お題:「夢」「見えてる」6/4 夢のまにまに。
夜眠ると、悪夢しかみることができなくなってもうどれくらい経つのだろう。それでも、夢の襞と襞をかきわけて、その狭間にあの少年を探す。この、目が覚めても眠りのなかにいても悪夢しかみることのできない世界で、何処か、片隅にでも、あの、笑顔をみつけることができたなら。笑うと口からは春に生まれた雛の鳴声よりも生き々とした明るい声が翔びだして、その瞳からは太陽の欠片がいくつも々こぼれた。その声を、聴きながら、こぼれた欠片をこの手いっぱいにあつめて、抱きしめて眠りたい。そうすればきっと悪夢をみることもないだろう。君が在れば、悪夢はすべて失くなる。たとえ、街は炎に焼かれ、人は死に、大地は血に濡れて毒の海となっても、俺の世界から地獄は失える。君が在れば。君さえ在れば、この世界がどうなろうとも、俺の世界は救われる。
「……それこそ悪夢だな」
最悪の気分で目が覚めた朝の空はまだほの白く、崩れた壁の隙間から見える空は灰と露草色に滲んでいた。
この世界を救いたいと思っていた。でも、それは傲慢な願いであり、気が遠くなるほど無謀な理想だと思い知らされた。灰になった街、死んでいった友、永遠につづく爆撃の音と終わらない戦争。自分には、どうすることもできなかった。願いを踏みにじられ、希望は砕かれ、自分の無力さをみせつけられた。そう、自分は”ヒーロー”になんかなれないことを、知った。
”ヒーロー”になりたい。そう、思っていた日々がまるで泡沫の如く失えてなくなってしまいそうになるのを、必死にしがみついて、つなぎとめようとする。あの日々を、なかったことになんかしたくたい。あの、太陽のような少年との日々を、失いたくない。もう二度と手に入れることのできない日々だとしても、自分は”ヒーロー”になると言った少年も、その少年を追いかけて”ヒーロー”になりたいと願った自分も、あの日々のなかに確かに在った。忘れたくない。この世界がどんなに残酷で、神様は無慈悲であったとしても。
ヒーロー。俺のヒーロー、世界でいちばん、何よりも誰よりも大切な、俺の、
「ヒーロー……会いたい、ヒーローの声を聴きたい、俺に笑いかけてくれ、名前を呼んで、手をさしのべてほしい、俺はその手をとって、そして今度はもう二度とはなさない。絶対に、はなさないから、だから、ヒーロー……」
まだ、夢をみている。これは夢だ。だから、今だけ、ほんのすこし、夜が明けて青空を横切る爆撃機が地上に黒い影を堕とすまで、思いでにすがっていたい。
俺の未来は、もう見えてる。ヒーローと別れて独りになったそのときから俺の未来はもう決まっていた。どんなに抗ってみても、未来を変えることはできない。できなかった。でも、俺は諦めたわけじゃない。抗えない未来に負けたわけでもない。自分は、ヒーローにはなれない。けれど、「ルーク」その名を持つ少年は、きっと今も何処かで”ヒーロー”になる、そう言って微笑っているだろう。俺はもうヒーローにはなれないけれど、「ルーク」はきっとヒーローになる。「ルーク」が、叶えることの出来なかったもうひとりの「ルーク」の願いを叶えてくれる。それでいい。もうそれで十分だ。この世界にヒーローになった「ルーク」が生きている、それだけで「アーロン」がこの世に生まれてきた意味はある。だから、
俺も、生きるよ。せいいっぱい、生きて生きて生きぬいて、いつか、ヒーローになったルークの名を、遠い異国の地で聴くことが出来る日まで。
「……恰好良いんだろうな、ヒーローになったルークは。背も、俺より高くなっているだろう。ワイルドパンサーみたいな鋭い爪に、力強い眼をして、そうだな、毎日肉を五キロは平らげるそのとってもたくましい身体で夜の街を駆け、救いを求める人の声があればどこへでも翔んで行く。そしてその姿を世界中の人が讃えるだろう、その名を知らない者がないくらいに。……”ルーク”が世界中のみんなのヒーローになっても、俺の”ヒーロー”は、いままでもこれからも、……ルークだけだ」
彼方から、光がやってくる。夜明けはまだ遠い。けれど、彼方から、光は誰のもとへも等しくやってくる。地平線を焦がし、生ぬるい空気を孕んだ風が吹いて、もう二度と目覚めたくないくらいの絶望のなかにいても、希望に満ち々た世界のなかにいても、朝は来る。眠れるヒーローたちの元へも、光耀く朝は、いつか必ず、やってくる。