい勉強したんだぞ!? そして今はこんな立派な国家警察に……、あ、赤点をとってしまったわけだが……」
「……ああ、おまえはえらいよ。最高に頭がいい。おまえが頑張ったことなんて知ってる」
自分の知らないルークの十八年間。この男がどんなふうに生きてきたか、わかっている。再会したとき、おまえは“ヒーロー”のままだった。いや、あの頃よりもっとずっと、誰よりも、この世界のどんなヒーローよりも、最強で最高の、ヒーローだった。
大方、解答欄をひとつずつズラして記入したとかそんなところだろ。優秀だが、少しヌけているところがあるからな、このヒーローは。
アーロンの思わぬ慰めに吃驚して口を半分ひらいたままアーロンの顔をまじまじと見ているルークを、アーロンは抱きしめて、囁く。
「……つづきは? 部屋でするか? 俺はこのまま此処でもいいぜ」
長い足を絡めて、身体を押し付ける。デニムのなかで窮屈そうに硬くなっているアーロン自身をルークにわからせるように。アーロンの長い足の檻に閉じ込められたルークも、ふたたび頭をもたげてきた己自身をアーロンの身体に強くこすりつけた。
早春の夜半、二匹の獣は愛と欲望の檻のなで、飽くことなくお互いを求め、喰らい、愛しあう。